1.来訪者
「ふぁー、眠い…。」
私こと、二味友里は大学の講義を受けている。
一昔前ならこんな大きなあくびでもしようものなら教授からにらまれ、周りからも冷めた目が幾分か向けられていたのかもしれないが現代ではそんなことは無い。
大学も地方立地型から便利な都市立地型へと変化してさらに利便性を高めるために今では自宅での受講が当たり前である。
ボードのスイッチを入れて講義を選び出席ボタンをぽちっと押す。
これで大半は終了である。
たまに不意打ちのように二重出席や抜き打ちの演習問題の回答提出のボタンを押さなければいけないため、完全に離れるわけにはいかないが後から録画した講義を見返せるため真面目に取り組む価値はない。
そんなわけで、私は眠気にさらされたまま自宅の二階でボードに映る映像をぼんやりと眺めている。
私以外の他の生徒は真面目に受けているかもしれないって?
そんなことは多分ないだろうと思う。
現に脇に置いてあるポータブルには同じ講義を受けているはずの学生たちよりメッセージを受信している。
『なあ、佐藤のやつカツラずれてねえか?これを配信するとか度胸あるよな!』
『二年目からでも大丈夫だからサークル入ろうよ!』
『一年入ったし合コン一緒に行こうよ。私を助けると思ってさ。』
『講義終わったら「アンノウンディザスターオンライン」やりましょうね!』
…そう最後の一行。
私があくびをして眠いのは今が春でその陽気で眠いわけでもなくこの友人が原因なのである。
そう、それはさかのぼることわずか十六時間前のことである。
夜も十一時をまわって深夜、既に寝ている人は寝ている時間に我が家のインターホンが鳴り響く。
まだ母も起きている時間だし対応してくれるはず…と思ったらこちらにお鉢が回って来た。
「ゆりー、杏子ちゃん来てるわよ。」
何でこんな時間に来たんだろ?
そう疑問に思うがとりあえず友人を出迎えて部屋まで案内する。
夜も遅いしお菓子はいらないよね…お茶だけでいいか。
私はお茶を用意して杏子の前に差し出す。
湯島杏子…、私の小学生時代からの友達である。
成績優秀だしスポーツも普通にこなすし、男性からも人気が高かった。
「ごめんねニミリ、こんな時間に。」
ニミリは私の本名を略した愛称である。
それは今問題にすべきことではない。
後半部分のこんな時間に訪ねてくる方が問題なのである。
確かにもう私達も大学生にもなって零時一時とかは当たり前にすることもある。
しかし、杏子は高校時代から礼儀正しく常識人である。
そんな杏子が夜遅くの時間に家族もいる我が家へ迷惑顧みず訪れる…。
私は嫌な予感しかしない。
それが私の顔に出ていたのだろうか?
杏子も苦笑いをしながら要件を繰り出して来た。
「そんな顔しなくてもわかってるわ。夜も遅くにニミリの所に来た理由よね。」
上品にお茶をすすりながら自然に間を開けて一息入れる。
同性ながらこの優雅さがうらやましく卑怯であると思う。
「うん、聞かせてほしい。」
「実を言うとね…」
杏子がカバンから丁寧にポータブルを取り出すとある画面を表示してこちらに突き付けてきた。
「アンノウンディザスターオンライン!これ明日の夕方からサービス開始なのよ!一緒にやりましょう!」
杏子のポータブルには映画でよく出るゾンビやら巨大生物から逃げる人の姿が映されている。
…そう湯島杏子は大のホラー大好き人間なのである。
アンノウンディザスターオンライン、内容を聞いたところ謎の変異生命体に支配された町を探索しながらサバイバルをするというフルダイブ型のVRMMOらしい。
今や異常気象で外出するのもはばかれる中、VRは一般大衆の娯楽として着実に位置を占めている。
このVRMMOもその波に乗るべくコア層を狙って作成された物だろう。
そしてサービス開始はかき入れ時の冬を迎える去年の秋を予定していたが、ここで政府の各省庁およびお偉い一部の議員から待ったがかかった。
いわく暴力的な内容が青少年の育成に悪影響を与えるのではないか?
いわく過激な内容を現実と仮想世界を混同して犯罪を助長するかもしれないのではないか?
いわく猟奇的な内容でショック等の精神支障をきたした場合どのように責任を取るのか?
そしてサービス開始が未定の状態のまま半年が経ち、ようやく明日開始と告知があったらしい。
「それでその告知が出たのいつだったの?」
「今日の午後九時よ。」
わずか二時間前らしい。
しかしそんな告知から二十四時間でサービス開始を決めて大丈夫な物なのだろうか?
性急過ぎると思われるのだが…。
「もともと去年の夏にオープンベータ、負荷テスト、VR五感の変換の接続テスト全て実施済みだったのよ。」
ということらしい。
後は認可が取れたら即開始の告知を出したとか…。
今サービス開始に向けて突貫作業が行われているであろう運営会社の社員の苦労がしのばれる。
「こちらとしても急でしたので最初は一人でプレイするつもりでしたの。けど確かニミリはVRマシン持っていましたよね?」
…う、確かに持ってる。
今年の正月に杏子とVRマシンを使ってお茶をした。
おせちに飽きていた私はVRシミュレータの「世界のお茶」で緑茶と紅茶巡りをしたのだ。
色々と飲み比べて色々なお茶菓子を満喫して非常に有意義な正月になったことは記憶に新しい。
「そしてニミリのVRマシンは「世界のお茶」と「尾瀬散歩」しか入っていないので容量は十分以上に足りるはずです。」
「…なんで杏子は私のVRマシンの中身を知っているのかな?」
「ふふ…そのような些細な事は置いておいて、今からインストール開始すれば明日のサービス開始に間に合いますよ。」
…駄目だいつもと違ってまるで聞く耳を持っていない。
断るという選択肢もありと言えばありだが、やった場合泣かれるし最低一ヶ月はやんわりとした恨み言を聞かされる。
私は無駄な抵抗はやめて承諾の回答をする。
「わかりましたよ。けど、やり方とかは…」
「はい、ニミリとそのご家族に迷惑をかけるわけには行きませんので私の方で手早くセッティングしてしまいますね。十分もあれば完了しますよ。」
…もう既に迷惑かけてますよ。
これさえなければ完璧人間なのに…。
まあ、この暴走もしばらくすれば冷めてまたいつものように謝って来るんだろうなと思うと微笑ましい。
そして杏子は本当に十分ほどでVRマシンを起動させインストールを開始してそのまま嵐のように帰って行った。
そこまではいいのであるが問題はVRマシンから流れてくる電子音である。
布団に入った私はインストールの電子音が気になりなかなか寝付くことができず…結果寝不足の状態で朝を迎えることになったのである。
…とまあこのような経緯である。
そんな昨晩の事に思いふけっていると講義は既に終わっており、ボードには何も映っていない。
窓の外を見ると陽が沈み始めている。
そろそろサービス開始の時間だなと思っていると部屋の隅より無機質な電子音声がVRマシンより響く。
『アンノウンディザスターオンラインのインストールが完了しました。』
私自身ホラーはそこまで苦手というわけではないので多分大丈夫だと思う。
ゲームなんてポータブルゲーム以外やってなかったけど約束しちゃったしとりあえず一度やってみますかね。
…晩御飯食べてからね。
何を血迷ったか素人が小説を書き始めてしまいました。
このような作者でありますが当小説に目を通していただきありがとうございます。