19.地下駐車場
私達は仕方なくサカキさん発案の地下駐車場を人数で強行突破する案を実施する事に決定した。
…絶対に失敗するよね?
他の人もそう思っているのか段取りの打ち合わせ中もほぼ全員に半分諦めが顔に現れている。
…まあ失敗してもいいんだから気楽でいいんだけどね。
そして例外は約一名、今から超危険地帯の死地へ赴くにも関わらず物凄いニコニコ顔の異常者である。
「最初はどうなるかと思いましたけれど、こういった趣向は素敵ですわね。楽しみでなりませんわ」
…きっと周りはドン引きですよアンズさんや?
まあこっちは幾ら死んでも満足してくれそうなので放置しておいて問題は無さそうである。
もう一方はと言うと…ウメの方は難しい顔をしている。
嫌な顔をしているというわけではなさそうなのでそれはいい事なんだけど、何か考え事でもあるなら聞いておいた方がいいかな?
私は横に座るとウメに話しかける。
「難しい顔してるけどどうしたの?」
言うかどうか困っていたようだけど意を決したのか話してくれた。
「…ストレートに言いますと、ゲームとはいえ無謀な突撃というのは気が乗らないのです。確かに命がけな事も必要な事はあると思うのですが、これではバンザイトツゲキです」
まあ確かに効率はよくないとは思うけどこれはこのゲームの仕様上やむを得ない事ではあり、試行としてはこれ以上は無い無難な方法である。
何せこのゲームと来たらないない尽くしでいくらでも使えるものといったら自分の身体を張るぐらいな事だけなのだから。
「まあアイテムも満足に手に入らない上に何度死んでも問題ないゲームだからそこはあきらめるしかないかな?仮にだけどウメならこの先を進むとすればどうするの?」
私の問いにウメは考え込むと思ったことを話してくれる。
「…まずここから侵入するという案を放棄します。それでも侵入するなら…事前に暗視カメラを付けたドローンで偵察をして内部を把握してからです。その後は装備としては…たくさんのグレネードは当然として…水中を撃つならアサルトライフル、またはオートタイプのショットガンがいいです。当然フラッシュライトをアタッチメントに付けて…あ、フラッシュライトは強力なのではなく広範囲を照らせるのがいいです。水面に光が反射します」
…どこの軍隊ですかそれは?
というか逆立ちしてもそんな装備は準備できない。
そしてそれぐらいの装備が必要と言う場所に何も無しで行かなければならないとなると少し気が重くなってくる。
まあ今ウメに言える事はこれだけである。
「ごめん、そんな装備このゲームだと入手出来てないかな?けど銃はNPCが持っていたけど…」
「ではそいつ等から奪い取ればいいのではないですか?」
…なるほどそれもありかもしれない。
そう思いつつもそろそろチャレンジを開始するらしくサカキさんが呼びかけていたのでこの件は覚えていれば後から考える事にした。
全員が恐る恐る暗闇へと繋がる坂道をゆっくりと下りていく。
コンクリートを踏みしめるじゃりじゃりとした足音がより耳に響くのは屋内に入った証拠だろうか?
まだ何も起きてないのに短い悲鳴や歓声が聞こえてくるのは心臓に悪いのでやめてほしくもある。
やがてある程度進んだところでピチョンと足元から音が鳴るのが聞こえて湿り気と冷たさの空気が伝わってくる。
どうやら説明にあった通りこの先は全て浸水しているエリアらしい。
緑色に光る非常灯以外に光源は無く、そこから朧気に映っているのはわずかな車と水面だけというほとんど暗闇の世界である。
…いや、ここの水面下に化け物が潜んでいるなら本当に自殺行為でしょこれ?
と思っていたらサカキさんが
「さっき決めた通り行くぞ、俺達は正面を最初に突っ切るから桃ノ木たちは左に、ニミリさん達は」
「本当に行くの?…と言うか私達は呼び捨てで何でニミリちゃんはさん付けな…」
「よし行くぞ!」
桃ノ木さんの声をかき消すようにサカキさんは叫ぶとじゃぶじゃぶと波音を盛大に立てながら暗闇を突き進んでいく。
周囲の人間はいきなりの展開についていけずサカキさんが単独で突っ込んで行ったが、思い出したかのように取り残された五人も慌てて入水し、後に続いていく。
事前の話では同時に出発してリスクを減らすという段取りだったはずだけど完全に台無しである。
「逃げたよね?…まあいいわ。それじゃあまた後で会いましょうね?」
そう言うと桃ノ木さん達も水音を立てながら進み始め、やがて動きが朧気にしか見えなくなっていく。
この流れについていけず私達はすっかりと取り残されてしまったけど、正面の方角からにぎやかな声と、水が激しく跳ねる音が響いて来る。
「うぉぉぉぉぉぉーーーーー!?…ガボブボボボ」
「サカキさんが引きずり込まれたっす!?」
「あいつはもう駄目だ!」
…予想通り阿鼻叫喚になってるみたいだね。
あの人たちはもう全員駄目だろう。
それを踏まえた上で…私達も行かなきゃいけないのかな?
