5.置いてけぼり
タクシー車内 11:40 二味友里
うわぁ…そうなっちゃったか…。
厄介事になるんじゃないかなとは思ってたけどやはりそうなってしまったね。
ヤクザが銃を抜いて運転手を脅して隙だらけだったのが一番悪い。
運転手を脅すのに集中してしまっていたヤクザはシャーリーさんにあっさりと手首をひねり上げられてあっという間に銃を奪い取ってしまった。
呆気にとられたヤクザはそのまま眉間に一発撃ち込まれて絶命。
「免許出せやコラ!」が遺言となってしまった。
そしてすぐに助手席から降りると後ろの車に乗っていたヤクザを全員をあっさりと射殺。
前の席に座っている二人には胸に一発入れて頭に一発。後部座席に座っていた大柄のヤクザは目を撃ち抜かれている。
流石海の向こうの人は銃に慣れていて容赦がない。
一分も経たないうちに皆殺し…いや一人だけ生きてるかな?
「ひ…人殺し――!?」
タクシーの運転手さんはさっきの脅しに引き続きこの凄惨な状況には耐えきれなかったらしく恐慌状態になってるし…。
いや、むしろこれが正常な反応なのかもしれない。
周りをよく見ると事故を見に来ていた野次馬も銃声散り散りに逃げてしまってるしね。
私は溜息をつくとポータブルの操作を始める。
「とりあえず警察に通報しますけどいいですよね?」
「け…警察!?あ、うん?そ、そういや責任、私には責任ないはず。けどこれは…」
タクシーの運転手さんに確認を取ったけどぶつくさと逃避を始めてしまった。
駄目だもう使い物にならないかな。
まずは揉み消しも考えて杏子を頼ろうかとも考えたけど…ここは普通に通報しておこうと思う。
一応は正当防衛にはなるだろうと思うし…過剰防衛とか言われるかもだけど撃ったの私じゃないし、聴取ぐらいしか厄介事はないはずだからね。
しばらくするとポータブルから声が聞こえてくる。
『はい、県警の通報窓口です。事件でしょうか?事故でしょうか?』
「事故からの事件です。タクシーへの追突からヤクザに銃で脅されてそのまま反撃を行い、死傷者が出ています」
『暴力団ですか?場所と発生時刻について教えていただいてよろしいでしょうか?』
「場所は…どこの交差点だっけ?運転手さんわかります?」
「私は悪くない…クビは嫌だ…」
私の問いかけにタクシーの運転手は上の空である。
これは本格的に駄目だ。
私は周囲を見回して目印になりそうなものを確認しながら回答していく。
「場所は近くに学校が見えて…あ、大型量販店のAフーズが交差点の所にあります。時刻はついさっきです」
『わかりました。最寄りのパトカーを向かわせますのでその場から動かないでお待ちください』
そこでぶつりと通話が切れる。
…あれ?
何か引っかかる所があるような…けど思い当たらない。
まあいいか、とりあえず通報はしたのだから今はシャーリーさんを止めないとまずいかもしれない。
外に視線を向けたら銃を構えたまま後ろの車に近づいていっているし!?
「警察が来るらしいのでこのまま待っていてください。ちょっと止めてきますので後はお願いします」
そうタクシーの運転手に言うと私は後部座席を開けて飛び出した。
「ユー!両手を上げてゆっくりと車の外に出なさいね!」
シャーリーさんはと言うと…油断なく最後の生き残りの女性へ照準を合わせたまま警告をしている。
けど中の人の動きはない。
これ車の中にいる人は…思考がフリーズして動けないんじゃないかな?
「シャーリーさん落ち着いて。この国の人間は銃に慣れてないからそう言われてもすぐには動けないよ?」
そう言うとシャーリーさんは困った顔をしてこちらへ話しかけてくる。
「命がかかっていても鈍いのはまずくないですか?ユリ?」
「銃に慣れている人はほとんどいないんじゃないかな?…それにいきなり発砲はまずかったのでは?」
「先に銃を抜いたのは彼等ですよ?それに車にいた人たちも懐に手を入れてましたし撃ってオーケーではないですか?」
…確かに向こうでは撃っても無罪なんだろうけど…この国ではどうなんだろ?
