18.終幕へ
昼休みにこっそりと更新
明日の0時以降になるよりはいいかなと(深夜更新待ちの方がいましたらごめんなさい
湯島家宅 通信指令室 14:35 羽山省三
杏子お嬢様から許可をいただき、古い自前のポータブルでかけること何度目かの発信音が鳴り…奇跡的に通話相手が画面に出る。
その画面に映った背景は…予想した通りの最悪のケースじゃった。
心の中で盛大にため息をつくと通話相手が急き立てるように話を始める。
『ミスターハヤマ!ジャパニーズニンジャとは久しぶりだな!旧知が電話をかけてくれて来た事は嬉しいが、生憎今は忙しくて相手はできん。だがこの後依頼した事があるのでこちらからまたかけ直させてもらうよ』
タクシーから回収したパスポートの住所から辿った結果、よもやと思ったがやはりこうなるか。
後ろでは幾人もの軍人が慌ただしく動き回っておるし…明らかに我が国の地名に軍事行動の単語が飛び交っておる。
…危なかったな。
通話相手のマーキンス=エヴァンス…今は将官だったはずじゃが、最後に会った時は呆れるぐらいの娘馬鹿だったはずじゃ。
そしてそれに孫娘ができているとすれば…このギャグマンガのような事態も納得をせざるをえんじゃろ。
…正直な所納得はしたくないがの。
「いや、かけ直す必要は無い。お前さんが今直面してる事と密接に関係しておる。少し時間をくれんか?さもないと孫娘の安全は保障せんぞ?」
儂の警告に、あちらの形相が般若のように怒りを含んだ物に変わる。
よし、何とか話には引き込めたか。
『それはどういう意味だ?』
「どうもこうもない。我が国でぬけぬけと軍事行動に移そうと…いや既に移しておったか?心当たりはあるじゃろ?取り返しのつかん事になる前に手を引いておけい」
『質問の答えになってないぞ!?』
とは言えどうやって納得させて説明したもんじゃろか?
儂が珍しく困り果てていると幸いなことに救いの手がドアが開く音と共にあちらに現れた。
『マーキンス!今回のはやばすぎるぞ!流石に考え直せ!』
大声だったせいかポータブルが拾ってくれたのかこちらでも第三者の声を聞く事ができた。
…この声は誰じゃったか?
確か…?
「新しく入って来たのは誰じゃ?こいつとじゃ話にならんので変わってほしいのじゃが?」
『いや、私は冷静だ、問題は無…』
『ちょっと借りるぞ?通話相手、名を名乗れ』
「羽山省三、元傭兵じゃ」
少し間が開くとこちらの事を思い出したのかあちらから快活な声が響いて来る。
『あーアフガンでそんな厄介な奴いたな、懐かしい。こちら海兵隊のダーリッジだ。確かにこいつは今、話が通じねえ。こっちの遠征部隊にも話がくるし、Y基地とM基地にも航空支援の要請準備をさせてやがる。おまけに自分の手持ちまで動かすつもりだ。これはごまかしが効くレベルじゃねえし、国への忠誠を忘れ切った大暴走だ。これが止められるなら大歓迎だがどういう要件だ?』
訂正せねばならんな…こ奴は儂の想像以上に馬鹿っじゃったわ。
…あーダーリッジの奴も最悪拘束も考えておったな。
ご苦労な事じゃがそんな事をされては取引相手がいなくなって儂も困る。
「その事じゃがな、Y市でお宅とやり合ってるのは我が国の暴力団以外は、儂の所の手駒じゃ。その子の安全は保障するのでこちらで身柄を預からせてもらえんかのう?」
『そんな事を…』
『マーキンス、少し黙ってろ。流石にこいつはやりすぎだが、生憎こちらも軍関係者が手を出されていてはいそうですかと引くわけにはいかねえからな?それになぁ、こちらももう確保手前なんだよ?』
「では最後までやり合うか?ここまでは手を抜いておったが…本気を出すぞ?まあ最終的にはお前さん等が勝つだろうが取り返しのつかない物を失うじゃろて?」
ポータブル越しに空気だけで張り合う事数十秒、お互いに深くため息をつく。
『…停戦で…いいな?』
「ああ、それで行こう。暴力団はこちらで排除していくがそちらも見かけ次第排除しても構わん。警察は…黒白洗うから手を出さんでくれると助かる」
『わかった、マーキンスもそれでいいよな?』
『いや、こちらで安全に確保して帰国をさせ…』
『い・い・よ・な!?』
『ぐぅ…』
どうやらあっちはダーリッジが主導権を握ったようじゃな。
…階級はマーキンスの方が上じゃったはずだがまあこちらのほうが好都合じゃ。
「じゃあすぐに停戦させて後の話は詰めていこう」
『異論はねえよ?…あぁそうだ一つだけ聞いていいか?』
話はまとまって通話を切ろうとした所で待ったが入る。
…まあ条件の上乗せだろうし、聞ける範囲ならいいじゃろて。
「何じゃ?すぐに通したい条件があるなら聞いておくが?」
『お、いいのか?うちの連中が見た事の無い兵器見たって言ってたんだが、あれお前の所の奴か?いくらで買える?』
…まあ使用はした以上存在の露見は止むを得んか。
それにしても菅沼の奴、派手に暴れたようだな?
