11.ノルマ達成
「それでこれからどうするのかしら?」
マイルームへと戻った私はアンズから険のある言葉が投げかけられる。
勝手に色々とやらかしてるのである程度は予想していたけど、今回はかなりご機嫌斜めのようだ。
いつもならこういった変わった事をすれば少しぐらいは煙に巻けるんだけど…今日のアンズは今までに見た事が無いぐらいに感情的である。
私は心の中で溜息をつきながら淡々と返事をする。
「まあ今日の所はウメのゲーム慣れと中継地点までの移動をやるよ?口約束とはいえ約束しちゃったんだから。それに割といい機会を貰えたと思うし悪い話では無いと思うからね」
まだアンズがムスッとしているようだけど、それは駄目だね。
このゲームの難易度は結構過酷なので気持ちがぶれている人を連れ歩いて達成できるとは思えない。
なのでこの際アンズであろうが事前に釘を刺す事にする。
「後ね…借り物もあるから失敗できないし…もしも途中でふざけたり足引っ張るつもりなら置いていくけど、アンズはどうするの?」
「うー…わかりましたわ。…流石に邪魔はしませんわよ」
私が真面目な顔をして問い詰めると言葉を詰まらせながらも承諾を返してくれた。
どこかまだ含みがあるような回答だけど、まあいいか。
言質は取ったのだから流石にそれを反故にする事は無い…と思う。
次に必要なのは、ウメへの説明である。
あの下水道で必要な事を思い出しつつウメにゆっくりと説明をしていく。
「では、今から向かいますけど注意事項は三つだけです。一つ目は道順は私達が知っていますので後から付いてくる事。二つ目は下水道に入ったら水に入らず極力音を立てない事、音に反応するゾンビが大量に水の中に沈んでいますので絶対だめですよ?三つ目は光に反応する昆虫のような化け物もいます。途中で懐中電灯を急に切る事もありますので慌てずに動かないでください。いいですか?」
「オーケー!スニーキングミッションですね!そういうの得意です」
爛漫に笑顔を咲かせながら任せろと言ってくるけど大丈夫かな?
いや、先日の件を見ると大丈夫そうだけど…それならこの子はどこでそういうのを習ったんだろ?
…わからない以上は考えても無駄だね。
私はマイルームに雑多に置かれている物資の山から用務員室の鍵を探し当てると固定コンソールの操作を始める。
行先はnormalワールド初期位置の学校に設定して…よし。
「それじゃあ設定したから行くよ?はいかいいえを聞かれる画面が出るからはいを押せば移動できるからね」
それからnormalワールドへ移動した私達は鍵を使って用務員室に入りハシゴを降りる。
すると幾度か激闘を繰り広げた少し大きめの部屋に到着した。
そこで私は以前と変わった点がありびっくりしてしまった。
「オー…殺風景ですね?何も部屋にありませんよ?」
そう、ウメの言う通り何も無いのである。
以前は木製のテーブルやロッカー、ヘルメットをかける備品等が備え付けられていたのだがそれすらない。
道すがら話していた内容と齟齬があったのでウメも少し首をかしげている。
まあよく考えなくてもサカキさん達が毎日回収しているのだろう。
実に勤勉な事である。
「資源として持ち出されたのでしょうね…確かに早い者勝ちとおっしゃられてましたけどしっかりなさってるわね」
「まあ私達は全然ここには来なかったからね。むしろ有効活用してくれているならそれはそれでいい事じゃないかな?」
何も無い部屋にとどまっていても時間の無駄である。
私は下水道へつながる鉄製の扉に手をかけると後ろを振り返り最後の確認を取る。
「この先がさっき話してた場所だからここからはさっき言ってたことを守ってね?」
アンズもウメも頷いて同意を取っている事から多分大丈夫だろう。
私は暗闇に続く扉を開いだ。
そして数十分後、予想よりも早くハリネズミのいる広い空間のボスエリアまで到達する事が出来た。
思ったよりもスムーズだった。
要因はまあウメがきちんと冷静にミスなく行動できた事、何故か私が無意識で出していたハンドサインも理解できていたのが大きい。
そして一番大きな要因がアンズがおふざけをしなかった事だろう。
これが最も恐れていた事態だったけど、流石にそこは事前の口約束を破らなかったようだ。
まあ何も無かったならこれでよし。
「後はそのハシゴを上ってエスケープすれば終わりだよ、お疲れ様。間違ってもあっちの大穴には行かないでね?あそこにいるボスが降ってきて戦闘になるからね?」
私はそう言うと部屋の隅にあるハシゴを指差す。
少しだけ天井に目をやると…巨大なハリネズミが僅かな音と共に天井をゆっくりと移動しているのが見える。
やはりメンテナンス毎にリスポーンされるらしく以前と変わらない刺々しい姿からは危険さが垣間見れる。
…ひょっとしたら威力のある対戦車ライフルや対物ライフルなら先手で倒せるかもしれないけどそんな贅沢品は今は無い。
そしてそんな危険物を刺激する必要は無いので、私達はハシゴを上ってセーフエリアに到着するとそのままエスケープをして私のマイルームまで戻ってくる。
…初めてスムーズに終わったよ!?
いつも想定外な事ばかりだったからこの感覚は新鮮であった。
私は妙な達成感に包まれて気分がよかったせいか、背伸びをしているウメへ話しかけてしまった。
「以上で今日の目的は終わりだけどウメは何か聞きたい事はあるかな?」
アンズには無いだろうし、あったとしても私に不利になるような事しか言わないと思うので敢えて聞かない。
私へのアンズからの圧が少し強くなった気がするけど、ここは我慢だね。
だが私はついつい余計な事をしてしまったと自覚する事になる。
ウメは口元に指を添えて考える仕草をすると、思ったことを口にしてきた。
「確かに暗い下水道をゆっくりと歩く不気味な雰囲気はその手のホラーゲームっぽくてすごくよかったのですが…よく考えてください、私はまだキュートなハリネズミしか見てないです!他のモンスターも見てみたいですしハンティングとかもしてみたいです」
えー…そう来ちゃいますか。
どうやらあれだけのメニューだとこの過激派娘にはボリューム不足だったようだ。
だけど注文にあるあのハリネズミは倒せるけどリスキーだからやりたくないし。
…じゃあどうしよう?
学校の外のゾンビの群れを見せるのもいいけどそれだとハンティングはできないし…、それなら他の難易度のワールドで試してみるかな?
私がどうしようかと考えて込んでいると私の肩がポンと叩かれる。
振り向くとアンズが作った笑顔で私へ話しかけてくる。
「よいのではありませんか?私もストレスの捌け…では無く、そういった楽しみも体験いただくのもよろしいかと思いますわよ?」
…なんか雰囲気は怖いけどアンズには何か考えがあるようだし、少し聞いてみるかな?
私は続きを促していく事に決める。
「けどそんな化け物を倒せる適当な場所ってあったっけ?」
私が首をかしげてアンズに聞き返すとアンズはにっこりと微笑み助け船をだしてくれるのだった。




