7.閑話 戦えぼくらのゴリラスくん! 下
メリークリスマス!
けど話の内容はめでたくないです申し訳ない。
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「heaven」ワールドチャンネル4
平和で閑静な住宅街を一機のロボットがズシンズシンと地響きを立たせながら歩行している。
音を立てるたびに注目が集まり、注目が集まるたびにこちらへの歓声が止まない。
その歓声に腕をしきりに動かして応えながらゴリラスは目的地もなくheavenワールドを進んでいく。
「やっぱり人に見せつけるのはたまりませんね。この優越感最高です」
幸運にもこの男性プレイヤー、オープン記念イベントで特等を当てたのである。
そして当初は高難易度で使ってみることも考えたが、そんなところで使っても注目は無く虚しいと判断した。
結果として倒すべき敵はいないがプレイヤーは山ほどいるheavenワールドで操縦しているのである。
その判断は正しく、現在多数のプレーヤーから注目を浴びている。
「そうですね、どこか見晴らしのいいところは…あの駅前の広場なんかよさそうですね」
『あの位置までの到着予定時刻は二分もあれば十分でしょう』
「ではお披露目の宣伝をしながら移動するとしますか」
こうしてやりたい放題外部スピーカーで感想や自慢等を垂れ流しながらゴリラスは進んでいくのであった。
駅前ロータリーでは空を飛んだり腕を動かして集まって来たプレイヤーに対してアピールを惜しまない。
数発だが実際に撃ってみたりすると歓声が上がり、それが男性プレイヤーには気持ちがよかった。
『お楽しみの所申し訳ありませんが…』
「本当今いい気分なのに…まあいい言ってみて」
オペレーションシステムに対して続きを促す。
『飛行機能の多用しすぎにより燃料の残量が乏しすぎます。このままですとセーフエリアまで戻る燃料が足りなくなるかもしれません。またログイン時間が既に一時間三十分を経過しています、そろそろ時間にも気を付けなければいけません』
なるほど確かにシステムの言う通りかもしれない。
楽しい時間も大事だがそれでこいつを失っては元も子もない。
というか理由があまりにもばかばかしすぎる。
「うん、その通りだな。よしセーフエリアまで戻ろう」
そうレバーを操作して移動させようとするが移動しない。
首をかしげてもう一回操作してみるがやはり動かない。
「あれ、何で動かないの?」
『いえ、動いていないわけではありません』
確かにギーという駆動音が足元で鳴っており、動作をしているのは確かである。
男性プレイヤーには理由が一切思い当たらない。
『他のプレイヤーと接触してしまうため、移動ができないのです』
男は身を乗り出して周囲を確認する。
自分が宣伝して集めただけあって周りには百人は人がいる。
それらが近くで見ようとできるだけ近くへ近くへと近づいているのだ。
接触しないように歩かせるようなスペースなどあるはずがない。
「接触制限ってロボに乗ってても適用されるのか!?仕方ない…それなら飛ぶしかないかな…燃料もつかな?」
そう自分に言い聞かせるとペダルを強く踏み込む。
ロボットの背部からバーナーが噴射され、上昇していく…はずだった。
噴射はするけど全く動かないのである。
「あれ…飛ばない?」
『当機は垂直離陸はできません。自然前に飛び上がることになるので前を塞がれていますと…』
男性プレイヤーは苦虫をかみつぶしたような顔になる。
こうなれば周囲のプレイヤーは邪魔でしかない。
「皆さん離れてください。このままでは移動できません」
外部スピーカーで話しかける。
しかし、わいわい騒いでるだけであり移動する気配は見えない。
その様子に男性プレイヤーのイライラは募っていく。
男性プレイヤーも把握していないが集まっているプレイヤーも集まりすぎて自由に動けない状態なのである。
動こうと思っても動けない、ならば見物を続けようと開き直っているのがほとんどである。
立っているだけでも燃料が消費され続けていく。
メーターを見れば既に燃料はイエローからレッドラインへ迫っている。
焦りからどんどん余裕が無くなっていく。
「離れてください!移動できないと本当にまずいんです!」
しかし人の群れは散ることなくむしろ集まってきているようである。
スピーカーから盛大な叫び声が上がる度に何をやっているのか気になって寄ってきてしまいプレイヤーがどんどん増えているのである。
焦りに焦った男性プレイヤーは説得は無理と考えてやむを得ず最終手段を取ることにする。
「離れない場合は止むを得ませんので強制的に排除します!今すぐ離れてください!」
そう言うとガトリング砲を集まったプレイヤー達に向ける。
悲鳴やざわめきが聞こえるがやはり解散する様子は見られない。
人を撃つ…ゲームであっても手が震えるが言う事を聞かないこいつらが悪いと自己納得する。
そしてスイッチを押す。
ウィーーンと回転を始めると猛烈に弾丸を吐き出し始める。
空を引き裂くような連続音に周囲のプレイヤーは悲鳴を上げる。
しかし男性プレイヤーが予想したような…周囲のプレイヤーが思い描いた最悪の結果にはなっていない。
吐き出された弾は全てプレイヤーに当たる前にはじかれ周囲に散らばってしまったためである。
撃たれた時は悲鳴を上げていたプレイヤー達であったが無事であることを確認するとやがてパフォーマンスの一部だったと認識し、さらに熱狂的に騒ぎ始める。
なぜ効いていないのか?武器が悪いのか?
