27.閑話 記者から見たオープン記念イベントの風景 その2
アンノウンディザスターオンラインのオープン記念イベント当日。
安藤こと『アンドウ』はオープン記念イベントのロビーで坂本さんと待ち合わせ中である。
ん?
プレイヤー名が安直?
というかカタカナに変えただけとかおかしくない?
細かい指摘は気にしない。
よほど私の気の進まなさが反映されたのだと思うことにしよう。
しかしまあモデリングは結構精巧かつ豪華に作りこんである。
見た目、インテリア共に高級ホテルのような見た目であり、今座っている待合用のソファーも尻が程よく沈み込むほどのふかふか感である。
…このゲームこっちの方面で勝負した方がよかったんじゃないかしら?
しばらくソファーの感触を楽しんでいると横から声がかけられる。
「黒髪おさげにチャイナドレスと…名前はどうにかならなかったもんすか?」
視線を向けると金髪モヒカンヘアの緑色のTシャツ短パン姿の不審者…。
あぁたぶん坂本さんね。
「いいのよ。容姿の方は結構変えたからどうせ誰も気づかないわよ。」
「そうっすね、前に会社で見た時より二十割増しで美人っすね。」
こ…このやろう。
よくもぬけぬけと正直に言いやがって。
次に会社で会う事があったら絶対にしめる。
私はまゆをひくひくさせながらも社交辞令的に挨拶を返す。
「ええ、後で覚えてなさいよ?それよりも本日はよろしくね。」
「全身から殺気が漏れているっすよ!まあ本日は日記上位者の俺っちがいるからには大船に乗った気でいるっすよ。」
「期待しているわ。」
「じゃあここからは別行動で、手分けした方がいいっしょ?早速場所取り行ってくるっす。」
…あれ、場所取り?
そんな要素このイベントにはあったかしら?
抽選会場もあるけど並べばいずれ引けるしねぇ?
私は同僚の社員の奇行に気付かずとりあえずイベント内を取材することにした。
19:30でメインイベントがあるということで最上階のイベント会場に私は足を運んでいる。
時間までに各階共に満遍なく周りゲームの取材としてはできたと思うけど、一つだけ突っ込みたい事がある。
二階の設定エリアに私の音声データが展示されているのはどういうことです!
こういった要望にはお答えできないという例で展示するのはやめてほしい。
まあ、ゲーム規約に同意したうえでのお問い合わせなので使われることは違法でも何でもないのだけど…。
少しショックだった。
いけないいけない切り替えていきましょう。
メイン会場には既に人でごった返しており、あちこちからにぎやかな声があがっている。
ゲームの出だしとしての活気はどうやらあるようだ。
インタビューをしようとしたら邪魔もの扱いされたぐらいに…。
時間になると辺りが暗くなり、最前列の壇上にホログラムが浮かび上がる。
多分何か挨拶でも始めるのでしょう。
『皆様、本日はアンノウンディザスターオンラインのオープン記念イベントにご参加いただき、ひいては当ゲームをプレイいただき感謝の念に堪えません。』
こういった挨拶って長いだけで意味のないのが多いのよね。
早く終わってほしいわね。
『半月もの間、クソ国会議員連盟とファッキンNPOを相手にして粘り強く交渉という名の子供だましを繰り返してきた我々の苦労が報われたと言っても過言ではありません。』
…随分過激ですね。
これ垂れ流しても大丈夫なんですかね?
『このような愚痴はプレイヤーの皆様には聞かせるのは筋違いですね。大変失礼しました。ゲームの話に移りましょう。接続者数も我々の当初の予想よりもはるかに多く大変喜んでおります。サーバーの増設が間に合わなかった点については深くお詫び申し上げたいと思います。』
そうなんですよね。
heavenワールド常にいっぱいで接続に一時間もかかったとか本当に勘弁してほしかったです。
…おや、他の難易度行けばよかったんじゃないかって?
