32.イベント最終日 下へ
「ニミリ!下はだめですわ!見るからに危険なのが追いかけてきますわ!」
…危険ってどういう意味で危険なんだろう?
少し詳しく説明してほしいんだけど…と言う間もなくアンズはパニックになって屋上まで駆け上がって行ってしまった。
つい見送ってしまったけど…私を置いて先へ行っちゃうね、まあ敵情視察をしてくれるのはありがたいけど…。
と言いますかね、最終日は真面目にやるとか言って全身で楽しんでいませんかねアンズさん!?
…まあ何か来ているのは確実らしいので私も姿は見ておこうかな?
ナメクジは…動きが遅いので唾液さえ気をつけていけばなんとか行けるかな?
私はステーキ屋の入口に置かれているガラスケースと食品サンプルが溶けだすのを確認すると姿勢を低くしてエスカレータの降り口まで移動する。
エスカレータの側まで来て気付いたのは…あぁ、エスカレータは止まってるのね?
気にしていなかったけど電気は通っていなかったらしい。
という事は純粋に階段として扱えという事だね。
さてと何が上ってきているのか確認するために下を覗くと…うん、これは危ないね。
そして確かにこれは簡単には説明しづらい。
まず真ん中に木製の樽があってそこから金属製の四本足が生えている。
そんな化け物がカシャカシャと足を動かしながらエスカレータをゆっくりと上ってくる。
樽の中からは呻き続ける声が漏れ出しており、樽の両脇からは灰色ずんだ両腕が飛び出していている。
両手は前で交差しており…大事そうに爆弾を抱え込んでいる。
一目でわかるけどこれ自爆するための化け物でしょ?
昨日も思ったけど明らかに運営の趣味が悪い。
人体を弄びすぎでしょ?
そしてそれがまあわんさかといっぱいおり、次々とエスカレータを上ってこようとしている。
それぞれ爆弾に手榴弾にポリタンクに一目ではわからない輝く液体が入ったガラスケースなどを大事そうに抱え込んでおり、バリエーションがいっぱいあるのが憎い所である。
確かにアンズの言った通りここは通れそうにない。
いっそ爆弾を撃ち抜いて爆発させるのも…いや、どこまで爆発するかわからないし、わからない物を抱えているのもいるし安直に決めるわけには…。
そう考えているとアンズが淑女らしからぬ勢いでエスカレータをドタドタと駆け下りてきた。
「ニミリ!屋上に大きい蛾と芋虫がいっぱいいますわ!」
…よし、屋上は無し!
そんな気色悪い光景見たくない!
だけどそうするとどこから逃げようかな?
いっそナメクジの脇を通り抜けようか?
「ニミリ!後ろからもカタツムリが出てきますわよ!」
…ん?カタツムリ?
ナメクジじゃなくて?
慌てて後ろを振り返ると沖縄料理屋の壁を破壊して先ほど対峙していたのと同じタイプのナメクジが姿を現す。
あぁ、確かにカタツムリだね背中に虹色に輝く殻を背負っておりその分派手に壁を壊している。
という事は?
前を振り向くと同じように壁を突き破って多数のカタツムリの化け物が姿を現している。
さっきまでにらめっこをしていたカタツムリなんてフランス国旗を殻に巻き付けておりとてもお洒落である。
…まずい詰んだ!?
下からは危険物を運んでくる団体様、屋上は逃げ場も無い上に昆虫パラダイス、そしてこのフロアでは前と後ろを巨大生物に囲まれている。
上下に伸びるエスカレータで何とか前方は身を隠せているけど猶予はまるでない。
私は溜息をつくとアンズに話しかける。
「アンズ、逃げ場ないから覚悟を決めるよ。とりあえず下の気持ち悪いのを撃って全部誘爆させるからそれ次第で…」
「え、逃げ道ならもう一つありますわよ?」
アンズはそう言うと通路の床を指さす。
正確にはカタツムリが吐いた唾液の後を指さしている。
あ、そうか。
よく溶ける分、下までの新たな抜け穴になってるのか。
建物の中を常識的に通行する事を考えていて漏れてしまっていたね。
…うん、いいんじゃないかな?
「その穴から降りて…デパートならエスカレータ以外にも階段があるしそこから降りていけばいいのか。…なるほどアンズの案を採用しようか。じゃあ一番離れたあそこの穴から下へ飛び降りるよ。タイミングは言うからそれまでに準備して!」
そうと決めたらこんな危ない場所はさっさとおさらばするに限る。
ついでなので、何か使えそうなものはと…転がっているのは缶詰と手榴弾かな?
手榴弾は持ち運びが危なそうだけどどちらもいただいておこう。
アンズの方も移動を決めた後に何か手に持って…ポリタンク持ってくの!?
まあ何かに使えるかも知れないし移動が遅れないなら問題ないかな?
カタツムリの化け物達の口元が一斉に光り出し、7階からの金属の足音が目前に迫りつつある。
このタイミングだ!
「アンズ!飛び込んで!」
「ええ!」
私とアンズはカタツムリの化け物の唾液が飛び交う前に穴に向かって飛び込む。
スタッとかっこよく着地…はできず勢い余ってこけてしまう。
穴の下を確認していなかったせいで着地はうまくいかなかったけど足をひねったりはしていないようだ。
幸いエスカレータへ集中しているようで降りた途端に襲われるどころかすぐ近くには化け物の姿も無い。
「アンズ、走れる?」
「問題ありませんわ。それよりもあれを…」
アンズの指さした先を見ると先ほどまでいたエスカレータの下の部分であるらしく…たくさんの樽がひしめきあってい大混雑を起こしている。
上の方では溶ける音や爆発音が鳴り響いており…ちょっと離れたほうがよさそうだね?
「巻き込まれたら災難だから移動しよっか?」
アンズが頷くのを確認するとすぐに小走りに移動を開始する。
すると私達の足音に勘づいたのか樽の集団がくるっと180度回転してこちらに振り向く。
…けど追っては来ない。
どうやら足が絡まっているらしく、移動しようとはしているけど、もがき続けて身動きが取れないらしい。
うーん、周りを見回すとスーツやネクタイや革靴などの店が並んでいる。
この階は紳士服のエリアかな?
という事はこの階に私達にとって有用そうな物は無い…それなら後顧の憂いは断っておいた方がいいよね?
「ニミリ!こちらに階段がありましたわ!」
「わかった、ありがとう。花火上げたらそっちへ行くね!」
そう言うとサブマシンガンを樽の化け物達に構える。
何、あれだけ爆弾を抱えているのがいっぱいいるのだ。
適当に撃ってもどれかには当たるでしょ。
「花火って…ニミリ何を?」
私は狙いを定めて息を止めると集中して引き金を引く。
小気味良い連続した発砲音と共に、エスカレータから金属に弾がぶつかる音が鳴り響く。
そして、樽の化け物が持っていた爆弾に引火したらしく…盛大に青い炎を上げながら爆発した。
…そうだった変な薬品を持っていたのが混じっているのを忘れていた。
爆風がこちらまで届くので目を腕で押さえて直視するのをあきらめる。
やがて爆発が収まるのを確認するとエスカレータは消えており、円柱のような穴が上下についていた。
爆発の後なのに何も燃え後を残さず消えるっておかしいよね?
多分あの薬品のせいなんだろうけど…あれ何だったんだろ?
「ニミリ?ここまでやる必要ありましたかしら?」
「どうせ追いかけられるぐらいならと思ったけど…これは私にも予想外でした。…とりあえず下へ降りようか?」
爆風で尻もちをついていたアンズに盛大にため息を吐かれると私達は階段を降りていくことにした。