46.イベント最終日 お悩み相談
「おお、久しぶりだねレディ達…元気じゃったか」
障害物の向こうから小銃を杖にして現れたのは確かに前に見た事があるプレイヤーの姿だったけど、えーと?こんなんだったっけ?
前はおちゃらけていたけど決断すべき時はパッと決断する覇気みたいなものがあったと思うけど…今は見た目の若い白人とは異なりなんというかよぼよぼの爺さんと話しているような気さえする。
「…この人どうされたのかしら?」
「ああ、話すと長くもならないんだが…くだらない理由で落ち込んでてな…」
「おい、ジェス!聞こえてたぞ!くだらない理由とは何だ!お前にとってはどうでもいい事でもワシにとってはな!」
アンズとジェスさんが話をしていた所へ、癇に障ったのかマークスさんは突っかかって行き…いいストレートがジェスさんの顎に入ったね。流石にまずいと思ったのかそれをフレッドさんとウィルさんがマークスさんを取り押さえる。
「何でこういう時だけ元気なんだよ!?常に元気でいろよ!?」
「だってさぁ…だってよぉ…」
いや、それよりも殴り飛ばされたジェスさんは大丈夫なの?
殴り飛ばされたジェスさんはよろよろと立ち上がってこちらへ戻ってくる。
「本当は殴り返したい所だが今の腑抜けたお前にやり返しても意味が無いからツケにしておいてやる。それよりも時間が無いらしいから移動するぞ。ダリル行っていいぞ!先行してくれ!俺等も後に続くぞ」
ジェスさんのその言葉が発せられると一糸乱れることなく周囲を警戒しながら小走りでの移動が開始された。
豪華客船も間近に見え始めて目的地までもうすぐといった所だろうか。
隣を小走りで並走するマークスさんは…何というか体は動かしているけど機械的に体が覚えていて走っているような感じだ。
上手く説明できないけど惰性で動いているというか経験が染みついているというか…。
うーんこういうゲームで移動しながらのお喋りってあまりよろしくないんだけどとりあえず話してみるかな?
「マークスさん、よろしければ何があったのか話してみる気はありませんか?」
私の言葉が意外だったのかマークスさんは驚きでこっちを見てくる。
「こう言っては何だが…気にかけてくれるのはありがたいが他人である君達にまで迷惑をかけるのは流石になぁ…」
「赤の他人だからこそ相談に乗れるかもしれませんよ?」
私がこう言うとマークスさんは少し考えるそぶりをする。
やがて話すことに決めたのかぽつりぽつりと話を始める。
「まあワシには孫娘がおってな…もう産まれた時に義娘から手に取って抱いた時の何と可愛いかった事か…」
「うんうん…って孫!?」
見た目がマッチョで若い集団だからそういう人達なんだと思ってたけど…この人ひょっとしてお爺さんだったの?
「なぜびっくりするのだ?私に孫がいたらおかしいかね?」
「いえ、ゲームの中の見た目が若かったので想像ができなかったのでびっくりしただけです」
マークスさんは何か思い出したのか自分の顔をペタペタと触るとクツクツと笑い始めた。
あ…少し元気が出たのかな?
「ああ、そして今回はその孫娘についでなんじゃ。実を言うとな…孫娘が、孫娘が…」
…なんだろう?
不幸な事故にでもあったのだろうか?
それともやんちゃをして刑務所に入ったとか?
いやいやそんな過激な事とは限らない。
男ができてしまったとかそう言う事もあるだろうし…。
とにかくマークスさんの次の言葉を待つ。
「ホームステイをしに海の向こうへ行ってしまうのだ」
「はい!?」
え、そだれけ?
