9.湯島家お宅訪問・道中
門扉を抜けた所に停めてあった車に乗せられ、現在私は羽山さんの運転により杏子の元へ連行されている。
…言い方がおかしい?
いや間違ってはいないと思う。
運転している羽山さんはほがらかに笑ってはいるが私の一挙手一投足に注意を払っている。
脱走を試みよるようシミュレートしてもまるで隙が無いのである。
仕方ないので暇つぶしに私は羽山さんと世間話を始める。
「相変わらず家まで遠いですね。やはり狙撃対策ですか?」
「ほっほっほ、そこは御想像にお任せいたしますぞ」
「相変わらず芝生しかないですよね。やっぱり視界の障害になりそうなものは設置しない方針です?」
「まあ当然ですな。一般家屋だと塀がある方が泥棒が入りやすいのと同じことですな。」
…全然違うだろうと突っ込みたいが置いておこう。
「杏子は美人になりましたよね。あの子どこまで成長するのです?」
「…それは儂にとっても永遠の命題ですな。あんなに可愛らしかったお嬢様がよくここまで健やかに育ってくれたことにまずは感謝ですな。ああしかし美人のお嬢様も悪くは無いですが、昔の無邪気で可愛いお嬢様も本当に素晴らしい…これはまさに究極の命題ですな。」
…しまった話題振り間違えたみたい。
羽山さんの話が止まらなくな…あぁ…昔話につながったこれは到着まで続くね。
私はおでこに手をあてて自分の失敗を後悔した。
まあ、数分もしない内に到着するので聞き流すことにしましょう。
…私は間違っていた。
まさか車から降りても杏子談義が続いているとは思わなかった。
エンジンを切る時は感嘆符で終わり、ドアを開けてくれるところからまた再開。
玄関をくぐってメイドさんが頭を下げて来客の挨拶をいただいている時も止まらない。
この人の辞書にはきっとブレーキという言葉は無いのかもしれない?
そこのメイドさん達も苦笑していないで止めなくていいんですか?
いや、止めてください。
階段を上がろうとした所で羽山さんから声をかけられる。
「お待ちください。友里様であろうとも、いや友里様だからなおさらですかな?そちらのカバンの中身を拝見させていただいても?」
杏子の幼稚園時代の思い出話に一区切りがついたのか本来の職務を思い出した振りをしているのか私の唯一の手荷物にチェックが入った。
まあそりゃ手荷物検査は当然と言えば当然の事なんだけどね。
私はカバンを開いて羽山さんに中身を見せる。
「折りたたみ自転車ですよ。ここ来るまでのタクシー代も馬鹿になりませんからね。」
カバンの中を覗き込んだ羽山さんが重々しくうなずく。
「拝見しました。タクシー代でしたら当家で、いやむしろ迎えの車をお出しするのに律義ですな。」
「招待されてそこまでお手数をおかけさせるわけにはいきませんから」
「なるほど、ところで折りたたみ自転車とはここまでパーツが多い物ですかな?どうもいろいろと付属物が多いようですが。」
「まあ大学の知り合いに頼んで作成してもらったので色々と新しい試みもたくさんつけているんですよ。あ、わからない荷物を持ち込むわけにはいきませんよね?では一時的にお預かりお願いしていいですか?」
「そうですか、では丁重にお預かりさせていただきますぞ。佐和さんお願いします。」
「かしこまりました。こちらで保管させていただきます。」
そう言うとうやうやしく私のカバンを受け取りそのまま奥へと姿を消した。
「では、お嬢様の下へご案内しますのでついてきてくだされ。」
そう言うと羽山さんは先導して階段をゆったりと登り始めた。
杏子の部屋は…三階だったかな?