そう思ってるとにこやかな死神の声が響いて来る。
「楽しそうですわね。ニミリ私達も早く行きましょう」
私は気づかれないよう心の中で溜息をつくと静かに入水して先頭を進む事にした。
波を極力立てないように、音を立てないようにゆっくりとゆっくりと暗闇の世界を私達は進んで行く。
すぐにサカキさんチームから全員分の悲鳴が聞こえて静かになったのはあの後すぐだった。
サカキさんチームが完全に沈黙してすぐ後に確認のために無駄に大きい声を出していた桃ノ木さん達もすぐに三人分の悲鳴が聞こえてきて地下駐車場は静寂に包まれたのは記憶に新しい。
…いくらなんでも全滅するのがはやすぎないかな?
もう少しぐらいしっかりと囮をしてもらいたかったけど…まあ仕方ないとあきらめよう。
こちらは私とウメは腰を低くして膝を水の中に付けて音は僅かにしか立てていない座りながらの方法で歩き…アンズは姿勢を低くはしていないけど一歩辺りが狭いため音を大きく立てないで歩いている。
いつまでこれが続くのかゴールがわからないせいで気が滅入ってくる。
それに耐えられなかったのかやがて暗闇の中からぼそっと小さな声が耳に届いて来る。
「もう少し早く歩けませんの?このままですと時間がかかりすぎると思うのですけど?」
「そっちも同じように歩いてくれれば音も波もたたないので静かに移動できますよ?」
「嫌ですわ。腰が痛くなる上に足も異常に疲れますわよねその歩き方?」
…そしてぼそぼそと始める口喧嘩。
確かにほとんど変わり映えの無い疲れだけが溜まる移動…そりゃあ気分の捌け口が欲しくなるのはわかるけどねぇ…少し遠慮願いたいんだけど。
だが次の瞬間それも一気に終わりが来る。
「確かにそうですけどだったら話をしないで…」
そこでガコンと音が鳴る。
そしてその直後にバシャンと盛大に音が鳴り水飛沫が辺りにはじけ飛ぶ。
「あ…」
どうやら停車していた何かをこかしてしまったらしい。
多分音の大きさからバイクか何かだと思うけど恐らくアンズの方に振り向いた時にウメがひっかけてしまったのだろう。
ちょうどこの場所が非常灯の灯りも全く届かない文字通り手探りで進んでいる場所というのも悪かった。
まあ一番悪いのはこんな時に話を始めたアンズだけどね?
けどそれを責めている時間は無い。
アンズはきょろきょろとして慌てて周囲を確認しているけど今注意すべきは音である。
水音以外の何かを…聞き取れるように集中する。
するとと遠くの方から何か気配が這って近づいてくるような…そんな微かな違和感が感じられる。
…これはまずいかも?
「全員移動!もう音立ててもいいから逃げて!」
「え?皆様遠くの方でやられていましたし、見つかったと決めつけるのは…」
そうアンズが言った直後、水音が鳴り水面から何かが飛び出してくる。
そのまま一番うるさかった…立ったままきょろきょろと頭を動かしてその体の動きで音を立ててしまったアンズの喋っていた方角から肉が削がれる音が鳴り響く。
そのまま眩しく見慣れた電子的な光が光った事によりアンズが死亡した事を私は確信した。
周囲に潜んでいたのかそれとも遠くから素早く泳いできたのかわからないけどこの暗闇の中、正確に跳躍して人を即死させるのは明らかに脅威レベルが高すぎる。
「シット!」
「とりあえず水場から離れない…うわぁ!?」
喋り切る事もままならず何かが左足に絡みつきそのまま水中へと引き倒される。
そして話している最中だったせいか急に引き込まれたせいで水を結構飲んでしまった。
そして水を飲んで一気に息苦しくなってしまった中で何とか状況を把握しようと水中で目を開けたその先には…巨大な鋭利な歯が上下に並んでいるのが私の目に入り、それが閉じると共に死亡メッセージがいつものようにに流れた。
あっという間の出来事にVRマシンを取り外してベッドの上で少し振り返っていると、シャーリーさんもやられたのかすぐに戻ってきて悔しそうにしていた。
その後、何度かやり方を変えつつチャレンジしたものの水場で人間が水棲生物に敵うはずもなく、何度も餌にされつつ進展のないままこの日は終わった。
誤字脱字報告いただきありがとうございます。
毎回発生するのは避けられないのだろうか…。




