39.イベント最終日 ツーリング その1
私達は空中へと飛び出し…そして僅かな浮遊感を味わった後にバイクは後輪からコンクリートの床へと着地する。
高度差の分派手に音を立てて着地をし…その分、体が叩きつけられるように痛みが走る。
…主に跨っている所に。
「痛い!ちょっとアンズ無理があったんじゃぁあああ!?」
私の抗議の声は必死にアンズの腰に捕まる事で間抜けな悲鳴に変換されてしまう。
しっかりとつかんでいないと着地の反動ですっぽ抜けてしまい道路の壁に叩きつけられていただろう。
最初からこれである、先の事は考えたくない。
これだからアンズに運転を任せてはまずい!
けど私に告げられた言葉は私が期待したものではなかった。
「ニミリ?黙ってしっかり掴まってないと怪我をしますわよ?」
アンズは着地の勢いを殺した直後にバイクのエンジンを噴かせて急発進をする。
ちょっと待って!
私ヘルメットもしてないんだけど!?
「痛い!痛い!風が顔に当たる!アンズ!スピード落として!」
「ニミリ?この速度でヘルメットもしてないで喋ると危ないですわよ?」
目が痛いけど辛うじて視界から入ってくる情報を整理してみると…高架と聞いていたから線路かと思ったら今走ってる所は高速道路じゃないですか!?
恐る恐るスピードメーターを見ると既に160を回りまだ加速している。
壊れた車やコンクリート片、さらにはこちらへ興味を持ったであろう化け物達も含めて周りの風景はすごい勢いで後ろに流されていく
情報の整理がまるで追いついていかない…これって私は最後まで付いていけるのかな?
もう遺言を残してリタイアしてしまった方がいいのでは?
むしろ心が折れそうなのでそうしてしまいた…
「ニミリ!体を左に倒して!」
前から聞こえるアンズの叫びに合わせて咄嗟に私は重心を左にかける。
直後右側を何か大きい物が通り過ぎて地面がえぐられる音がする。
…きっと間一髪で何か危なかったんだろうね。
そのまま後ろを見ると高速道路の中央に二メートルはある鼠が二匹いて…尻尾の先がなぜか金属製の大きい人間の手の形をしており、それをグーの形をしたまま地面に叩きつけられている。
地面が鼠の拳に抉られており、コンクリート片が宙に浮いている事から直撃すれば即死だった事がうかがえる。
けどすぐにそのショッキングな光景も小さくなっていき、やがて豆粒サイズとなり見えなくなってしまう。
駄目だこの状況私じゃ無理だ。
けど流石にこれ以上はすぐに次は来ないでしょう。
後は気楽なツーリングになるはず…。
「ニミリ!左の頭上は見えますか?」
「それよりもあんへんうんへんひへぇ」
バイクで高速のまま突き進んでいるために風が顔に叩き付けられて痛いしまともにしゃべれない。
何で私の分のヘルメットを用意してなかったのよ!?
私は左の空に顔を向けると…巨大な機械の蜂が飛んでいた。
…え?
ちょっと待って。
あの蜂が飛んでいる隣の高層ビルって距離とガラスの枚数から見ると結構な高さだよね?
それがあの大きさって事はサイズを比較すると…もはや巨大ロボットじゃないかな?
かなり距離が離れているにも関わらずこちらが視認されている気がするけど…気のせいじゃないかな?
けど情報は正確に共有すべきだと思うので思ったままにアンズに告げる事にする。
「結構遠くに超巨大な蜂のロボットが飛んでる!距離があるはずなのにこっちに狙いを定めているか…ゲフ!?」
バイクは急に右へ小刻みへ動き私の発言が遮られてしまう。
そして進路を変更しなかった場合の前方の空間を何かが叩きつけられる。
地面がえぐられ、振動し、コンクリート片が舞う。
けれどアンズはそれを気にせずに最小限の動きで回避してしまうと再びバイクのエンジンの回転を上げて無視して走りだしてしまう。
私はと言うと急に衝撃が加えられたため軽い空気不足になってしまったので慌てて息を整える。
そして落ち着いてくるとこの原因になったのは何かと恨みたっぷりに確認をする。
見た先にいたのはこりゃまたお久しぶりな自動車に偽装した蟹のご一行様の姿がある。
どうやら不意打ちでハサミを叩きつけたけどアンズが上手く回避したみたいだ。
すぐさま車輪を平行にして走行形態へ変形して追ってくるけど、こちらのバイクの方が速くあっという間に豆粒サイズの大きさになり視界から消えていってしまった。
流石は杏子、…運転をしている時だけはすごいね。
現実でも車や船、ヘリコプター等、操作をさせたらプロも顔負けなぐらいにギリギリを突き詰めた運転ができる子なのだ。
けど安全運転という言葉は全くないらしく余所から見たら危ない運転しかしないので周りから全力で止められて…無論私も止めている。
自分ではきちんと事故をしないように運転しているらしいけど常人には全く理解できないからね。
私も羽山の爺さんと一緒にアンズが運転するジープに乗せられた時に思い知ったのだ。
何も舗装されてない山を走破しきるのはすごいけど…目的地に着いた時は私の魂は抜けた状態だったのは言うまでもない。
羽山の爺さんですらジープから降りた時はげっそりしていたしね。
けど現実でないなら少なくとも命が危険という事は無いので今回は何とか許容範囲…という事で自分を納得させて作戦に組み込んでいる。
この調子ならいいところまで行けるんじゃないだろうか?