そもそも命を狙われたのは間違いないのは確かなんだけど…おとなしくしておけばここまで大事にはならなかったんじゃないかという思いもある。
そして車の中に残った唯一の生存者は懐に手を入れてないから撃たれなかったのかなるほど…。
褒められたものじゃないけどシャーリーさんも瞬時によく見極めて撃ったものだね。
「この国は懐に手を突っ込んでいたからって撃っていいということはないからね?まあ警察呼んでおいたから後の判断はそっちに任せましょう」
「オー、無駄に時間が使われそうです…」
疲れた顔に変わるけど、それはこちらのセリフでもある。
何が悪かったのやら…明らかに追突してくる運転していたこいつ等が悪いんだけどね。
そうすると後はこの女の子をどうするか。
…このまま銃口を向けられたままというのもかわいそうだしとりあえず少しはなんとかしてみますか。
けれどヤクザだらけの車に乗っているのだからこの女の子も普通の子じゃないはずだから警戒するには越したことは無い。
私は体を隠したまま後部座席のドアを開けると中に話しかける。
「とりあえず警察は呼んだから無駄な事はしないほうがいいと思うよ?事情は分からないけど撃たれたくなかったらおとなしく車の外へ出てもらえないかな?」
「わ…わかりました」
車内の唯一の生き残りの女の子は涙目になりながらもぎこちなく車から外に出てきた。
ブレザーの制服を着ている事から多分女子高生化女子中学生かな?
プルプルと震えており、出た途端にまたペタンと尻もちをついてしまった。
頬にある赤い痣と唇から流れる血に…スカートの下が湿っぽく濡れている事から結構ぞんざいに扱われていると予想できる。
…多分こいつ等の一味という線は薄いのではないかと思うけどどうなんだろうか?
「ウーン?この子は人質でしょうか?マフィアの一味にしては大事にされていないようですね?」
シャーリーさんもなんとなく察したのか銃口を突きつけるのを止めて出てきた女の子を確認をしている。
とりあえず事情を聴いてみようか。
私は優しい口調を演じて女の子に問いかける。
「さて、見た所ひどい目にあったようですけどお名前を伺っていいでしょうか?」
「私は…東雲咲々楽です」
少しビクビクしながらも小声で回答してくれる。
うん、意思疎通は可能かな。
私はそう考えると質問の続きをしていく。
「なるほど東雲さんですね。この人達の関係は?」
「…父がその道の人でして、その敵と言いますか…」
「ああ、大体だけどわかってきた。…誘拐されている最中だったのかな?」
「その…はい、そうです」
まだ断定はできないけれど私達はヤクザの争いに巻き込まれたパターンかな?
何でこうも厄介事とは無縁でいられないのだろうか…。
そう嘆いていると背中から車のエンジン音が鳴り響いてくる。
何事かと慌てて振り向くとタクシーが急速発進してそのまま私達から遠ざかっていくではないか。
あれ?…警察が来るのに逃げた!?
これはちょっと予想外だった。
「アー!?私の荷物まだタクシーの中ですよ!?」
シャーリーさんが叫んでいるけど…そう言えば私のハンドバッグもポータブルもタクシーに置きっぱなしだ…。
遠ざかっていくタクシーを目にしながらやらかしてしまったと私は意気消沈するのだった。
県警本部無線室 11:50 通信指令課巡査 空島
「わかりました。最寄りのパトカーを向かわせますのでその場から動かないでお待ちください」
私は溜息をつきながらこっそりと通話記録の再開ボタンを押す。
こんな意図的に通話記録を削除するのはやってはいけない事はわかっている。
けど今回は苅谷警部からのお達しなのだ。
本日の三時間にわたる通報は全て記録をしないように処理をして、暴力団がらみの場合は苅谷警部の私物のポータブルへと連絡を入れるようにとの事だからね。
それに苅谷警部は人事にも口利きしてくれるし、合コンでもいい男を紹介してくれるからね。
ここで得点を稼いでいい印象を付けておきたいからね。
さてとこの件は苅谷部長に早速連絡を…と思った所でまた通報が入ってくる。
早く連絡しておきたいのに!
私は本音を隠したまま、また通話記録を中止すると通報への対応を再開した。