2.夜明けて
I国際空港 保安検査場付近 4:20 空港警察巡査長 六藤
「ふぁーねみい…」
「馬鹿野郎しゃきっとしろしゃきっと」
全く配属されて四年何だろ?
夜勤明けぐらいで最近の若い奴は…いややっぱ俺も駄目かもしれんな。
目がしばしばとするのは抑えられん。
後輩の事に文句が言えんな。
俺も夜勤が堪える年なのか…老いとは認めたくないな。
だがそれはそれ、勤務は真面目にこなす必要がある。
何せここは我が国の玄関口である空港だ。
世間からは我々は平和で楽な仕事をしていると揶揄されるがここはいわゆるこの国の門、すなわち最前線かつ最後の防衛をしている自覚を持たねばならん。
「後二時間ぐらいの辛抱だ。引き継いだらゆっくりと寝て明日の休日でリフレッシュして来い。あまり気の抜けた事をしてると異常を見落とすぞ?」
「誰もいない早朝ですよ?まだ一便も着陸していないのに異常なんて、職員がテロリストで実は準備しているとか映画の話ぐらいじゃ…」
「作り話と現実をごちゃまぜにするな。想像力豊かなのはいい事だと思うが…どうした?」
後輩が保安検査場の方に顔を向けて首をコテンと横に倒している。
そして目をこするとまた保安検査場を凝視するのだ。
「…どうした?」
「いや、先輩おかしくないですか?この時間に職員がもう保安検査場で配置についているんですよ?」
…そんな馬鹿な?
まだ少なくとも二時間はあるぞ?
こいつの見間違いじゃないのか?
俺も検査場の方を覗き込むが…やはりもう配置についている。
これはおかしい。
俺は無線機のスイッチを入れると本部に連絡を取る。
「本部、こちらPM三、保安検査場に既に人が入っている。何か聞いているか?」
そして再度目を凝らしてよく見てみると…職員に見知った顔がまるでいない。
これはいったいどういう事だ?
まさかこいつが言った通りにテロリストでも紛れ込んでいるのか!?
「本部、見た事もない顔の職員が多数保安検査場にいる。異常事態発生と思われる。指示を乞う」
やがて無線機越しに本部からいつもの担当の女性の声が返ってくる。
『本部よりPM三へ。本件はすべてクリア、問題ないので通常のパトロールに戻られたし』
…異常無しだと?
どういう事だ?
後輩も不思議で釈然としない回答に首をかしげている。
「本部、本当に問題ないのか?」
『本部よりPM三へ、問題なし…六藤さん実は国交省の偉い人から電話がかかってきて急遽本日だけ人員を入れ替えると通達がありました。全員仕事については問題ない技量だと言われたうえで…次官の印が入った委任書を持ってきたんです』
「…どういう事だ?」
『確証はないのですが…何か政治的なやり取りがあったのではないかと思われます。あの人達を連れてきた国交省の役人の話では今日中には退去して元通りになるという事で関わらない事を勧めるという事です』
「了解、ありがとう」
そう言うと無線機のスイッチを切る。
「…どういう事ですかね先輩?」
「わからんが…何が起こってもいいように警戒はしておいた方がよさそうだな」
「警戒よりも…あいつ等は放置でいいんですか?」
俺は苦笑すると後輩に言葉をかける。
「俺も放置したくはないんだが…関わるともう出世はできなくなると思うぞ?さて、残りのパトロールを終わらせてしまおうか。何か起きた時に寝不足じゃ話にならんからな」
そう言うと俺達は後ろ髪をひかれながらも検査場を後にした。
湯島家宅 通信指令室 8:50 湯島杏子
「N空港屋上及び検査場より二味様の目撃情報なし」
「H空港も依然状況に変化なし」
各空港に配置された人員から逐次報告が入ってくる。
昨日までは豪華な家具や芸術品で占められていた来賓室も今では各種通信設備を備えたCPに数時間で早変わりである。
一晩でよくここまでやったと感心するけれど…結果が伴わなくてはいけないわね。
「人数の動員はまあ構わないのですけれど…本当に大丈夫かしら?」
私の確認のための声に部屋にいた全員が一人を除いてビクリと肩を震わせる。
…あら?
脅かしたつもりはなかったのですけど。
けれども周りはシンと静まり返ってしまって回答がまるで帰ってこない。
できれば正直に回答がいただければよかったのだけれど…。
私は後ろに控えている爺やに再度問いかける事にする。
「爺やはどう思うかしら?」
「そうですな…コストがかかって確実性はない…あまりいい手とは言えませんな?」
爺やの声に更にざわっと声が上がる。
…この程度でうろたえてもらっては困るのだけれど?
「その根拠は?」
「まあ確実にやるならば…自宅から友里様を尾行すればいいだけの話ですぞ」
それが出来たら苦労はしないとあきらめと若干の非難めいた視線が爺やに向けられる。
けど爺やは言葉を続けていく。
「ばれないようにするならばまあ儂と儂の所の直属以外では難しいでしょうな。最近は自己鍛錬もしていると報告があがっておりますしな…しかし、それはどうでもいいのですよ」
…?
どういう事かしら?
「今回の最優先目標は友里様の相手の情報収集です。それならば最初から尾行して、ばれたらそれはそれでそのまま開き直って同道させてもらえば解決しますからな」
私の使用人がニミリを尾行して感づかれるとか気まずい事この上無いのですけど!?
