8.逃亡者からの連絡
Y市海軍基地執務室 12:20 基地司令 スタンリー准将
「ふぅ…ようやく肩の荷が下りたな?大佐」
「ここ数日慌ただしかったですから…娘一人に軍が大騒ぎですよ」
そう…あれは数日前の話だ。
突如モニターから呼び出しがかかった。
何事かと通信に出てみれば太平洋艦隊司令部からかと思えばまさかの作戦本部直々である。
思わず間抜けな返答をしてしまったのはまずかったと思うがそれを咎められることは無かった。
そして中将の他に海兵隊の少将はわかるが…何故か陸軍の大将まで同席しているという理解できない面子が目の前にいたのだ。
まあしばらく話を聞いていると内容は部隊配置が変わるのでそれに関係する諸連絡…それと…。
「孫がそっちに行くので気にかけて欲しい」
…私は唖然として言葉を失ってしまった。
ちなみに中将と少将は疲れた顔をしており…あぁ、これはきっと止めようとしたけど丸め込まれたのだろうと納得した。
そこから先は大変だった。
部隊配置の変更がこの件に付随しているという事であり割と本気であることがわかったのである。
その後も手抜かりなきようあれこれと準備をして、先ほどその娘さんを送り出しようやく終わったのだ。
「全く大将なのだから軍を公私混同で私物のように扱うのは止めていただきたいものだ」
「しかも書類は別の目的でしっかりと作成されて齟齬が無いと来てますからね…まあ、お孫さんが心配な気持ちはわかりますが」
「そこは違いないな」
私達は肩の力を抜いて苦笑する。
そしてデスクの引き出しを少し開いてそこからのぞく孫息子が映った家族写真を確認する。
「私も孫ができてそれが可愛いのなんのだからな」
「ええ、私も息子がそろそろ小学生ですが…そうですね可愛い所も確かにありますがやはり私の自慢ですね。この先、国のために…とまでは言わないですが新しい時代を築いて行くのだと思うと感慨深いものです」
お互いに自慢すべき大切な物を話題に和やかな時間が流れる。
すっかり冷めてしまったコーヒーを口に含むと今回の事を思い直す。
「それでも今回の大将はいささかやりすぎな気がするがな」
「まさか海兵隊の強襲装甲小隊を本国からここに持ってくるとは思いもしませんでしたからね」
海軍基地に海兵隊が駐屯するのもおかしな話だが、虎の子の強襲装甲部隊を本国から出してくるとは思いもしなかった。
一昔前のドラマのロボット警察のような外観のパワードスーツを全身に着込み、そのアシスト機能により人では扱えない重火器を取り扱い、有事の際には対物ライフルも防ぐその装甲で常に最前線の矢面に立つ…そんな猛者達まで送られてくるとは、正直やりすぎだと思う。
「当初はこの国ともう一回戦争でもやるのか?と疑ったものだがな」
「モニターで同席してたダーリッジ少将もげんなりとしてましたからね…まあこの国は良くも悪くも平和です。滅多な事は起こりませんよ。あの子には気楽に楽しんでもらいたいものですね」
「そこは私も同意だな」
まあせっかくの海外旅行みたいなものなのだ。
健やかに楽しく過ごせてもらえればいいな。
そう考えて和んでいた時である。
「准将!失礼しますシャーリーさんの件で緊急です。入室許可を」
「ゲホ!ゴホ!」
思わずむせてしまう。
大佐なんかコーヒーを噴き出している。
…流石に汚いと思うが気持ちはわかる。
私は思わずモニターの端にある時刻を確認する。
…出発してまだ二時間も経っていないな。
私は気を取り直して威厳を持って部屋の外へ声をかける。
「緊急だと?何事だ!入室を許可する」
ドアがガチャリと開くと女性士官が敬礼して入室して来る。
そして要件を切り出す。
「その…先ほどお出かけになったシャーリーさんから緊急の要件で通話が入っています。この件は直接准将に通すようにとの事だったので繋いでもよろしいでしょうか?」
その声を聞いて私も大佐もピタリと固まる。
まさか俺達の会話でこの国でよく言われるフラグを立てた…なんてことは無いよな?
