1.ご新規さんいらっしゃい
あの理不尽かつ無意味な巻き込まれ騒動の後、杏子の話の通り特にあの…駄目だ名前が思い出せないけどあの怖かったヤクザさん達からのちょっかいは一切無かった。
それならば穏やかな日常が待っているはず…そんな期待は翌日には木端微塵に砕かれる。
「イエーイ!ユリ!日本案内してくださーい!」
「せっかくの日本に来ていただいているのだから友里は案内してあげてね?お小遣いは出すから」
私は思い出した。
勢い全開のホームステイ中の可愛い女の子と面倒事を全て私に投げつける母のせいで私の穏やかな日々は消え去る事を。
その日から、大きな漢字が書かれた赤い提灯を見たり、白と黒の可愛い二色の動物のいる動物園を巡ったり、立ち寄った繁華街の地下で食べ放題のカレーを食べまくったり、海外では未だにこちらの方が有名とまで言われている昔の赤い電波塔に登ったり、お相撲さんが相撲を取る建物に寄ってみたり、電気街でメイド喫茶に行きたいと強制的に店まで連行されたり、結局昔の街並み残る下町を散策したり、高貴な方が住んでいるお城の敷地内を散歩したり、埋め立て地で市場を見学して、巨大なロボットの模型で記念撮影したり、国会議事堂を含む都市部を観光したり、おしゃれの町で買い物をして犬の像の前で騒いだり、周りに周った後に少し郊外の美術館や公園で遊んだり、大きなテーマパークで精魂尽き果てるまで遊び倒したり…。
まあ一言で言うと連日に渡りシャーリーさんに引っ張られて観光漬けにさせられたという事なんだよね。
もうどこにそんな元気があるというのか…息をつく暇も無く連れ回されてしまったよ。
…案内もしたというより案内されたという気がするけどシャーリーさんは満足しているようだし結果問題ないかな。
…何故か二日に一回は杏子とばったり会う事があったけど、杏子も何か用事があったのかな?
いや、お互いに忙しくなったせいで…ひょっとしたら私がよく出かけたせいなのかも?
私が知らなかっただけでお嬢様の外見に似合わず杏子もよく外出していたという事実があっただけかもね。
そして今日で五日目…流石にもう体が悲鳴を上げ始めてるのよね。
晩飯を手早く済ませて部屋のベッドに倒れこむと…呻き声と共に精神が悲鳴を上げている。
…もう早くシャワーを浴びて寝ちゃおうか…うん、そうしよう。
だが、この最適解を実行に移すには私はあまりにも愚かすぎた。
ごそごそと浴室へと移動しようとする私の目の前でデスクの上のポータブルから着信音が部屋に鳴り響く。
…嫌な予感しかしないけど、とりあえずポータブルを開いて…新着メッセージを確認する。
『イベントの報酬の交換期限は今日までですけれどニミリは交換まだですよね?忘れずにログインしてくださいね』
…杏子からだ。
そういやそんな事もあったっけ。
いやぁゲームからは自然に脱走できたと思ったんだけど…どうやら逃がしてくれる気は無かったようだ。
そして…今メッセージを見たけど…いや見てしまった。
即ちメッセージの既読がついてしまったのである。
…杏子に読んだことが知られてしまったのである。
これはやらかしてしまった、見ていなかった振りができなくなり逃げられなくなってしまった。
…この前の件の借りもありそうなので流石にここで逃げるのはまずそうだし。
穏やかに逃げ切れる手段が思いつかない。
私は深くため息をつくと部屋の押し入れに封印していたVR機器を取り出す。
まあ顔出しだけしとけばいいかなと思って箱を開けていると私の部屋のドアがガチャリと開く。
「ユリ!今晩はこの人生崩壊ゲームをやりましょう!…何をしているのですか?」
…そういやこっちも忘れてた。
元気いっぱいのシャーリーさん…毎晩寝るまでの間に色々とゲームを持ち込んで遊んでいたのだった。
生憎私の身体は一つしかないからVRゲームやりつつボードゲームなんて絶対にできないからね。
私はVRのヘッドギアを一度ベッドに置くと説明を始める。
今からやろうとしている事、やるゲームの内容を大雑把に説明して行くと…シャーリーさんは何故かがっかりするよりも目が爛々と輝いていく。
なんでだろ?
そう考えているとシャーリーさんはボードゲームを抱えて私の部屋から出ていくと代わりにVRのヘッドギアを持って入室して来る。
…まさか。
「オーケー!いいですね。私もそのゲームやります!私の国だとこのゲーム規制されてできないから丁度やってみたかったのです」
まさかVR機器まで持ち込んでいたとは…。
しかしシャーリーさんが期待しているのはここにいる事から私と一緒にワイワイ遊びたいのだと予想する。
しかし私は今から杏子に連行されるのであってそれに付き合わせるのも気の毒だろう。
これは説得しなければいけない手間が増え…いや待ってよ?
ひょっとするとこの子をいっそ引き込んでしまって杏子の相手をさせれば私の負担が減るのではないかな?
そう、連行される人数が増えれば私一人の時よりも負担は確実に減るはず!
おや?中々良い案に思えてきたよ。
私は方針を一転し、シャーリーさんも巻き込むことにした。
まずはゲームのインストールをしなければいけないのでその手順とチュートリアルがあるのでそれを済ませるよう懇切丁寧に説明をしていく。
そして私のマイルームのIDを教えたので全て終わったらそこへフレンド申請しておいてくれれば承認するのでそこで合流するよう話を進める。
シャーリーさんは全て理解したのか頷くと早速ヘッドギアを操作し始める。
「早速インストールを始めます」
え…この部屋で?
…ちょっと待った、同じ部屋でそんな落ち着かない状況になる等認めるわけには行かない。
私はシャーリーさんはに自分の部屋でゲームをするように言うと残念そうな顔をする。
…いやいやいや、結局VR空間にダイブするのだから別に一緒の部屋でゲームをする必要は無い。
意識が無いのに部屋に人がいるとなると気が散って仕方ないからね。
私はその辺りを切々と説明すると渋るシャーリーさんを自分の部屋に戻すことに成功する。
そしてドアを閉めて一息つくとヘッドギアをかぶり、またあのゲームの世界へとユーターンしてしまうのだった。