儂はふっと一息つくと話を一旦終わらせることにする。
「そういうのは防衛軍に問い合わせてくれ。では一度切るぞ」
通話を切ると杏子お嬢様の横に立ち頭を下げて報告する。
「お嬢様、あちらの軍の方は停戦に合意しました。双方銃を引かせます」
Y市 15:30 二味友里
…暇だ。
やる事が無い。
あの後、ヤクザさん達は左右双方から無数の銃弾を浴びて崩れ落ちて今や物言わぬ屍の山となっている。
その後は使用人さん達と兵隊さん達で銃を向けて睨み合っていたけど、どこからか連絡を受けると銃を降ろして今はお互いに警戒して距離を取っている。
これからどうするか聞いてみたけどこのまま待てとしか言われていない。
よって壊れた事故車に背中を預けながら呆けていると使用人の一番偉そうな人と兵隊が数人こちらへ近づいて来る。
何か話があるのかなと思っているとそのまま黙ってポータブルを渡される。
耳に当てると聞きなれた声が機械から聞こえてくる。
『二味様お疲れ様でした。とりあえずの処理の目途が立ちましたので帰宅いただいて問題ありませんぞ』
羽山さんかー。
処理が終わったって…まだ一時間ぐらいしか経ってない気がするけど本当に終わったのかな?
…いや、疑うだけ無駄かな?
大丈夫というからにはすべて終わるまでの算段がついているはずだよね。
『車はこちらで手配させていただきました。そちらでお二人を自宅まで送らせていただきます。あぁ、タクシーでお二人の私物も回収して車にありますのでご確認ください』
ん…?
まあいっか。
少し気になったけどホームステイ続行という事はあっちの国とも話がついたという事よね?
「わかりました。こちらで何かやるべき事や注意しておくべき事はありますか?」
『特にありませんな。今晩中に全て処理しますので問題なく』
本当に任せていいらしい。
それなら私も疲れているし、何より杏子に任せておいた方が私が関わるより確実に綺麗に後始末してくれるはずだしね。
さてと…シャーリーさんの方はどうなっているかな?
そちらを見てみると…話はついたらしく兵隊へポータブルを押し返している。
「話しは終わった?」
「オーケーです!後腐れなく終わったようで何よりです」
まあ正当防衛?とは言え…多数の発砲に始まり殺人、傷害、器物破損、道交法違反、銃刀法違反、その他諸々…。
これが全部無くなるならそれに越した事は無いよね?
お陰で肩の荷も下りたし…いや、杏子に貸しを作ったようだし後が怖いかもしれないね。
どうやらすっきりとは終わらないみたいだ。
けど、今日は疲れたのは事実なので退散できるなら退散してしまおう。
心の中で盛大にため息をつくと用意された車へと移動する。
「あ…あの!」
私が車の後部座席のドアを開けていると背中から声をかけられる。
そういや被害者がもう一人いたなと思って振り返る。
すると顔を俯けて少し上目にこちらの様子を伺っている東雲さんがちょこんと立っている。
やはり扱いがぞんざいだったせいか怯えているようでこちらと目を合わせようとしていない。
そりゃあ好かれようと思ってやったわけでもないし…そもそもこの子の父親が必死に頼み込まなければ関わらずに見捨てるつもりだったしね。
しかし命の恩人ではあると思うので少しぐらいの感謝はして欲しいものだけどさ?
そういう下心はおくびも出さず淡々淡々と答える。
「何かな?」
「そ…その、またお会いできますでしょうか?」
小声でぼそぼそっと呟いて来る。
…そういやこの子ヤクザの娘さんでしたっけ?
そう言えばお漏らしとか情けない姿ばかり見てしまったよね…。
まさか後からお礼参りとか口封じを考えているのかもしれない!?
しまった、そっちの方は予想していなかったね。
私はさらにどっと疲れると片言で適当に返事をする。
「あー、まあ縁があれば?それよりもせっかく拾った命なんだから大事にしなさいよ?それじゃ」
そうさらっと若干早口で言い切ると後部座席に乗り込んだ。
しばらくするとシャーリーさんも隣に乗車し、車はゆっくりと走り出した。
…この件も杏子に相談すべきかな?
県警本部無線室 16:00 K県警 苅谷輝雄
『駐留軍MPより通行のための最後通告が届いています。強硬手段も辞さないと!指示を乞う!』
『北部の検問で本庁の警官隊が事情説明をしろと警告しています!強制執行も辞さないと言っていますどうすればいいか指示を求む!』
『県知事から責任者を出せと通話が…』
『Y市全域で交通事故及び負傷者が続出、救急が間に合っていません!応援求む!』
無線から聞こえてくるのはどれも俺が望んだ情報ではない。
ここまで来てしまったらもう懲戒免職も数年の豚箱行もやむを得ないが、これであの小娘を確保できてないとなると俺の再就職が危なくなる。
それだけは何とかしないとまずい。
「通報窓口がパンクしています!警部どうすれば!」
「そんなの無視しろ!」
クソが!
