12.強奪
長くなりすぎたため二話分割にさせていただきました。
Y市 12:55 防衛軍少佐 木下
「全く…完成したから輸送とかいきなりは勘弁してほしいよな」
「けど遅れていた物が納入できるってだけいいじゃないですか」
俺は鼻息を鳴らしながら運転席の部下に不愉快さを表に出して答える。
しかし俺もこいつも内心は後ろで輸送している物への興味でワクワクしている事を隠しきれていない。
今朝納入可能になったからさっさと輸送してくれと言われた時はムカッと来たものだがやはり新兵器というのは男の子をワクワクさせてくれる。
「湯島重工が開発していた多脚歩行戦車ですか…よくもまあ世界に隠してこんなものを作ってましたね」
「全くだな…願わくばイギリスの珍兵器ではなく秘密兵器である事を期待したいものだな」
俺は苦笑しながら部下に答える。
だがスペックから見る限りであるならば市街戦や森林戦などの障害物が多い地形では従来兵器より遥かに有用そうである。
まあ平野部等の開けた地は今まで通りMTBが王者だろうが…それでもこいつは兵器の転換点となるに違いないな。
「しかし見た目があれですからね…あまり子供受けはしなさそうですね」
「ご婦人からは間違いなく嫌われるだろうな!」
俺は笑いながら答える。
とにかく俺達の今日の仕事は後ろのトレーラーを駐屯地まで輸送する事だ。
と言っても平和なこの国の事だ。
気を付けると言っても交通事故を起こさないぐらいなものだ。
警戒はしつつも内心はリラックスさせながら輸送は順調に進んでいた。
ところが、Y市に入ってから車の進み方がおかしくなってくる。
随分と進みが遅くなり、やがて完全に止まってしまった。
前の方を遠くまでよく見てみると…車が停止して渋滞をしている。
俺達も動けないため停車しておくほかはないが…何かあったのか?
「渋滞ですか?運が悪いですね」
「そうだな…何かあったのかもしれん、無線で確認するから少し待て」
無線で駐屯地に確認を取るとどうやらこの近くで凶悪事件が起きて警察が検問を敷いているという事だ。
それを部下に伝えるとため息が返ってくる。
「こんな都市部で凶悪事件の検問ですか…これは今日中に辿り着けますかね?」
「わからんが…定時あがりが絶対にないのは約束できるぞ」
俺がそう言うと二人そろって肩をすくめる。
そして…後ろのトレーラーで俺達に付いてきている湯島重工の社員たちにも同情する。
兵器を輸送するというプレッシャーは結構でかいからな。
まあ仕事と思ってあきらめてもらうしかない。
さて本当に今日中に到着できるのかとぼんやりと考えていた時である。
急に車の窓ガラスがノックされる。
何事かと外の様子を伺うと警察官が立っておりドアを開けるように指示をしている。
…普通なら開けるわけにはいかないが凶悪事件が起こっているというなら不審がられない程度には応対しないとまずいよな。
俺は窓を少し開けると警察官と話をする事にする。
「職務ごくろうさん。警察の方が何かご用ですか?」
俺が尋ねると警察官は困ったように答えてくる。
「伝わっているかもしれませんがこの先は検問を敷いており現在通る事はできません」
「ああ、聞いてるよ。何でも凶悪事件が起こったとか?」
「話が早くて助かります」
警察官はすまなさそうに敬礼しながら答えてくれる。
そして…目付きが変わった?
何かやばいと気付いたがそれでも相手の行動の方が素早く…そして異常だった。
「追加で申し訳ないのですが…今の警察の装備では手に余るため後ろのトレーラーの中身を徴発させていただきます」
警察官はそう言うと俺達が銃を抜く前に拳銃を突きつけてくる。
よく見たら周囲を数人の警察官に囲まれており…全員が銃を抜いているではないか。
俺達は両手をあげて抵抗を止め、事情を問いただすことにする。
「君達は何をしているかわかっているのかね?」
「はい、これが重大な違法行為である事は理解しています…ですが、苅谷警部からの指示のため申し訳ありませんが実行させていただきます」
「一介の警部がこんな指示を出していいわけないし出せるわけがないだろう。こんな馬鹿な事は止めておいた方がいいぞ」
「生憎、今は県警本部長がいなくて全て苅谷警部の指示で動いています。上には引き続き問い合わせているのですが…」
そう問答を続けていると背中のトレーラーから稼働する音がする。
…まさか!?
