20.イベント2日目 決着
「ぜぇ…はぁ…つっ、着いた!」
肩で息をしながら振り返るとまだ昆虫の化け物はこちらをあきらめていないようだ。
緑の体液を廊下にぶちまけながら律義にうら若き乙女をストーキングしてくるとはとんでもない変態である。
しかしそれでもなんとかを引き連れて私はようやく美術館の入口まで戻って来た。
この昆虫の化け物ここまでしつこいとは思ってもいなかった。
…いや、薄々はそういう事もあるかもしれないなと思ったけど本当にしつこい。
少しでも気を抜いたら手足首の一本か二本は物理的に持っていかれてたかもしれない。
けど、ここからが本番である。
まずは入口の様子をざっと確認…電気が入った事で明るくなり、入口の中央の池からは勢いよく噴水が噴き出し始めている。
他は…入口の扉のロックも赤く点滅している事から電気が通っているし…。
あ!スタート地点だった警備員室がセーフエリアに変わってる!
出発する前は床が光ってるという事は無かったので電気が入った事でセーフエリアに変わったのかもしれない。
そうなると、後から来るアンズのためにこいつはやはりここで始末しておかないといけない。
廊下から入口に出たことで空間的には広くなってあいつが飛べる範囲が広くなった。
一見空を飛べるあちらがさらに有利になったと思うけどしかしこちらにも考えがなかったわけじゃない。
幸いここにはこちらの武器になりそうなものが山ほど置いてあるのである。
私は再び追いつきつつある昆虫の化け物に向き直ると気の利かない捨て台詞を吐き捨てる。
「ここまで追いかけてきてご苦労様!とりあえず駆けつけでこれでも貰って!」
私は休憩所のエリアまで逃げ込んでいる。
よって周りには即席で凶器になりそうな椅子やテーブルが山ほど設置されているのである。
とりあえずまずは近くにある椅子を足で蹴り上げて化け物めがけてぶつけに行く。
『gi!?』
足で蹴り上げたせいで速度も狙いも甘いため、昆虫の化け物には容易に回避されてしまう。
だけどそれぐらいはおりこみ済みである。
私は右手で椅子を掴むと急な回避運動をしたために動きが鈍った昆虫に向けて横凪に叩き付ける。
振りぬいた右手には物がぶつかる衝撃が走ると共に破壊音が鳴り響きプラスチック製の椅子は砕けて壊れてしまった。
けれども手応えはあったようで昆虫の化け物は叩きつけられた勢いのままにフラフラと無軌道に泳いでおり…どうやら姿勢の制御ができていないようだ。
この追撃の機会は逃すわけには行かない。
多分次は学習されてしまい高度を上げて頭上から攻め立てる等対処をされてしまうだろうしね。
私ならそうする。
よって、次なんてない。
ならばと私は持っていた壊れた椅子の残骸は捨てて新たに別の椅子を掴む。
そして掴んだ新たな椅子を振りかぶると昆虫めがけて力一杯上から叩きつける。
『gixixi!』
昆虫型の化け物は気持ち悪い呻きと共に更に緑色の体液を巻き散らしながら床に叩き付けられる。
何度も衝撃が走ることにより右手が若干しびれてるけど、これでお終いだと体に言い聞かせてさらに追撃に入る。
次は…化け物の近くまで駆け寄り最寄りのテーブルを蹴り飛ばす。
倒れるテーブルをそのまま右手で落下位置を調整して…体重もかけて化け物の上へと抑え込む。
『gigi』
「よし、これでおとなしくなったかな?」
テーブルの淵は昆虫の化け物の胴体の上の所で抑え込めており、その下では羽を開いて動かしたり足をじたばたさせたりしてもがいている姿が確認できる。
どうやら完全に動きを抑え込んだようだ。
後は念には念を入れておかなければいけない。
私はテーブルを抑え込む力は変えないようにしつつ体を動かして昆虫の化け物に近寄っていく。
そして手が届く範囲まで近づくと…勢いよく羽の部分を何度も踏みつける。
踏みつけるたびに硬い物が割れる音が鳴り響き、羽の部分が壊れて散り散りになっていく。
一回だけ誤って胴体部分を踏んでしまったけどツルっと滑りそうになりこけそうになった。
どうやら甲殻の部分は滑らかでツルツルみたいだね。
ここで私がずっこけて形勢逆転とか笑い事にしかならない、油断大敵である。
やがて眼下の昆虫の化け物がジタバタさせているのが足だけになるとようやく飛行機能を喪失したと判断し、ようやく一息をつく。
さてどうやってこれとどめ刺そうかな?
