16.イベント2日目 展示スペースを抜けて
咄嗟に投げた空き瓶の結果は確認せず私は顔から床に突っ伏したアンズを引っ張り上げる。
「ほら、今のうちにここ抜けるから付いてきて」
「ゼぇ…ひぃ…。もう何がどうなっているのか…ってニミリ背中!?ひどい傷ですわ!?」
そりゃあもうあのえげつないカギ爪に抉られましたからね。
防弾チョッキまるで役に立たなかったよ。
そう思っていると展示ルームの奥でガラスが割れる音がする。
さっき投げた空き瓶が割れたのかな?
その音に呼応するようにあちこちで展示されている壺が動き始めている。
音につられるのは何とか弾けそうかもと思って少しだけ気が楽になる。
「とりあえず話は後、この部屋自体化け物だらけみたいだし、廊下の巨大なのもまだこっちを狙って…危ない!」
アンズの方に集中していたせいで背中の傷の原因が意識から飛んでしまっていた。
伏せた頭上を伸びたカギ爪が横凪に通り過ぎていく。
カギ爪の進路上にあった壺は展示ルームの宙を舞い、カギ爪が叩きつけられた壁は煙を上げながら崩壊していく。
どうやら既に間に合ってないのではないかというレベルで時間は無いらしい。
「アンズ背を低くして小走りで付いてきて。何があっても前進以外しないで」
「はぁっ、…ねえニミリ…腰がまだ痛いのですけど…外の大きいのをこれで吹き飛ばせばいいのでは、なくて?」
まだ肩で息をしているアンズは紐で肩からかけているロケット弾を指さしながら確認して来るけど、…やめておいたほうがいいね。
「倒せるかわからないし、仮にあれを倒せたとしてもその爆音でどれだけ他の化け物が寄ってくるかわからないから却下。つべこべ言わないで行くよ」
アンズの提案を断ると、私達は身を低くして展示スペースの間の通路を小走りに抜けていく。
そしてうす暗い視界で確認できるだけでも壺にもいっぱい種類があるみたいだね。
当然、古伊万里や織部やガレとか北宋とかそういう種類ではなく、化け物の種類の話である。
さっきの巨大なカギ爪を浮遊して回避してそのままふわふわと浮かびながらランダムに飛び回る壺。
私が投げた空き瓶の方へゲル状の液体の手を伸ばして掴んで引きずり込もうとする壺。
アンテナのような機械が中から出てきて変な音を流し続ける壺。
足が生えて軽快に走り回り始める壺。
見たこともない植物が生えてきてあちこちに花粉のような変な霧状の物を撒き散らす壺。
何故か透明になって消えていく壺。
…どれが危険でどれが何をしてくるのか見当もつかない。
こういう場合どうするべきか?
…ひょっとするとさっさと抜けてしまったほうがいいかもしれない。
こんな状態にさらされ続けると精神が先に参ってしまうし、少しの安全配慮より時間をかけないほうがいいのではないかと頭の中でソロバンをはじく。
そして検算が終わると小声でアンズに話しかける。
「ごめんアンズ、方針変更。やっぱり一気に走り抜けるよ」
「え…まだ疲れが…」
アンズが言い切るのを待たず私はアンズの手を強引にとって走り出す。
背中の方では廊下から伸びてくるカギ爪と壺達の大合奏が響き渡っているけど知ったこっちゃない。
前の方でも空中で壺が飛び交っているし、床も訳の分からない壺の中身が散りばめられ始めている。
急がないと詰んでしまいかねない。
…もう詰んでるかもしれないけどね?
とりあえず覚悟を決めて、まるで昔のレシプロ戦闘機が空中戦をやっているような得体の知れない物が空中を交差する展示ルームを強引に突っ切る。
途中何かにぶつかって前髪が火花をあげながら焦げたり、アンズが声にもならない変な叫びを上げたり、左肩にいつの間にか穴が開いていたりしたけど足は止めずに必死に走る。
原因もわからずに攻撃され続けられ、痛みが走るのは心に堪える。
一度リセットしてしまった方が楽じゃないかな?
といった心の声を強引に黙らせながら走り続けていると右手側に廊下の景色が見えてくる。
…またあいつの擬態かもしれないと思って少し振り向いてみると…私達が入ってきたところから展示ルームに強引に入ろうとして壁に体が引っかかっているようだ。
という事は同一個体で無ければ騙されていないと判断していい…はず。
意を決して私はアンズの手を引っ張って廊下へと駆け出る。
廊下に出ると右側…さっき化け物に追いかけられていた方は壁も床も展示品もずたずたに壊れている事から注意は左手側のみでいいはず。
そして地図スキルが正確なら展示スペースを抜けたすぐ左側にマップには記載されていない場所へと通じる下り階段があるはず。
「アンズ!もうちょっとだけど頑張れる?」
「はひぃーー。ま…まだあるのかしら?」
アンズは肩でぜぇぜぇ息を切らせていてまともに受け答えができていない。
もう駄目みたいだね、本人の限界関係なく強引に走らせよう。
私はアンズの腕を掴むと強引に引っ張って走り出す。
腕を掴んだ時に後ろが少し見えてしまい壺たちが宙を舞いながらこちらを追いかけてきていたのが目に入ったので全速力になったのはご容赦してほしい。
しばらく走っていくと右手に上り階段が、左手に下り階段が見えてくる。
真っすぐ進むと確か装飾展示エリアだったはずだけどこの際無視をしていい。
重要なのは左手に下り階段があるという事である。
私達は階段の手前ですぐに直角に曲がると階段の下を確認する。
階段の下には重そうな鉄の扉が閉ざされており、関係者以外立入禁止という立て看板がその前に置かれている。
…鍵が開いているか開いていないか。
ここからでは判断できない。
けど大丈夫、もうここまで来たら鍵が閉まっていようが開いていようが関係ない。
どのみち私達がもたないから行くしかない。
「アンズ飛ぶよ!」
「飛ぶってどういうこ…」
まあすぐにわかるから大丈夫だよ?
私達は階段を下りるような事はせずにそのまま扉に向かって飛び込む。
勢いよく肩から右扉にぶつかると何か壊れるような音共に鉄の扉は両側に大きくバタンと開く。
開いた扉の間からそまま私達は体を飛び込ませることに成功し、部屋の中の床に勢いのまま叩き付けられて転げまわる。
何とか成功したけど体中あちこち打ち身のせいで痛い…けれど今はそれを享受している場合じゃない。
私は起き上がるとそのまま開ききった鉄扉を閉めると座り込み自分をおもりにして背中で押さえる。
閉ざされた鉄扉からは何かがぶつかる音と共に食器が割れるような音が断続的に響き渡る。
ぶつかるたびに背中から痛みが走るけどここは堪えるしかない。
しばらくすると割れる音も完全に止み、静けさが辺りを支配する。
その静けさを反すうする事により私は深く息を吐き体も気持ちも軽くする。
ようやく安堵出来る時間ができたのだった。
表現力の無さが悔しいと思う今日この頃です。
つたない文章で非常に申し訳ありません。
新たに評価いただきありがとうございます。