「前から来るのは私が何とかしますのでニミリはあの巨大なロボットの動向を見ていてくださいませ!」
逆を言えば危険な運転ができるアンズが前からの安全しか請け負えないという事だね。
状況は楽観視できるという事は無いようだ。
さてアンズにラブコールを送られているあの蜂さんはと言うと…。
あれ…目をこすりたいけど手は離せない。
仕方なくぱちくりさせて再び見ると…霧のような物が蜂を覆っていて…違う!?
あの霧のような小粒は全て何か小型の飛翔体みたいだ。
細かく個別に飛行して動いている。
結構素早いらしく近いのを確認すると…どうやらまた蜂みたいだね。
無数の小型の蜂を吐き出しながらこっちに近づいてるようだ。
そして巨大な蜂の本体は胴体が六ケ所程、緑色に眩しく光り輝いている。
…嫌な予感しかしない。
「アンズ!小型の…多分蜂のロボットを無数に出して来たよ!サイズはわからないけど視認できるから結構大きそう!数は空が見えないぐらい!それと巨大なのは体が光って何かしてくるかも!」
私の叫びにアンズは首をコテンと横に倒す。
あ、これ杏子が考え込んでいる時の癖だ。
考えがまとまるとまた縦に戻るんだよね…と思ったらすぐに考えがまとまったようで頭が真っすぐになる。
するとバイクのエンジンが更に爆音を上げて加速する。
「少し危険かもしれませんけど…全速で振り切りますわ!」
何かお約束でも感じ取ったのかな?
後ろからこっそり前を覗くとバイクのスピードメーターが既に200を超えている。
そろそろしがみつく以外に何もできないよ私は?
私がアンズにしがみつくのに専念しようかと決め込んでいると背中の方から何かが迫ってきている音がする。
慌てて振り向くと巨大な蜂が…六本のビームをこちらに斉射して…ってビーム!?
「アンズ!巨大なのがビーム撃って来た!」
「ニミリ!落ちないようにしっかり掴まっていてください!」
私はアンズの腰にさらに力を入れてしがみつくとバイクはさらに加速する。
その直後、緑色の光り輝く線が後方を通り過ぎていく。
後方で爆発が起こり、状況を確認するために振り返るとビームが通り過ぎた後はコンクリートが蒸発して道が無くなってしまっている。
危ないね…あそこで加速をかけていないと蒸発してたわけか。
六本のビームは他にも付近のビルに直撃させて白い土煙を上げている。
一部建物は倒壊を始めているようだけど…こんなの勝つ方法はあるのかな?
「アンズ、ナイス回避!」
「まだ逃げ切ったわけではありませんわ!次は来てますか!?」
そうだった。
ビームが連射されるかもしれないし。小型の蜂を大量にばら撒いていたはずだ。
私は確認するために恐る恐る顔だけを空に向ける。
巨大な蜂のロボットは…どうやら連射はしてこないようで光は収まっている。
小型の蜂の群れの方も速度はこちらの方が速いらしく、少しずつ遠ざかっていく。
「とりあえずは大丈夫そう!」
「それを聞いて安心しましたわ…次は左へ体重をかけてください!」
何でと聞き返す前にアンズの指示に従って体重を少しだけ傾ける。
するとバイクが左へ傾き、頭上を鉄骨が通り過ぎる。
…何この綱渡りな状況!?
「もう戻して大丈夫ですわ!」
そう言われると重心を元に戻す。
興味本位で何があったのか知りたかったので振り返ると、背中では先ほどのひやひやの原因である三メートルはある大型のゾンビが二体、鉄骨を握りながらこちらへと振り向いている。
…殺意高すぎませんかね?
すぐに小さくなっていくゾンビ達を見送りながら私は周囲の警戒に意識を戻すことにした。