豪華そうな赤絨毯が敷かれた廊下を抜け、白い手すりの階段を上がっていく。
これもお金がかかっているのだろうけど私の趣向には合わない。
こういうのよりもやはり木のほうがいいと思うし、和室何ならなおさら良しである。
…まあ好みの問題なのでとやかく言う事ではない。
しかもよそ様のお宅だ。
そして二階へたどり着くと羽山さんがピタッと止まる。
どうしたことかと前をのぞきこんでみると…先ほどまでのほがらかな対応はどこへ行ったのか鬼の形相である。
視線の先はというと…一人のメイドが二人のメイドに両腕を押さえられ連行されている。
「羽山さーん。顔が怖いですよ?」
ハッとした顔をした後ですぐに笑顔に戻しこちらへ振り向いて来る。
…まだ若干頬が引きつっているから無理はしているんだね。
「これはこれはお嬢様の招待客の前でとんだ失態をさらしてしまいましたな。深くお詫び申し上げます。」
「…あれが和田さん?」
「ええ、そうでございます。怪しい人物リストには入っていたのですがまさか今日まで見つけられないとはこの羽山不覚にございます。」
なるほど、個人情報を垂れ流してしまったことにより連行されている最中なのであろう。
ここから先の彼女の命運は…まあ絶望的だけどなるようにしかならないでしょう。
…どうせなら私のためにも彼女にはもう少し不幸になってもらうのもいいかもね?
「けど、彼女もここまで勤め上げてきたのだから悪い人ではないのかもしれないですよ?」
私の言葉を聞いたのか和田さんがこちらに顔を向けて懇願してくる。
「はい、私は湯島家に三年も誠心誠意勤め上げさせていただきました。そして私がやったという何の証拠も出てきておりません。今回の事は何かの間違いにございます!」
両脇を抱えていたメイドの二人は私の事をいぶかし気に睨みつけてくる。
…忠誠心が高くて結構な事です。
「そうですか。しかし腐れ外道から和田さんの名前が出た以上はやはり確認の必要があると思うのですが…友里様はどうお考えで?」
羽山さんは何か察したのか私の言葉遊びにあわしてくれる。
遊び心も豊かだよねこの人。
人生経験の差だろうか?
「疑わしきは罰せずが我が国の方針ですから確たる証拠が無い以上はやりすぎはよくないと思うのですよね。」
「手荒なことはよろしくないと?」
「ええ、話し合いで証言を引き出そうとしていたという事は物的証拠は出ていないですよね?でしたらここは無罪放免すべきではないでしょうか?」
私が言葉を続けていくにつれて和田さんの顔に生気が戻っていき、脇の二人のメイドの目には殺意が宿っていく。
そりゃあ招待客という外野が何をのたうち回るっているんだというのだから当然の反応である。
怖い怖い早く茶番は終わらせてしまおう。
「まあ、物的証拠がなければなんですけどね?」
そう言うと私はポータブルを上着の下から取り出す。
ちょちょい操作するとアプリを立ち上げてにっこりとほほ笑む。
「友里様、ポータブルを取り出してどうされるおつもりです?」
「先ほどの二枚目さんに和田さんから受け取ったというメールも(白目向いてる間に勝手に)見せてもらったんですよね。ついでだから(無断で)コピーしていただいちゃいました。さて、これをマキちゃん謹製のアプリに入力をするとですね…なんと相手側の電源が落ちてようが、電波が飛んでいなくても電波の残滓だけで発信元を確認できるという偏執的な物なのです!…本当どういう理屈で作ってるんでしょうねこれ?」
そう言うと私は取り押さえられている和田さんに近づいていく。
「私達のドライブ中に部屋や荷物はチェック済みで物的証拠は出てきていない。ならどこかに隠して身に着けているんじゃないですかね?」
和田さんは平静を保とうとにっこりと笑っておりますが下唇に少し力が入りすぎてますよ?
もう私も黒だと思うけど念のために身体をくまなくポータブルを当てて確認していく。
頭部無反応。
上半身無反応。
両手無反応。
下半身無反応…ん?