爺やを恨みがましい目でムスッと見ると慌てたように言葉を締めくくる。
「と、当然ばれないのが最もいいのですぞ?しかし失敗しないというならばこの手が確実という事ですからな」
「ばれたら私がニミリをストーカーさせていたと取られます…それは非常に宜しくないですわ」
爺やは苦笑しているが笑い事では済まない。
そんな失態を犯す間抜けが出た場合は…どう処分をすればいいのか私でも想像がつかない。
「ええ…ここで最初の質問への回答になりますが、今回の人員配置に穴があるので大丈夫とは言いにくいと思いますぞ」
爺やの言葉に部屋の中がピシッと冷え渡る。
空気が薄くなり、短い悲鳴も聞こえてくる。
「…爺やは昨日の人員・作戦に了承したと聞いていたけれど?」
「はい、成功するにせよ失敗するにせよ一度やらせてみるという事が大事ですからな。それでは今回の穴について説明させていただきましょう。二味様のホームステイ相手が本日空路で来日する…これが前提となってしまっている事ですな」
ニミリからは確かに今日迎えに行くと聞いていたはずだけれど…いや、ちょっと待って…。
私は少し思考を巡らせていく。
成程、仮定が間違っていれば今回の動きは滑稽な失敗で終わってしまうわね。
「爺やの言いたい事がわかってきましたわ。その仮定が間違っていたとしてどういう事態が考えられる?」
「そうですな…例えばですが、海路で来る場合、しかしこれはホームステイが急遽決まったという事で日数から考えてもありえないでしょう。残りは既に来日している場合ですな。どこかで観光をしていて鉄道、バスで移動するケースが考えられますな…国内便ならば空港で抑えられるので問題は無いでしょうしな」
淡々と爺やは述べていくが、周囲が慌てていくのに反して爺やは落ち着き払っている。
…問題は全くなさそうね。
「もう手は打ってあるという事かしら?」
「はい、杏子お嬢様。確実な手段として二味様のバッグに発信機をしかけてあります。一時間前に二味様が家を出る所だけ直属の部下に監視させ…動作検証は完了しております。さらに主要駅および高速バスのターミナルにも人員を配置済みです」
爺やの言葉に周囲のざわめきは収まり、冷めた目で爺やを見始める。
…全て爺や一人で問題なかったんじゃないのか?私達の苦労は何だったのかという目ですわね。
まあ爺やに一杯食わされたと思って次回からはきちんと仕事を遂行してくれることを期待しましょうか。
「流石爺やね…ニミリの現在位置は?」
「そうですな…鉄道で移動をしており…南下を続けておりますな」
私が通信を担当している使用人に視線を向けるとすぐに望む回答が返ってくる。
「H空港以外の人員は全て撤収させます!」
「それでよろしいかと」
爺やは余裕たっぷりに頷くと再び私の後ろに控える。
そして、確実性が出てきたことで私の心の中にも余裕が出てくる。
流石に今回は時間が無かったとはいえ、作戦自体に粗があったわね…後進教育はもう少ししっかりとやってもらったほうがいいかしら?
まあ今回の件はいい訓練になったという事でよしとしましょうか。
そうなると後は情報入手後の身元特定を急がせなければいけないんだけど…。
そう考えていると後ろで何故か爺やの困惑する声が聞こえてくる。
あれだけ自信たっぷりであったのにそこからは予想もつかない態度…何故か妙に不安が掻き立てられる。
…確認しておかないとまずいわね。
「爺や、ニミリにつけた発信機だけど…今どこにいるのかしら?見せてもらえる?」
「ええ…はい、それはもう」
爺やの手は老人とは思えないほど手汗が出ており、プルプルと震えている。
これは…さては、やらかしたわね!?
そう私が直感すると爺やの手からポータブルをひったくる。
その画面を覗き込むとこの地方の地図の上を赤い点が南へと移動しているのがわかる。
うんうん、大体理解できてきたわね。
「ねえ爺や?このままだと都内から出ちゃいますわよね?」
「ひょっとするとホームステイの相手は大仏でも見て観光していて待ち合わせにしているのかもしれませんな…いや、年を取ると勘が鈍りますな」
…こういう時だけ年寄りを前面に押し出すのはいただけないわね?
まあ、いいわ。
私は結果があればそれでいいのよ。
だから…
「爺や?やるべき事は?」
「すぐに人員を送り込ませていただきます!菅沼!聞こえるか!?非常事態発生だ!ヘリも使え!また念のためにプランTも同時に実施だ!」
爺やが電話に指示を飛ばすと部屋を出ていく。
これなら結果は出るから心配はしなくていいわよね。
そう思ってため息をついていると通信担当の使用人からも伺いの言葉が飛んでくる。
「お嬢様?H空港も人員撤収させてすぐに南下させますがよろしいでしょうか?」
「ええ、許可します。たまには爺やを見返してやりなさいな」
ちょっと不安で昨晩は眠れなかったけどこの調子なら大丈夫でしょう。
私は結果が出るまで仮眠を取らせていただこうかしら。
そう考えると私は私室へと足を運ぶ事にした。
本章は常識・倫理をほぼ捨てて書かれる予定です。
ご理解はいただきませんが強行します。
また多数の誤字報告いただきありがとうございます。
こちら適用させていただきました。