そう考えると今度は火炎放射器で火炎をまき散らすがプレイヤーは一切燃えない。
遠く離れた街路樹が燃えているだけである。
「…何で効いていないんだ?」
『現在実装されているワールド全てでPVP行為が禁止されているためです』
そうだった…。
動けないし、強引に動かすこともできない。
どうすればいいんだ…。
「こういう時どうすればいいんだ?」
『このような場合はジ…』
システムが何か言おうとしたようだが、言葉の途中で途切れてしまう。
男性プレイヤーは不可思議に思ったが、やがて画面からも情報表示が消えてゴリラスが強制的に地面に伏せてしまった。
燃料はEMPTY…つまり空をさしている。
先ほどから強引にもがいて移動しようとしたせいで燃料消費が激しすぎてとうとうこうなってしまったのである。
「ジ…って何を言おうとしたんだ!?」
画面を殴ってみるが、それで反応がよみがえることは無い。
色々とあちこち触ってみるがやはり反応が無い。
「こんな事であきらめきれるかー!」
男性プレイヤーはその後も必死に事態を打開しようとゴリラスをいじり、周囲の人間にも助けを求めて何とかしようとした。
しかし全く解決しないまま無情にも時間は過ぎ去って行き…。
『貴方のプレイ時間が二時間に達しました。これより強制ログアウトに入ります。現状保持しているものは破棄されますのでご了承ください』
「了承なんてできるかー!」
そうシステム音声に叫び声を返したが男性プレイヤーは強制ログアウトされその場から消えて行ってしまった。
周囲のプレイヤーは何が起こったのか理解できなかったが、やがてロボット取得の棚ぼたチャンスが巡って来たと考えゴリラスの周りに群がり続けた。
しかし誰一人としてその場から動かせる者はいなかった。
この後予定通り四日目のメンテナンスの時間を迎え、ゴリラスはその際に自動的に消滅処理がなされるのであった。
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プレイヤー「桃ノ木」マイルーム
「いやぁーよかった。結構稼げたね」
彼女は先ほど「veryeasy」ワールドから帰還したばかりである。
彼女もゴリラスを引き当てたプレイヤーであり、その実用を兼ねて「veryeasy」ワールドで無理のない運用をしていたのである。
コミュニティールームも他ゲームでも一緒だった仲間内であり、効率よく戦利品を回収することができた。
おかげでマイルームにゾンビやゾンビ犬の死体といった目をそらしたくなるものもあるけど気にしてはいけない。
「武装はあるけどあまりそちらに頼らずむしろ踏みつぶした方が効率が良かったね。いや、難易度上がると接触するだけでアウトなのも増えるかもしれないし…やっぱり情報収集しながら運用するしかないかな?」
武装が強力なので使ってみたけど、明らかに過剰火力であることを確認するとその後は足で踏みつぶして蹂躙するという方針で乗り切った。
数の暴力である「nomal」や得体の知れないそれ以上だと使い惜しみをしている場合ではなくなるのだろうけど…。
「とりあえず残弾はどちらもほぼ100%、燃料は90%だし長期的に運用できそうかな?いやー抽選で当たって本当に良かったよ」
そう言うと明日の…そういや明日はメンテナンスだった。
明後日の算段を考えていく。
そんな彼女へ電子的なメッセージが流れる。
『おめでとうございます。実績を達成しました。コンソールよりご確認ください。なお、一件だけ至急ご確認いただく必要がありますのでこちら決定ください』
あら?
