26.閑話 記者から見たオープン記念イベントの風景 その1
「それで、安藤くん。この記事はなんだね?」
テーブルの向かい側に座る「VRゲーム通信」の無精ひげを生やしたいかにもな中年の編集長がこちらへ圧迫をかけてくる。
なんでこんな面倒なことを…。
私こと安藤 富恵子はこめかみを抑えながら頭を振りかぶる。
「VRゲーム通信」とは電子媒体のゲーム雑誌であり私はそこの記者である。
昔のゲームと違いVRゲームは攻略情報の調査には人件費のコストがかかりすぎるため、雑誌の内容は攻略とプレイ日記を同時に掲載させることにより成り立っている。
まあ人海戦術の分プレイヤーの方が遥かに攻略情報が進んでいるという問題点もあるけどそれは仕方ない。
その問題点があるためどちらかと言うと現在はプレイ日記の方が主流となっており、多数の人に読んでもらうためには男性視点だけではなく女性視点も必要という事で私のような女性社員も多い。
いかにユーザの興味を引く記事を書けるか?
そこが一番大事になってくる。
さて、話はアンノウンディザスターオンラインの記念イベントの前日、オープン当日の夜にさかのぼる。
普段ならばプレイ日記を提出してそれで終わりのはずだったのだけど今日は直接会社に呼び出されて会議という名の詰問を私は受けている。
「何だと言われましても編集長の指示通りのゲームをプレイして日記にして送付しただけですが?」
ここは冷静に!
そして自分に否が無いようにすまし顔で!
ここで弱腰の姿勢を見せたらまた記事の書き直しだ!
残業は悪である許容すべきではない。
いつも通りにプレイしたことで感じた点、何かイベントがあればそれを掲載する、ただそれだけなのだ。
しかしいつもならこれで終わっていたかもしれなかったけど今日の編集長はしつこかった。
「あぁ、これがいつもの奴なら面白さの浮き沈みってのはあるから目をつぶるんだが…。今回は新作ほやほやのVRMMOだろ?」
そう、私が前に日記を担当していた「陣取りこたつの下の大決闘」は既に後任に引き継いでおり、今日から新ゲームの担当をしているのだ。
あれは楽でした。
毎日こたつの下に重油を撒いてC4(プラスチック爆弾)を設置。
センサーに反応したらスイッチを押す。
最後は終了五分前に最強ユニットのベンガルトラを乱入させれば勝利確定である。
最近はインド象とかふざけたものが実装されたが機動力ではまだこちらが十分に勝っている。
…話がそれてしまいました。
とりあえず女性向けのほのぼのとしたゲームの担当から突如人手がいないという事で転向させられたのである。
しかも女性にやらせるべきか怪しいホラーゲームのようなものをである。
空いてるのが私一人とかぬかしてたけどこれはもうパワハラに等しい。
「まあ本来ならもう何人か投入したかったんだけどそこは悪いと思ってる。しかしなあ…上がってきたこれは何だ?」
わざわざ紙に印刷された文面がテーブルの上に置かれる。
印刷代がもったいない、何のための電子化と思ってるのだろうか?
