59.阻む物
私が少しずつ扉を開いていくと未知であった部屋の中の様子が一見で明らかになってくる。
ここも何かの研究をしているフロアだったようで実験器具や薬品…後はケージのような物が積み重なっているのがちらっと見えたけどそんな些細な事は今は後回し。
問題はターミナルアイが数体闊歩していて…こちらはもう手慣れた相手なので問題ないけど、その見慣れた敵以外にフロアの中央に大きな物体が鎮座してぶよぶよと蠢いているのである。
「おおきなタマネギ!?」
「どちらかと言えば達磨じゃないかな!?撃って!」
「Fire!Fire!」
中に危険はあると判断して既に銃を構えていた事もあり即座に一目で敵とわかる化け物達に対して引き金を引き撃ちまくっていく。
とはいえ私の持っているショットガンの散弾だとあまり貫通力も期待できないので私はターミナルアイを積極的に、ウメは未知の巨大生物に銃弾を浴びせていく。
打ち合わせも無く標的の分担に成功した私は二体だったターミナルアイの体のあちこちへ散弾を浴びていく。
するとこちらへと振り向く前に二体とも体液を撒き散らしながら床に崩れ落ちていく。
その散り際を確認すると私もまだ対処が終わっていないであろう巨大生物へと照準を向ける。
照準を合わせたそいつを改めてよく見ると確かにタマネギのような壺のような形をしていてる物体でその黄色い皮膚には無数の巨大な目玉がついている。
…妖怪の百目かな?
だが私の予想とは異なり、その三メートルはありそうな巨体はウメからの銃撃を受けて体中から青い体液を飛び散らせ踊りに踊って悲鳴を上げている。
『aaaakkkaaaaabbbb!!!』
表面にある多数の目玉からも青い体液を噴き流しておりこれはもう倒せたんじゃないかなというぐらいの断末魔である。
そう考えて安心し始めていると…急に奴は血を噴き流しながらも頭頂部の穴が開いている部分から勢いよく空気中に紫色の煙を撒き散らしはじめた。
どう見ても健康的な色ではなく毒々しいし、しかもその煙の噴出は止まらずフロア全体を充満するように一気に広がっていく。
その光景に背筋をゾッとさせるとすぐさま本能的に次の行動を選択し即座に実行する。
「Gas!Gas!」
「退避!退避!ドア閉めて」
私達は大声で警告を発するとそのままフロア内に進入しようとしていたのを一転させて階段へと避難をする。
私とウメが階段へと飛び込むと最後尾に待機していたアンズが勢いよく扉を閉めて…階段まで煙が充満してこない事を確認して全員が揃って安堵の溜息をついた。
ふう…なんとかなったみたいだね?
この後誰も言葉を発さず自然と小休止を取り、軽いパニックから立ち直させながら情報整理をしていく事にした。
「何て底意地の悪い…これでは入れませんわ」
「無色じゃないだけまだましじゃないかな?においはどうなってるかはわからないけど色が付いてなかったらどこまで煙が来ているか判断がつかないし、階段からも逃げないといけなかったよ?」
まあ紫色の煙が実は無害で着色されただけのものでしたというならそれでいいんだけどその線は薄そうである。
目玉達の排除を優先していたせいで認識を後回しにしていたけど…フロアに積まれていたケージの中身…げっ歯類の実験動物たちは綺麗な姿で全て死んでいたし、毒殺されたものとみていいんじゃないかな?
それが無くてもあんなに巨大な化け物が意味もなく煙を吐いて終わりという事もないはずだしあれは毒ガスという認識でほぼ間違いないと思う。
「Ah…これからどうするです?ガスマスクでもないともうここには入れないですよ?」
ウメが困った顔をしながらこちらに話しかけてくるけどこれはその通りである。
フロアの中にいて見えている目玉達は恐らく全て倒しきったと思う。
そしてあの巨大な奴についても…
「ちょっと待ってね…今プシューという煙が噴き出している音が消えたみたい。そして床に倒れ込んだ音がしたから多分あいつは死んだ…かもしれない」
私がヘッドフォンから聞いた情報を共有するとアンズが顔に僅かに笑みを浮かべながら話を続ける。
「ニミリそれは間違いは無くて?…そうでしたら朗報ですわね。後はガスが抜けるまで待ってから入れば…」
「アンズ?残り時間を考えたら待っている時間は無いんじゃないかな?」
そう、14階で探し物に時間を使ったうえに、今からフロアに充満した毒ガスが抜けるまでどれだけかかるのか…相当な時間がかかるのは間違いないと思う。
それに…
「このフロアは換気されているのですか?換気されないならいつまでもガスはそのままですよ?」
そう、ウメの言う通り。
このフロアの換気装置でも動いていなければ毒ガスが排出されないでそのまま残留するのである。
向こう側のガラスでも割れてればよかったんだけど…フロアから出る直前に確認した時は全く割れてなかった記憶がある。
外れた銃弾で割れでもするかなって思ったけど…そんな事は一切なかったしね。
「うう…そうなるとここに入るにはガスマスクのような道具が必要、またはこのフロアの換気が必要になるという事かしら?」
「そうなるね。空調ってどこで制御してるんだろうね?それを探すだけ今日は終わりじゃないかな?」
「これがわかっただけでも無駄弾にならなくてよかったです。こっちの避難用具に酸素マスクはないですか?」
アンズは打ちひしがれているようだけど私とウメは次に必要ではないかという案を口に出してこの場を離れようと促していく。
…いつ扉の向こう側からガスが漏れて来るかもわからないしね。
けどアンズはあきらめなかった。
「そういえばあの毒ガスを撒いた巨大の側のテーブルの上に資料にあったガラス容器の薬品がありましたわよね?」
「Un…確かに色は同じでしたがラベルまでは見ていないですね」
あれ…ひょっとしてもう目的の物は見つかってる?
だったらアンズの諦めが悪いのは納得がいくけど。
だけどこれが現実、目の前に欲しい物があっても中に入って手に入れる事ができない以上は…。
「ニミリ?一つ確認したいのですけど、中で物が溶ける音は聞こえるかしら?」
「ん?そういうのは全く聞こえないけど?」
紫色の煙が噴き出し終えた後、11階のフロアの中は静かなもので物音一つたってないけどそれが何だろ?
アンズもおとなしくあきらめて…
「そうなると腐食性のガスではないですわね?」
「ケージのモルモットも綺麗に死んでいたのでその通りかもです」
あれ?
アンズとウメの会話が段々と不穏な物になってきた気がする。
そしてこの不穏な雰囲気は一刻も早くこの話は切り上げないとまずい、とこれまでの私の経験則が訴えてくる。
この話の流れは何とかしないとまずいかもしれない。
だけど私が厄介なにおいを嗅ぎつけてこの話を止めるのは遅かった。
「ではニミリ行けますわよね?任せましたわ」
誤字脱字報告いただきありがとうございます。