15.閑話 杏子
---side 杏子視点-------------------------------------
乾いた音と共にデコピンのような衝撃が額に走り視界が途切れる。
『残念ながらあなたはゲーム内で死亡しました。 規約に基づき十分間のログイン制限を実施します。』
ゲームとの接続は切れて視界には接続可能になるまでの時間が機械的に刻まれていく。
あぁ、ゲーム内で死亡するとは思っていたけどまさか撃たれて死亡するなんて…、ロマンのかけらもないですわね。
どうせならゾンビの海に埋もれるなり巨大生物に食べられるなりそういう落ちが順当だというのに…。
しかしゲームオーバーになったのは事実であり認めるしかない。
少なくとも後九分は接続できないのだ。
私はVR用のヘッドギアを取り外して身体を起こす。
ゲームを始める前に横になったベッド、いつもの天井にいつもの家具、そして稀によく見る落ち着きを失ってうろたえる父親。
私はそのままベッドの横にあるベルを鳴らす。
金属音のようなものが二、三回鳴り響きスピーカーより音声が入る。
『お嬢様いかがなさいましたか?』
「ごめんね、爺や。私の部屋に不審者が一人いるの、至急対応よろしくお願いしますわ。」
『ああなるほど。呼び出されていないと思ったらそちらにいらっしゃいましたか。まんまとおびき出された不手際については後程謝罪したく…。』
「ちょっと待ちなさい杏子、パパはやましいことは一切…」
言い訳をする不審者ににっこりとした視線を向けると私は怪しい点を片っ端から指摘していく。
「まず私はこの時間はゲームにダイブしているから部屋には絶対入らないよう言いましたよね?続けてその手に持っている記録媒体は何でしょうか?明らかに私の寝顔でも撮影しにきてヘッドギアが邪魔でどうしようか右往左往していたところにしか見えないのですが?」
「こ…これはだな…。」
父の目があちこちに泳いでいる。
多分言い訳を考えているのでしょうが、これはろくな言い訳はでてこないでしょうね。
まあ面白ければ少しは減刑を考えてもいいでしょう。
「部屋の染みがあるらしいからその撮影を…。」
「我が家の使用人は完璧なので染みなんかできようはずがないではありませんか?」
父が顎に手を当てながら必死に言い訳を考えている。
さあどんなのが出ますかね?
「実を言うと杏子に渡すものがあってだな…。」
「自ら証拠品を渡して自首するとはいさぎよいですね?」
「ほら、可愛い娘の部屋に不審者がいたら問題だろう?」
「ええ、目の前に一人いらっしゃいますね。」
そんな問答を繰り返していると部屋の扉がコンコンとノックされる。
どうやら父は時間切れのようですね。
「お嬢様、入室の許可をいただきたいのですが。」
「待っていたわよ爺や。入ってちょうだい。」
入室の許可を得ると丁寧な所作で長年うちに仕えてくれている老執事が入室する。
そして父の顔を見ると深くため息をつく。
「旦那様に呼び出されて書斎に赴きましたのに、なぜ杏子様の部屋にいらっしゃるのですか?」
「いや、そのそれはだな…」
誰から見てもうろたえている父様は少し可愛いですが先ほどの問答は及第点未満なのでやはりお仕置きが必要ですね。
「部屋に染みがあるらしいので証拠を押さえに来たらしいわよ?」
「なんとそれは我々使用人の不始末ですな。しかし毎日夕刻にはセンサー検査をした室内の清掃状態は提出しているはずですが、ひょっとして目を通しておられない?」
「私に渡すものがあったという話は聞いています?」
「さあ、昨日も奥様に結婚記念日のプレゼントを渡し忘れているぐらいですしわざわざ渡す物があったか怪しいですな。」
「ということはやはり目の前にいるのが不審者という説を採用ですわね。」
父の顔色が目に見えるぐらいに青くなっていく。
そんなに後ろめたいなら最初からしなければいいのに。
「では、どうなされますか?」
「そうですわね…。昨日の母の件もありますので今日は石を抱かせましょうか?張り切って二枚ぐらい抱かせて二時間放置しておきましょう。」
「ま、待ってくれ杏子! さすがに石を抱えるのはつらい…というかそんなものは。」