前回と違うメッセージよね?
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・『ロボットパイロット』
獲得条件 :ロボット型兵器を持参してエスケープした。
実績解除報酬:マイルームへの「ロボットハンガー」エリア追加可能
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なるほどロボット用の格納庫が買えるという事だね。
よく見ると弾薬や燃料が補給できるようになったり、パーツ持ち込みで修理も可能になるようで…そしてお値段5000ウド。
ウドと言うのは1円=1ウドですから五千円だから…。
まああまり消耗してないので急いで買う必要もないね。
今月のバイト代が入るまで厳しいのもあるから今回は見送りで!
けどいずれは買おうかな?
そのままロボット用ハンガーの購入のコンソールが表示されていたので「いいえ」を押してキャンセルする。
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本当によろしいですか?
はい
いいえ
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しつこく表示される。
これ重要な選択肢なのかな?
それとも売りつけたいだけとか…。
とりあえずいいえなのは変わらないけどね。
そのまま「はい」を押す。
『承知しました。ロボットハンガーがないためマイルームに格納させていただきます』
…?
首をひねって少し考えてみる。
けど思い当たることは無い。
しばらくするとマイルームの天井に大きい銀色円盤型の召喚エフェクトが表示されます。
これはゴリラスの召喚シーンと同じですね。
…まさか。
ゴリラスの大きさは確か全長十一メートル。
そしてマイルームはというと…広さは四畳ぐらい…七平方メートルに高さが四メートル
「ひょっとして強引に入れようとしていますです!?」
あまりの事に口調が変になってしまった。
じゃあ他のどこに保管しておくんだという突っ込みはあるかもしれないけど非常にまずい。
高さ四メートルのマイルームに全長十一メートルのロボットが縦に入るわけがない。
横から入れても大差はないのだがそんなことをはどうでもいい。
マイルームの上から降って来たゴリラスが床に着地しても召喚は止まることなく、次々と全てをマイルームに入れるまで強引に入れてくる。
そのシステムの力に耐えきれなかったのはマイルームではなくゴリラスの方であり、召喚され続けるたびにメキメキと下へ下へと押しつぶされていくのである。
「うわぁーーん!私のロボットが壊れるです!待った!買うのでやめてください!」
そう宣言をした所で止まるわけではない。
数十秒後に残ったのはおよそ三分の一に圧縮されたゴリラスだった鉄塊である。
これだともう再度使用できないだろう。
「やはりここの運営ひどすぎ…この仕打ちは…」
だが彼女の認識は甘かった。
これは終わりではなかったのである。
「…?なんか油臭い?」
油なんか持ち帰ってないのにどういう事だろう?
気になってマイルームを見回してみるとバチバチと壊れた音が鳴っている元ロボットと足元の戦利品ぐらいなものである。
おかしいと思って一歩踏み出すとピチャンと音が鳴る。
どうやら液体のようである。
かがんでにおってみると…やはり油臭い。
「どこから?こんなの取って来た覚えは…。」
ハッとして元ロボットの方に目を向ける。
すると鉄塊の中心から液体が漏れている。
さらに左腕の部分からも液体が漏れている。
「まさか、ロボットの燃料と火炎放射器の燃料が漏れてる!?」
そう、節約して運用してたのでそれらはほぼ満載されているである。
さらに弾薬もほぼ未使用、加えてゴリラスは壊れていて電気がバチバチとあちこちで鳴っている。
「じょ…冗談ですよね?」
数秒後、彼女の予想は正しく燃料に引火してマイルームに大爆発を巻き起こす。
マイルームで死亡判定は無いため彼女自体は安全であったのだが、マイルームの中は炎と爆発で包まれ全てを無に帰していく。
特に弾薬に火が付いた時の爆発音は激しかったのだが呆然としていた彼女はそれすらも右から左に流れていった。
全ての爆発が終わり燃え尽きた後…彼女のマイルームに残されたのは焼け焦げたスクラップただ一つだけであった。