まあまだ若い女性なのだからきっと些細なトラブルが起こって泣きついて来たに違いない。
「了解した」
「それでは…転送します」
転送されると部屋のモニターが付き、通話モードになる。
「スタンリーだ。シャーリー君何があった?」
『早速で申し訳ないのですがすごくまずい状態です』
「まずは落ち着いて説明してくれるかな?」
『わかりました。現在ジャパニーズマフィアに襲われて銃を向けられました。そこで銃を奪いその場は制圧したのですが、さらに得た情報ですとジャパニーズマフィアと警察が手を組んでいて追われている状況です』
さっき出発したばかりだったよな?
ここって治安に定評のある日本だよな!?
どうしてそうなるのだ!?
私は心が荒れそうになるのを抑えて通常の口調で回答をする。
「詳しい経緯を聞きたい所だが、緊急であるというのは了解した。…まずは身の安全の確保を第一に動くように。そして余裕があるのならば基地内に逃げ込みなさい」
『了解です』
「こちらからも迎えを出す。重ねて言うが無茶な事はしないように」
『…信用が無いですね?』
「君の祖父が原因だ。あきらめたまえ」
『了解しました。え、終わったら電話するから貸して?ユリも電話を使うみたいだから一度切りますね』
「あ、ちょっと待ち…」
私が制止する間もなく通話は途切れてしまう。
私と大佐は大きくため息をつくと今の状況を整理していく。
「よし、状況を整理して行こう。わかっている事は何でも言ってくれたまえ」
「では僭越ながら私から。今回の通話先ですがシャーリーさんのポータブルではありません。別のポータブルからかけたものです」
…本人のポータブルではない?
誰かから借りた物なのか…私物が手元にない状況となると少し緊急性があるかもしれないな。
「他には?」
「これはインターネット上に流れているニュースになりますが…先ほどK県にて発砲事件が発生した模様です。場所はこの辺りかと…」
女性士官はモニターを切り替えると地図をポインタで指し示す。
なるほど、先ほどの話と合致する点があるな。
「それでは現場はそこの可能性が高いと…現場は既に警察が押さえているのか?」
「それが妙な事にまだ押さえていないようなのです。事件発生からかなり時間が経っているのにこの国の警察…しかも都市部の現場に到達していないのは不自然です」
大佐も同意を示して頷いている。
確証はないが…きな臭いものがあるな。
「まずはMPを現地に派遣しろ…数は多めに投入してかまわん、名目は自国民の保護だ。すぐに手配してくれ」
「了解しました。復唱、MPを事故現場と思わしき場所へ派遣します」
私が頷くと女性士官は敬礼をして退室していく。
それを確認すると大佐へ向き直る。
「私は今から市街地への飛行許可を申請する。外務省経由で圧力をかけるつもりだ。大佐は基地内のヘリ部隊の手配と…万が一のために海兵隊へ出動準備に入らせてくれ」
私の言葉に大佐がぎょっとする。
そして恐る恐る確認するようにたずねてくる。
「海兵隊も使うのですか?」
「まだ使うとは決まっていない…決まってはいないが万が一が発生してわざわざ準備された虎の子を使わなかったとあれば…間違いなく大将からひどい目に会わされるぞ?」
ここまで型破りな事をしてまで心配をしている孫に何かあったら、その時に何もしていなかったとわかったら…その後どのような目に会うか想像もしたくない。
…そうだな、私の孫に何かあった場合を想定するなら…私ならその責任者のケツに爆薬を詰めて月まで吹っ飛ばすぐらいは最低するだろう。
いかん、思ったよりまずいかもしれんな。
私と大佐は深くうなずき合うと事態に対処し始めるのだった。
湯島家宅 通信指令室 12:30 羽山省三
全く…まさか海軍基地を使うとは、この羽山の目をもってしても見切れなかったですね。
お嬢様は現在仮眠中…一晩中役所への根回しに人員の手配、それの承認手続きと随分お疲れだった様子、無理もありませんな。
むしろあそこまで凛々しく陣頭に立たれて事を進められるようにご立派になられた事…人目が無ければこの爺、思わず滂沱の如く泣いていた事でしょうな。
しかし…第三者の介入の可能性は危険があるというだけで確度は低いものと思っていましたが、これは見直さなければなりませんかな。
「二味様の発信機は一時停止していましたが更に加速して北上しています。付近の班が後ろに付けるまで十分以内です」
「いいでしょう。それよりも海軍基地への偵察衛星到達はどれぐらい時間がかかりますかの?」
「そちらはもう間もなく…」
「急いでください。ひょっとするとがあるかもしれません。場合によっては…」
そこで通信室にポータブルの着信音が鳴り渡る。
この着信音は…お嬢様の物ですな?