右の靴にポータブルを当てるとザーーーという雑音が勢いよく流れる。
私はそのまま和田さんの右足首をつかみ靴を脱がしにかかる。
すると和田さん狂ったように暴れ始めたではないですか。
状況証拠でも黒だね。
けど暴れられたのはほんの一瞬。
メイド二人と羽山さんにすぐに取り押さえられおとなしくなる。
私は悠々と靴を脱がすと靴底を叩く。
何かずれるような気がするので少しいじって動かしてみると、ぱかっと外れた。
で外れたそこには、超小型のポータブルが仕込まれている。
「これで連絡を取っていたのかな?まあ中身見ればわかるよね?」
和田さんはこちらを睨みつけているけど私を恨むのはお門違いだと思うよ。
対照的に羽山さんはにこやかにこちらに話しかけてくる。
「友里様助かりました。これで心置きなく尋問できそうです。」
…あまり物騒な事は言わないでほしいなー。
脅しなんだろうけど…いやこの人達なら実際にやるかも…やるんだろうねきっと。
「いえいえ、とんでもありません。」
「ご案内を中断したこと大変申し訳ありません。引き続き私がご案内を…。」
そこで私はふと考える。
あの人がいない以上この屋敷で一番手ごわいのはこの人だ。
…ふむ、うまく行くかはしらないけどやってみますか?
「羽山さんはこちらの案内でいいのですか?」
「…と言いますと?」
「この人結構狡猾でしたよね?まだ重要な事を隠しているかもしれません。」
「そうですな、それは友里様がお帰りになり次第徹底的にやらせていただきますぞ。」
容赦する気はゼロのようですね。
和田さんの顔がひきつって震えていますよ。
大丈夫です。私がとどめをさしてあげますから。
「それで手遅れになる…と言うことは無いでしょうか?」
「どういうことですかな?」
「漏らした情報が先ほどの一件だけ…と言うことは無いでしょう?では迅速に吐かせる必要があります。私の知っている限りだと一番手際がいいのは羽山さんですよね?」
「まあ、そうですな。しかし儂にはお嬢様と友里様のお世話が…。」
「時は金なり。漏洩した情報は早く把握して手を打つべきですよ。杏子やご家族に危害がある可能性がある物も含まれているかもしれません。そのために羽山さんは全力を尽くすのが第一ではないでしょうか?」
少し考えこんでいるが、苦渋の顔を作ると羽山さんは決断をする。
「確かに、旦那様、奥様、お嬢様の身の安全を考えると早くこいつに吐かせるべきですな。…伏木さん申し訳ありませんが友里様のご案内を引きついてください。」
和田さんを抱えていたボブカットのメイドさんがこちらを見ると自分を指さします。
それに羽山さんがうなずいて回答します。
「私でございますか?まだ力不足と思われますが。」
「やむを得ません。これ以上お嬢様とお客様をお待たせするわけには行きません。それに友里様はお嬢様のご友人です。多少の粗相は許されるでしょう。ですのでお願いします。」
そう言うと羽山さんは和田さんの首根っこを掴んで背中に担ぎ上げる。
「友里様のご案内を中断する件は大変申し訳ありません。儂はこれからこの汚物から情報を吐かせます。こちらの伏木さんに案内をしてもらってください。」
そう言うと羽山さんともう一人のメイドさんは階段を降りていく。
残された伏木さんは私の方を見ると一礼して顔をあげる。
「では私が引き続きお嬢様の元へご案内させていただきます。先ほどは当家にご協力いただきありがとうございました。」
頭を上げると階段を上りはじめ私を先導してくれる。
少し動きがぎこちないけど丁寧な対応である。
私も後に続いて階段を上り始める。
「本当ならばお嬢様と友里様の一時を間近で拝見できる機会を奪った上での外道な行い…覚悟できておるな?」
底冷えする声が階段下から聞こえてきたけど私には関係ないし全く記憶には残らなかった。
意図的に忘れようとしたわけではない。
ただこの後の事が印象的すぎて不幸になる予定の元メイドの事は私の頭から綺麗さっぱり忘れただけの事である。