「一つは『アンノウンディザスターオンライン始めてみました。』ですね。やはりプレイヤーの様子を見なければどうかわからないというのがありますので一番人口が多い所で取材しました。」
やはり生の声という盾は強いと思う。
そしてプレイヤーは低い難易度から試そうという人がほとんどであり、怖い思いは一切せずに済んだ。
「ふむ、それはわかる、わかんだが。このゲームは一応ホラーとかSFとかのジャンルの類だよな?なんでこんなほのぼのとした内容になるんだ?!」
そりゃもう、敵もいない穏やかな街並みにぽかぽかとうたた寝がしたくなる気候。
プレイヤーはワイワイガヤガヤとにぎやかに雑談をするほがらかな風景がそこにあったのだ。
敵の取り合いとか醜いのは一切書いてないし関わる気もなかった。
報道しない自由とはすばらしい物である。
「事実に基づいて書いていますのでそこを指摘されますと…。」
「じゃあなんで他の難易度試さなかった?」
「1日のプレイ時間が2時間に制限されていますので。」
事前情報がPV以外に一切ないゲームなのです。
手探りなのは仕方ないし効率なんて出るわけがない上の時間制限なのです。
「わざと避けたとかないよな?」
危うく顔をそらしそうになりましたが大丈夫です。
つばを飲み込む程度で抑え込めました。
編集長が深くため息をつくと次の紙を手に取る。
「で、二つ目にして最後のこれだが…?」
「『世紀末ゾンビ撲殺伝説』ですね。こちらプレイヤーがソロでゾンビをサンドバックのように倒しているのをそのままアクティブに表記してみました。」
これは動画で撮れないのがもったいないものでした。
heavenワールドのゾンビがあまりにもへぼすぎたので多数で囲って他の人が手出しできないようにしてタイマンチャレンジをしていたのです。
次々と突き刺さる拳にゾンビはなすすべもなくサンドバック状態に。
やがて1分もたたず崩れ落ちぼろぼろになるというものでした。
いやぁーこれはゲームらしい記事になったと思います。
「こんなんアップロードしたら実際の難易度と違うとか本当にプレイしたのかとか苦情来るとかないよな?」
危うく顔をそらしそうになりましたが大丈夫です。
目をあさっての方向に向けただけです。
「後、なんで画像や映像が無いんだ?」
「それは運営に問い合わせてみたのですが、どうやらカメラ等の記録媒体のアイテムを使用することで保存可能になるようです。記者という事で優先的に提供してほしいと依頼はしたのですが、回答は『一人のプレイヤーであるという点で差は一切ないためひいきはできません。今後も全てお断りしますのでご理解いただきたく思います。』とのことでした。」
「はぁー、これじゃ素人の感想日記と変わらないじゃねえか。」
編集長が深くため息をつきます。
元から素人とプロの差なんて既に無いような気がするのは気のせいでしょうかね?
後その一言私が素人みたいで若干傷つきますよ?
編集長は少し考える仕草を取るとすぐにポータブルを手に取り何か確認しています。
そしてそのまま電話モードへ。
「おい、坂本。わりぃが別ゲーム入ってくれねえか?」
『急に何すか編集長?俺っちの日記人気五位以内なの編集長も知ってるでしょ?』
「臨時で短期間でいい。最新のVRMMOがサービス開始されたのは知ってるだろ?」
『あー、確か出てましたね?それで?』
「安藤に行かせたんだが、人員追加が必要だ。とりあえず明日のイベントだけでも手伝ってやってくれねぇか?このままだとスタートダッシュでうちの記事が見放されちまう。」
『えーー…、うーんまあしゃあないっすね。明日からスカートめくりイベントだったんすけど了解です。手順とか打ち合わせとかはそっちで決定しておいてくださいっす。』
「すまんな、頼んだぞ。」
通話が切れると編集長がこちらに向き直ってくる。
「そういうわけだ、明日は坂本と一緒にオープン記念イベントの記事をあげてくれ。」
あー坂本さん感覚派だから計画派の私とはあいそうに無さそう。
けどこれも仕事だし仕方ないし、何より人手が足りてないのは事実だ。
「了解しました。」
「うん、まあ任命したのは俺だから当然責任は俺にあるんだが…この業界フリーも手ごわくてな、業績が常にいっぱいいっぱいなんだ。頑張ってほしい。今日はもう帰っていいぞ。わざわざ呼びつけたことはすまんかった。」
そう言い終わると編集長は部屋を後にする。
最近よく見ていなかったけど見えない位置に10円ハゲが増えていたり、以前より猫背になっているなと思う。
…おっとこうしてはいられない、帰宅許可は出たのだからさっさと退社してしまおう。
明日もまたノルマの日記を提出しなければいけないのだから。