なるほど、仮眠を取りに行く際にお忘れになったのですな。
お嬢様が座っていたテーブルの隅にはお嬢様のポータブルがしっかりと残っていた。
「おや?」
よく見ると番号が通知無しと来ましたか?
しかし誰がこの番号に?
お嬢様の番号は普通の入力ではかかりませんからね。
#ボタンを二回も使い番号も十六桁、しかもかける際は通話キャンセルボタンを押すという難解な物。
…いたずらかもしれませんが一度出て確認してみましょうか。
「もしもし」
『あれ?羽山さん?杏子にかけたつもりだったんだけど』
おや、二味様からの電話でしたか?
しかしそれならなぜ自分のポータブルからおかけにならないのか?
『忙しいので手短に話すので杏子に伝えて欲しいのだけどお願いできますか?』
「それは構わないのですが忙しいとは?」
『ああ、それはこっちで何とかできたらするつもりだから後で揉み消しとかお願いするかもって伝えておいてもらえるかな?』
「それは構わないのですが…」
『じゃあお願い。杏子に借りを作ると後が怖いんだけどね』
「出来ればどこを相手に揉み消しをすればいいか事前情報があると助かるのですが?」
二味様に確認をするとあっと短い発声が聞こえてくる。
…ひょっとしなくても考えていませんでしたな?
『そうでした。忙しいというのは鹿髏組っていう暴力団知ってます?』
…確かそこそこの規模の暴力団ですな。
やり口は昔の暴力団と違い詐欺・薬物・誘拐脅迫・闇金という手段が多かったはずですな。
『今そいつらに追われててね、しかも警察の一部が買収されてるらしく一緒に追われてるのよ』
なるほどそれは厄介事ですな。
しかし何故二味様が狙われるのかそこが全くつながりませんな。
「相手の素性がわかっているのは助かりますな。しかしどうしてそのような事に?」
『話せば長くはな…』
二味様の話の途中で銃声が鳴り響き会話が中断される。
この炸裂音は…ショットガンですかな?
音からして発砲位置は至近距離ですな。
「発砲音が近いですが大丈夫ですかな?」
『今撃ったのはこっちだから問題はないかな?私は運転中だからそろそろ切りますね。…東雲さん頭を低く!』
「もしもし!二味様!?」
そう言うと通話は切れてしまった。
どうやら既にまずい事の渦中にいるようですね。
…今出てきた単語から情報を早急に集める必要がありますね。
「待機中のB班に通達、至急鹿髏組の情報をかき集めなさい。通信ジャックはいくらしても構いません。過去の情報も逃さないように」
「了解しました」
「C班は…K県警の情報を集めてください。D班は東雲という単語で情報収集を、今の二味様の状況から関連があると思われます」
「了解しました」
そう言うと通信室にいた半数の人員が命令に従い動き始める。
そこへ偵察衛星から監視していた人員から儂へ声があげられる。
「羽山様、至急報告したい件があります」
「伺いましょう」
「海軍基地に人工衛星到達しました。そこでゲートから多数の車両が出ていくのが確認できます。いずれも北上中です」
ここに来てこいつ等も動くのか!?
…ひょっとすると今回の件実はこの三つが全て繋がっている可能性もありかねますな。
あまりにもタイミングが良すぎますからね。
「二味様の発信機に近い追跡班以外は一度最寄りの施設へ呼び戻してください。甲種装備の配備を許可します」
「まさか彼等と衝突が発生すると!?」
儂が大きく頷くと次第に部屋の中の空気は緊張感で重くなっていく。
これは…覚悟を決めなければなりませんからな。
「可能性は無きにしも非ずです。…それと申し訳ないのですが仮眠中の杏子お嬢様を起こしてきていただけますか?これ以上は御足労いただき裁可いただく必要があります」
やはり初動でのミスが大きく響きましたか…今さらながらですが悔やまれますな。
誤字報告いただきありがとうございます。
また感想いただき本当にありがとうございます。
…話が進んでいないすまない。