36.イベント最終日 それは止めてほしい
私はアイテム整理を終えるとミニバッグを肩にかけてアンズを探す。
さて、どこにいるのか…と思ったけど割とすぐに見つかった。
カウンターのすぐ近くで目玉商品のように展示されているコーナーに展示されているバイクの前にアンズが立っている。
アンズは鍵の山をいじって金属音を立てて新しい鍵を取り出すと次から次へとバイクの鍵穴に差し込んで試している。
隣にも捨てられている鍵の山ができている事から結構な数を試していたんだろうなと思うけどまだ見つかっていないのかな?
…ちょっと待って?
何でバイクを選択してるの?
アンズの運転でツーリングをしろっていうの?
…いやいや無理だって!
私は背筋がゾッとすると共に慌ててアンズに声をかける。
「ねえ、何でバイクなの?4WDとか丈夫そうな車があるんだからそっちでもいいんじゃない?」
私の質問にこちらへ振り向くことなくけれど楽しそうな顔をしながら返事をしてくる。
「いい質問ですわね。理由についてですけど、こういう時って小さくて小回りが利く方がいいと思いませんか?」
…確かに。
以前も自転車だから通行できたという場面もあった。
車だと通れない幅や状況の事もあるのではないかと考えるならその選択は間違っているとは言えない。
「それに…なんとこちらのバイクは普通のバイクじゃなくて競技用のバイクが置いてあったのですわ!これを使わないという手はありませんわよ!」
何でそんな危険物が置いてあるのよ!?
レーシング用のバイクってアウトドアと主旨が全く違うじゃない!
駄目だ…予想よりも状況は遥かに悪いようだ。
このままでは化け物に殺される前にアンズに殺されるかもしれない。
何とか止めなくてはならない。
「確かレース用のバイクって公道走るの法律で禁止されてるよね?」
「ニミリもおかしい事をいいますわね?ゲームの中に法律はありませんわよ?」
…確かにそうだ。
ここは現実ではなくゲームの世界である。
よってゲームの規約やシステム以外ルールは無い。
現実の法律を上げても無駄だ…それなら先に他の乗り物を私が鍵を探して指定してしまえば!
「鍵もまだ見つかっていないようだから私も別の乗り物を探しておくね?」
「ありましたわ!」
…時すでに遅かったようだ。
私が手を打とうと鍵山に手を伸ばした瞬間に時間切れになってしまったようだ。
乗り物の選択をアンズに任せて悠長にアイテム整理をしているお馬鹿さんは誰かな?
今の私の目は恐らく死んだ魚の目になっている事間違いないだろうね。
アンズは鍵穴が回ったのを確認した後、エンジン音が鳴り響かないので溜息を吐いている。
しめた、まだチャンスは残っているかもしれない。
どうやらそのバイクには燃料が無いみたいだ。
だったら他の燃料が入っている乗り物に興味を移せれば…。
「燃料入ってないみたいだから別の乗り物にしない?」
「いえ、ガソリンはもう手元にあるので心配は無いのですが燃料タンクの穴が小さくて…あら?ニミリ丁度いい物持っているではありませんか?いただきますわよ」
アンズはそう言うと私が持っていた手動ポンプをあっという間に分捕りそのままポリタンクから燃料を補給していく。
…しまった、アンズが屋上から持ち出したポリタンクの中身はガソリンだったのか。
そして手動ポンプをスタッフルームから持ち出した愚か者は誰だ!?
…現実逃避をしても仕方ない。
今回に限っては私が完全に悪い。
どうしてこんな迂闊な事をしてしまったのか悔やんでも悔やみきれない。
地面に両手をついて力無く落ち込んでいるとふと地面が明るくなる。
…これは光明が見えたという啓示だろうか?
錯覚だったとしても…まあいいや、とにかく希望をいだいて顔を上げるとなんとフロアの灯りが全てついている。
他の電子機器も動いているようで…なるほどフロア全体が明るくなったようだね。
「アンズ、電気復旧させるために何かやったの?」
「ニミリがやったのではないの?お陰で手元が明るくなって作業がやりやすいですわ」
確かに電気を復旧させるというのも目標にしていたけど私達が復旧させたわけじゃない。
では他のプレイヤーが復旧させてくれたとか?
…いやいや、そんな都合がいい事があるはずがない。
それならどういう事だろう?
私は頬を撫でながら現状について考える。
電気がつくことでどうなるかな?
エレベータで乗り物を移動させて一階から脱出というのが今のシナリオだから。
うん、とりあえず動くか見て来るかな。
「アンズ、とりあえずエレベータ見てくるけどとりあえず動かせるようにしておいて」
「原因がわからないというのは不気味ですわね…わかりました急ぎますわ」
さて、とりあえず逃げ道は確認しなければいけないので特設フロアの外れにあるエレベータの前まで移動する。
デパートだけあってエレベータは四基も設置されており扉のサイズから見てどれも大容量のタイプであるようだ。
これだけ大きければバイクを乗せて一階まで移動はできそうだね。
次はエレベータが動くか確認しないといけない。
これで動かなかったら別の手段を取るしかないからね。
確認のためボタンを押そうとしたところで私はふと気づいた。
現在エレベータはB3を指しており、それがB2へと表示が切り替わったのだ。
…?
私はまだボタンを押してないよね?
なら勝手に動いている?
どういう事だろ?
もう一度見上げると今はB1の所が明るく表示されている。
…まずい!?
「アンズ何か来るよ!急いで!」
私はアンズへ警告をするとエレベータから距離を取りつつ、ミニバッグに手を突っ込んだ。