それは言わない約束です。
『また、運営の当初の予想と遥かに外れた点として高難易度の生還者プレイヤーが既に出てしまった点です。統計を見た所「hard」で五名、「veryhard」で二名ですね。準備もできてないサービス開始時点でこれでは我々の調整不足としか言いようがありません。特に「veryhard」はこれまでのワールドのボスクラスばら撒いておけばいいんじゃないか?という運が良ければクリア可能な設定をした安直なプランナーは更迭しました。明後日のメンテナンスで大幅に調整しますので期待してお待ちください。』
難易度上昇宣言にあちこちから文句の叫びが上がるが意に介せず挨拶は続いていく。
しかしその不満の声はメインイベントのアイテムのばら撒きが始まったことで完全に収まった。
プレイヤーの皆様は野生動物がエサに群がるがごとくアイテムに飛びついていきました。
アイテムのばら撒きというからにはどこかのゾンビゲームよろしく銃火器もばら撒いていないかなと思ったけどそんなことはありませんでした。
銃弾は置いてあるのに不親切な事この上ないですね。
やむをえず皆様が我先に獲得していたカバンと仕事上やむを得ないカメラ類を詰め込めるだけ詰め込んでよしということにします。
カバンいっぱいに仕事道具を詰め込むという悲しい行為の最中に再びアナウンスが会場に流れます。
『皆様ご歓談の最中に誠に申し訳ありません。ただいまオープンを記念した豪華な景品を準備しております。二十分後に配布しますので皆様楽しみにお待ちください。』
ほう、それは仕事上しっかりと撮影しておかなければいけませんね。
抽選会場にも巨大ロボットが展示されていましたし…帰る前にこちらも撮影しておきましょう。
私は当たりませんでしたからね。
アナウンスが流れた直後から人の流れが壇上の前へ前へと移動しようと奔流ができています。
他のプレイヤーもどうやら景品が欲しいのでしょう。
物欲が尽きないのが人間ですもの。
しかし、プレイヤー間の接触制限がかかっているせいか上手く移動できていないようです。
後方のはずの私も全然前に移動できないですからね…というかエレベータに近づいている以上遠くなっている気がします。
そのように思うようにうまく移動できない中でも時間は無慈悲に流れ、時間は来てしまったようです。
『お待たせいたしました。準備が整いましたので壇上に上がりました先着一名様に進呈したいと…。』
運営の挨拶の最中に既に壇上に手をつき飛び上っている人がいますね…ってあれは!?
『まだ話の途中なのですが見事な機微ですね。おめでとうございます。景品は貴方の物です。』
周りからはブーイングがあがっているけどそんなことはどうでもいいです。
あのせっかちさんは坂本さんじゃないですか?
まさかこれを見越して最初から待っていたのですか!?
これが売れっ子とペーペーの差というやつですか…。
『ではお名前を伺いしても?』
「うぃーっす『ドラゴンホース』です。今日はやむを得ずお付きで参加させていただいたっす。」
…初めて見た時から言及しないようにしようと思ってたけどそのネーミングセンスはいかがな物でしょうか?
カタカナだけにした私の方が痛くなくていいと思うのですが?
『見た所何も持っていないようですが?湧き上がるアイテムには興味は無かったのでしょうか?』
「いやーこういうイベントって大抵最後に一番おいしいのがあるもんっすよね?なので最初っからここで待ってましたっす。」
『なんとそこまで心待ちにしていただいていたとは…。しかも何も持っていないという事は気兼ねなくお渡しできますね。こちらが景品のZDチケットになります。』
運営のホログラムの前には何か台座がせりあがってくる。
坂本さんが手に取り、会場に向けて掲げると、虹色にまばゆく輝くチケットが会場の全ての人に示される。
会場ではそれに合わせて限定アイテムへの期待の声、感嘆の声、取得できなかったことへの悲痛の声等の様々な喧噪が交差している。
壇上で満足気に誇っている坂本さんの姿を見ると間違いなく今日一番おいしい所を持って行ったのは彼だなと確信したのでした。