どうしてこうも思い通りに行かない!?
こんな簡単な仕事もできないとは組む相手を間違えたか?
俺はイライラの気分を抑える事ができずゴミ箱を蹴飛ばす。
無線室の中はその音で静寂に包まれたが次の瞬間さらに緊張に包まれる事になる。
ガチャリと扉を開けてゴルフウェア姿の本部長様が来てしまったせいだ。
もっと遅く来ればいいものをと心の中で舌打ちをする。
本部長は部屋の中を見渡して…俺を見つけるとそのままずかずかと近寄ってきて襟元を締め上げてつかみかかってくる。
「かりやぁ!?貴様よくもやってくれたな!?」
ぐ…喉元が絞められて息が苦しいがイライラしていた俺は皮肉を持って回答する。
「これは本部長?本日はゴルフを満喫していると思われましたが?」
「そのつもりだったさ!貴様がこんな事さえしなければなぁ!?」
そう言うと俺は壁に叩き付けられる。
…落ち着け、俺は表面上は事態に対処していただけでやばい事はすぐには表に出ていないはずだ。
少なくともここを切り抜けて数日はごまかせるはずだ。
俺は少し気を落ち着かせると本部長にしらを切っていく。
「お言葉ですが本官は民間人への被害を憂慮して対処したにすぎません。惜しむらくは想定外の行動を容疑者に取られたせいで被害が拡大してしまいました。その点については憂慮しており…」
だが俺の言葉は右頬に突き刺さった拳によって中断させられる。
クソが…歯が何本かいったぞ!?
よろよろと立ち上がると本部長はさらに鬼気迫りながら詰め寄ってくる。
「よくもぬけぬけとそんな事が言えたな?貴様が暴力団鹿髏組とグルであった事!女子高生の誘拐に手を貸した事!更には防衛軍の装備を強奪した事!全てネタは上がってるんだよ!」
畜生、もうそこまで割られてるのか?
いくらなんでも早すぎる、一体何が?
と考えていたが本部長の言葉を飲み込んでいくとおかしい事に気が付く。
…防衛軍の装備ってなんだ?
「あの本部長?防衛軍の装備とは?」
「まだしらばっくれる気か!?お前の名前で輸送中の新型戦車を強奪して町を火の海に変えたらしいじゃないか!市民を守るべき警察官が…恥を知れ!」
更に腹へ蹴りを入れられると俺は呻きよろめいてしまう。
…全く意味が分からんぞ?
問いただそうにも本部長は猿のように興奮しており話が通じそうにない。
どういう事だ?
そう考えていると扉から新たに人が…アサルトライフルを構えた兵隊が数人入ってくる。
緑色の迷彩服に身を包んだ連中は俺を確認するとすぐに銃口を向けてくる。
俺は慌てて手をあげる事しかできなかった。
「本部長、彼がそうですか?」
「あぁ…そうです。この不祥事本当に申し訳ない」
本部長はそう言うとさっきとは打って変わって力が抜けたようにガクッと膝を折る。
この状況から見ると本部長は嘘を言っていなかったことになる。
ますます意味が分からねえ。
「あー苅谷警部だね?初めまして、自分は防衛軍警務隊の小笠原、階級は大佐だ」
そう言うと一番偉そうな男がツカツカと歩み寄ってくる。
すると俺の首をひっ捕まえて窓の外が見える位置へ引っ張り上げる。
そこで目に映ったのは駐車場の真ん中に置いてある黒い…ロボットのような…あれが話に合った戦車か?
足がついている戦車とか虫みたいで気持ち悪いな。
…しかしいつの間にあんな所に置かれていたんだ?
そう思っていると大佐は底冷えするような声で俺に話しかけてくる。
「君は我が軍の機密情報に当たる最新鋭の戦車を強奪し、あまつさえ無断で使用し市街地へ被害を出した。違うかね?」
「そんな事俺はやっていない!」
俺が正直に言い訳をすると大佐と名乗った男は冷めた目で俺を見下ろしてくる。
そしてそのままパッと首から手を放して俺を解放すると、本部長と話しを始める。
「本部長、我々はまずあれを回収せねばなりません。これの拘束のために回す手が足りませんので一時的にこちらの牢屋をお借りしてよいでしょうか?心配いりません。見張りはこちらで立てておきますので」
「…好きに使ってください。調査もこちらからも全力で協力させていただきます」
「感謝します。おい!こいつを連行しろ!」
するとすぐまま兵隊が二人近寄ってきて両脇を固められて拘束され引きづられて行く。
冗談じゃねえぞ?
「ふざけんな!こんな事令状も無く許されると思ってんのか!」
だが俺はそのまま地下まで引きづられて行くと真っ暗な牢屋の中に叩き込まれるのだった。