俺は慌てて振り返ると別の警察官がトレーラーに乗っていた社員に拳銃を突きつけて脅しており…既に戦車が稼働しているではないか!
黒光る装甲を纏った蟻のような容姿がトレーラーから現れると滑らかに十本の足を動かして…そしてワイヤーを付近のビルに射出する。
ワイヤーが巻き取る金属音が鳴り響くとそのままビルの上へと引っ張られるように移動をして…飛び跳ねるように高速で移動を始め姿が見えなくなってしまった。
…なんつう速さだ。
と言うか素人が扱えるほどの操作性があるのか?笑えんぞ。
俺達が呆気に取られていると横から声が聞こえてくる。
「ご協力に感謝します」
警察官は敬礼をすると踵を返して撤収していく。
こいつ等いけしゃあしゃあと…。
「この事は上に報告させてもらうがいいよな?」
「無論です。それでは我々も忙しいためこれで失礼します」
そう言うと警察官たちは素早く姿を消していく。
俺は溜息をつくと無線機を手に取った。
ああ、今から話そうとするだけでも気が重くなるなこれ。
F駐屯地司令室 13:05 防衛軍大佐 保坂
駐屯地の司令室は明るく期待に満ちた空気に包まれていた。
ようやく湯島重工が開発していた新兵器が納入されると聞いて幹部連中は今から楽しみで今からどう運用していくか雑談しながら待っているのである。
若干羽目を外しすぎかもしれんが…たまにはいいだろう。
「兵が見たらどう反応するか楽しみですな」
「まあ漫画やアニメではこういった兵器があったらしいが、まさか俺が生きている間に現実のものとなるとはな…」
俺が苦笑して同僚に返すと相手もニヤニヤと返してくる。
「七四式を操縦していた時代が懐かしいですな。結局六十一式も実戦を経験しませんでしたしな」
「実戦を経験していないという事はそれだけ平和という幸せを享受できたという事だ。いい事ではないか?それに七四式は実戦経験があるではないか?」
そう言うと同僚は困った顔をして返してくる。
「確か原発事故で突入しましたな…あれは確かに戦場ですな」
「他にも演習場に車で無断侵入した馬鹿を撃退した事もあったぞ?まあ追い詰めて主砲を突きつけたらおとなしくなったがな」
「…そんな事があったのですか?」
「おう、反省した後に戦車にも乗せてやったぞ」
何をやっているんだお前はという顔で見られるが…もう過去の事だからな時効だ時効。
しかしこの時期に納入が済むというのはあいつにとっては都合がよい事だろうなと関係ない事に頭を巡らせる。
「そういや榊山からゲームで助けてくれと泣きつかれていたが…今日納入が終わるなら五日後の待合せには参加できそうだな」
「あのVRゲームですか…結構リアルにできていましたよね?あの難易度は一般人には厳しいでしょうな…」
「いっそ新兵訓練に使えるんじゃないかと思ってたが…少し内容が過激すぎるからな。暴力的な物を推奨するのかとまたマスコミに叩かれるぞ」
一度プレイしてみたがあのゲーム…何と言ったか?まあ名前はどうでもいいとして中々に難しいものだった。
一言で感想を述べるならば…十分の準備も無く戦場に放り込まれて生き残れと言われるようなものである。
そりゃあただの会社員の榊山じゃあ手に余るだろう。
「そう言えばあの人達は凄かったですよね?」
「ああ、あの五人な?まさかあそこまでできるのがいるとは思わなかったが…格闘経験者でもなさそうだしな…ひょっとしたら俺達と同類かもしれんな?あそこまでできるとなるとどこの所属かわからんけどな」
俺達は気楽に茶を飲みながら新兵器の到着を待っていた。
だがそれは十分後に鳴るノックの音と共に中断させられ…そして緊急事態への対応を迫らせられるとは今の俺達には予想できないのだった。
いつも誤字指摘いただきありがとうございます。
ありがたく反映させていただいております。