いっそのことすぐそこにできたセーフエリアからお持ち帰りでもいいかもね?
そんな事を考えていると私達が来た方の廊下が何やら騒がしい。
視線を向けると…ひび割れた壁の化け物が廊下からこちらへ向けて顔を向けている。
そして私の姿を確認すると、獲物を見つけたように六本の足を動かしながら障害物も気にせずテーブルや椅子をかき分けながらこちらへ近づいて来る。
何か鬼気迫る物を感じるけど…私あいつの恨みでも買ってたっけかな?
まあ新手が来るなら逃げるかこいつの始末を早急に決めなければいけない。
始末ねえ?
よし、私にいい考えがある!
私は警棒を取り出すと伸ばしてすぐさま昆虫の化け物の口の中に深く突き入れる。
『gi!?』
昆虫の化け物は口内の異物を排除しようと牙や顎を急いで動かし始める。
その噛む力に負けて警棒は折れ曲がってしまうけど…どうやら折れるところまではいかなかったようだ。
これは嬉しい誤算である。
そのまま腰にさしてあったダイナマイトを取り出して輪ゴムを使用して警棒とひとまとめにする。
後は胸ポケットに入れてあったライターの火をつけて着火してと…。
火が付いたダイナマイトは警棒の横で景気よく導火線を燃やし始める。
それを確認すると思わずニヤリと心の中で笑う。
後はあいつにご飯をあげるだけである。
「ほら苦しかったでしょ?解放してあげるよ?…そしてご飯になっておいで!」
私はテーブルを少しどかして昆虫の化け物を解放すると力一杯に壁の化け物に向けて蹴り飛ばす。
すると昆虫の化け物は床を転がりながら私の所へ迫ってきている壁の化け物の口の所へ向かっていき…そのまま破砕機のような口でガリガリと粉砕して消化され始める。
壁の化け物は事態を把握したのか六本の足を使って昆虫の化け物を捨てようと動き始めるけど残念ながら導火線の残りは短すぎたね。
昆虫の化け物を何とかしようと悪戦苦闘しようとし始めたその時…強烈な光と共に爆発音が壁の化け物を中心に美術館全体に鳴り響く。
少なくとも至近距離で爆発したのは間違いないと思う。
「よし、うまく行っ…ふぎゃ!?」
だけど爆発が近すぎたせいか私も前から来る爆圧のせいで言葉が続かずに後ろへ向かって吹き飛ばされる。
そりゃそうだ間抜けにもほどがある。
吹き飛ばされて幾度も転がってようやく背中に何かぶつかる衝撃と共に体の浮遊感は止まる。
止まった事により何とか体を動かせるようになったため私は無理やりに体を起こす。
視覚は右手でさえぎったため目がやられることは無かったけど体中あちこち痛いし、耳鳴りが激しく物音が何も聞こえずキーンと響き続けている。
それでもあれがどうなったかは確認しておかないといけない。
休憩所の方へ視線を向けると…真っ二つに縦に割れた壁の化け物が確認できる。
足は爆発のおかげで全て短く刈りあげられており、自慢であったであろう長さも台無しである。
「ははは、ざまぁ見なさいってば」
私は空笑いをしながら悪態をつくとようやく一息つく。
さてとこれからどうするかな?
とりあえず障害は排除したけど…私は無茶しすぎたのでいつぽっくりと逝ってもおかしくないと思う。
まずはそこらに散らばった物をセーフエリアに放り込んで先にエスケープした方がいいかな?
それともアンズに伝える事を伝えた後にエスケープした方がいいかな?
けどダイナマイトは爆発した後なのにまだ地面が揺れるような感覚が続いている。
体の感じる揺れは段々と大きくなってきており、そのたびに体のバランスを取るのもどんどんつらくなってくる。
ここまでフラフラだと私は余計な事をする猶予も無いのかもしれない。
…よし、ここはイベントのポイントを優先してお先にエスケープをするとしよう。
警備員室を目指そう…そう決定して振り返った私の目の前にはどこかで見たような巨大な石像がたたずんでいる。
私を見つけてしばらく時間が経っているらしくこちらの体は向けながらも右手に持っているライトをいじっている。
…しまったーー!?
そうだ耳が死んでいるから音で気づけなかった!
私は無理矢理体を動かして逃げようとする。
しかしそれよりも石像が持っているライトが銀色に光り始める方が早かった。
私の視界が銀色一杯に包まれて…
『残念ながらあなたはゲーム内で死亡しました。 規約に基づき十分間のログイン制限を実施します』
どうやら私はあっさり殺されたようだ。
…あれ前にもこんな事があったような?
ニミリアウトー!ポイント0です。