アンズも似たような悲鳴を上げていたので同じ感想だったのだと思う。
「何じゃたったそれだけの事と思っただろう?けど陸地続きならともかく海の向こうとなると…頻繁に会えなくなってしまうじゃないか。余生寂しい老人には耐えがたくてな。おまけに海の向こうに行くとか心配で…」
「な、大したことじゃないだろ?」
ジェスさんが茶々を入れた事でまたマークスさんとジェスさんが走りながら拳で乱闘を始める。
…器用な事ができるね。
「ただ単にお孫離れができないだけだったのですわね…。そのように大げさに心配される方がいらっしゃるなんて驚きですわ」
「ねえアンズ?後で鏡を見ておいでよ?」
「どういう事かしら?」
杏子の父親も娘離が絶対にできそうにないと思うからね。
すぐ身近にいるのに気付かないのは流石に鈍すぎる。
「マークスさん!乱闘はその辺りでストップしましょう!それでここの皆様に相談したんですよね?それでどうなったんですか?」
まあ結果がマークスさんの生気のない状態だったので分かってはいるけど念のために聞いておくとする。
「ああ、そうなんだ。こいつら「諦めろ」「孫離れしろ」とか無責任な事しか言わなくてな。挙句の果てに「化け物でも撃ち殺してればその内忘れる」とか言ってここへ連れてこられたんだ」
何というか回答する方も極端だなと思う。
親身になって相談に乗る人が全くいなかったのかね。
「なるほどよくわかりました。それでお孫さんはいつ出発するのですか」
「…確かもう今週中には行くとか言っていたな。いくら止めても反発されるだけでどうすればいいのやら」
マークスさんはジェスさんとの殴り合いを止めてしょんぼりと落ち込む。
うーんもう止まらないとなると切り替えたほうがいいんじゃないかな?
「マークスさんが反対するのはいいですけどお孫さんに反発されているという事はよくない印象を与えているんじゃないでしょうか?」
「うぅ…それはわかっているんだが。だが…」
なんとも煮え切らない男だ。
前回あったファンキーさ加減と温度差がえらく違う。
「でしたらもうホームステイを止めるのはあきらめましょう。このままだとマークスさんへのお孫さんの印象が悪いまま海外へ行ってしまいますよ」
「…それは確かに困る」
マークスさんが私の方へ顔を近づけて食いついて来る。
私は淡々と自論を述べていく。
「でしたらここは賛成に回っておきましょう。どうせ反対だけして海外へ行った後の事について話はしていないんじゃないですか?だったら印象を良くして置いた方がこの先を考えるといいと思いますよ。そして仲が落ち着いて来たら定期的に通話してもらえるようにお願いしてみてはどうでしょうか?こっちの方がお孫さんから嫌われないでしょうしお孫さんと海外からもお話をできるようになって建設的と思いますよ」
「続けてくれ」
「更に海外のどこへ行くかはもうわかっているんですよね?でしたら自分のできる範囲で向こう側に根回ししておくというのはどうでしょうか?例えばですが現地の知り合いがいたらお孫さんの事を頼めますし安心できませんかね?」
「馬鹿!やめ…」
「…確かに」
ジェスさんがマークスさんを止めようとしたけど逆にマークスさんに口を押えられて締め上げられている。
マークスさんは深くうなずきながらこちらに笑みを向けてくる。
「今週と聞きましたのでもう時間がないと思うのでやるとしたら自分のできる事をどんどんしていった方がいいと思いますよ」
「素晴らしい!確かにその通りだ!そうと決まれば早く現実に戻って色々やらないとな!ありがとうお嬢さん助かったよ」
マークスさんはすごい元気が出たようで動きがハキハキとし始めた。
よかったよかった。
私がいい事をしていい気分になっていると肩がチョンチョンと叩かれる。
振り返るとアンズが戸惑ったような顔をしている。
「マークスさんは回復したようですけど…他の方が全員天を仰いでいらっしゃいます。大丈夫かしら?」
確かに四人ともげっそりとした顔をしているけど…きっと移動して疲れが出たんだと思いたい。
『余計な事をしたのでは?』
「捕虜は黙ってなさい」
しばらくすると豪華客船へタラップで乗り込み植物ボールが見た子船がある目的地へ辿り着く。
植物ボールの指定した場所から下を覗き込むと確かに水色に輝くボートが止めてある。
どうやら嘘は言ってなかったようだ。
「よかったですわ。これなら時間内にエスケープできますわね」
「そうだね…何で私はこんな苦労してるんだろうね」
それでもようやくこれで終わりだ。
そう考えるとどうやってあれに乗り込もうか考え始める。
「とりあえずロープでも探して…」
そう思って豪華客船の甲板を歩き出そうとすると先頭にいたダリルさんに止められる。
「悪いが話は後だ…何か来るぞ」
そう言うと海に向けて小銃の銃口を向ける。
それに倣って他の四人も小銃を海に構える。
「確かに海の中をこちらへ近づいて…ってかなり大きくないかしら?」
アンズも気付いてたの?
というか気づかなかったの私だけ!?
疎外感に包まれていると真っ黒の海に段々と白い線が際立ち始め、波が作られていく。
…最後の最後でこれか。
私はいきなりやられないようにこっそりと後ろへ後ろへと少しずつ距離を取り始めた。