「大丈夫ですよ旦那様、地下室に奥様が昨日から準備しておられます。」
「なんでだ!?」
「色々積み重ねた結果ですね。おとなしく罰を受けてください。では、爺や執行は任せますね?」
「き…杏子は優しいから本気じゃないよね?」
私は爺やの方に振り向き極上の笑顔でにっこりとほほ笑む。
「時間は三時間や四時間ぐらい多少オーバーしても構いませんのでしっかりとお願いします。」
「かしこまりましたお嬢様。」
そう言うやいなや爺やは父を引きずって部屋をすごい勢いで出ていく。
ひきずられていく父の顔は絶望に満ちていましたが、これを機に反省してくれたらいいなと思います。
まあしないんでしょうけど。
あれこれやり取りしているとそろそろ十分立ちそうだ。
いい時間潰しができたのでよしとしましょう。
「それでは再度ログインと…。」
私はヘッドギアをかぶり直すとまたベッドに横になりゲームの世界へ没入する。
電子音と共に私のマイルームへログインする。
ゲームを始めたばかりのせいか何もないし、誰も来る予定はない。
用は全く無いのですぐさまニミリのマイルームへの移動をする。
そして扉をくぐってニミリのマイルームに到着したけどやはり誰もいない。
…状況はどうなっているのでしょう?
コンソールを覗き込むと『veryhard 探索中』と表示されている。
「おお、まだ生きてたわね?」
やはりというかなんというかニミリは判断がいいというか理解できない行動原理をする所があるからきっとうまくやったのでしょう。
そう言えば…私と出会ったときもよくわからなかったわね。
あれは私が八歳の時の誕生日でしたでしょうか。
盛大に家でパーティーを開いて朝から父の知り合い、母の知り合い、親戚と挨拶ばかり続いてへとへとになっていました。
私の疲労を見た母が部屋で休むように促されたので私は嬉々として部屋に戻りました。
そして私なりに休む…すなわちモニターにスイッチを入れて一昔前のホラーゲームをセットし、コントローラーを握ります。
やはり自分の好きな事をするのが一番だと言い聞かせてローディング画像を眺めます。
「じゃあ私はこっちのコントローラー使うね?」
声の方を振り向くと私と同じぐらいの女の子がコントローラーを握ってモニターに視線を向けています。
…あれ、ここ私の部屋ですわよね?
いつ入ったのでしょうか?
そもそもこの子招待されていましたっけ?
招待された皆様はおめかしされていてこのような格好の子はいなかったと思うのですが…。
「二人でやると画面が上下に二分割されてしまってやりにくいのですが…。」
「そうなんだー。で、私は上のほう?下のほう?」
全く気にしてないでやる気満々ですね。
こういう時はどうすべきでしょうか?
人を呼ぶというのが最善であったのでしょう。
しかし当時の私がとったのは一緒になってゲームを遊び倒すということでした。
まあ二人でわいわい叫びながらやるのが楽しかったのでこの選択に後悔はありません。
結局この後爺やが様子を見に来るまでひたすら遊び続けたのでした。
なぜニミリが部屋にいたのかについては父が私の部屋に隠し通路を作っていてそれを利用して侵入したようです。
当然この件でニミリは親御さんから怒られ、勝手に隠し通路を作って今回の原因を作った父がお仕置きをされたのはまあ当然のことでしょう。
それから後もなんだかんだで友達付き合いが続いているのである。
他人には説明しづらいような微妙な距離感というやつでしょうか?
私にとってはそれが心地よかったのです。
そんなニミリの奇怪な行動も年を経るにつれて常識的な行動が身についていったと思います。
けれどこういうゲームだとどうなるでしょうか?
ひょっとしたら昔みたいな事を始めてくれるのではないかと少し期待しています。
そんなことを考えているとニミリが部屋に戻って来てそのまま頭からずっこけた。
まあどちらに転ぼうとも私にとってはつきあいのいい友達であることは変わりないし、できれば楽しくなってほしいと思うのは贅沢でしょうかね?
ここまでを1章とさせていただきます。
遅筆な件ご覧いただいている皆様には大変申し訳ありません。