エンドロール
湿っぽい地面に寝転がったまま、銜えた煙草に火を付ける。
元々は魔除け目的だったが、今はこれ無しにはやってられそうにない。
スマートフォンが振動する。見透かしたかのようなタイミングだ。
『やぁやぁお久しぶり。今回の《浄化》は随分掛かったネ』
耳障りな、厭に明るい男の声。本名は知らない。
「……寄りたいところがある」
『半年以上も悪霊が造った迷宮で過ごしてまだ活動できるあたり、本当にキミ、化物だよネ。それで、どこ行きたいの?』
「墓。ここに通っていた、美月って名前の女子生徒」
『正確には「かつてここに存在した学校」の、ネ。大丈夫、そういうと思って調べておいたヨ』
仰向けに寝転がったまま、首を回して辺りを見回す。
――飛び降りたはずの屋上に俺は居た。
しかし小汚い程度だったタイルはひび割れ、雑草が根を張っている。
転落防止用のフェンスも、ところどころが錆びて破れている。
一言で表すなら、廃墟。学び舎とは到底呼べない廃校の残骸だった。
「……助かる」
『良いって良いって。……だから、ボクが迎えに行くくらいにはとりあえず泣き止んでおきなヨ? 流石に御当主と奥様にキミの泣き腫らした顔を対面させちゃ、ボクも立場が危ういしネ』
返事はせず、そのまま通話を切る。
「フー……」
肺を満たした煙をゆっくり吐き出す。こんなに、不味いものだっただろうか。
「……」
スマートフォンを取り出し、アドレス帳に入っているたった一つの番号に発信する。
……無駄な足掻きだという事は、百も承知だった。
『――この電話番号は、現在……』
投げ捨てる。切るのもかったるい。
――そう、これは単なる『仕事』だったんだ。入れ込むべきでは、なかった。
――入れ込まないと、心に決めていたつもりだった。
やっとの思いで紙巻一本を吸い終える。
もう随分とニコチンは回っているが、懲りずに二本目を銜えてオイルライターを擦った。
――美月のことが、頭から離れない。
解っている。この感情は、単なるエゴだ。
俺は勝手に女に惚れて、勝手に霊を消滅させて、勝手に傷付いているだけのアホンダラだ。
「――――チクショウ」
毒性の紫煙は安息効果を放棄したらしく、俺の気管を傷める役目しか担ってくれないようだ。
ぼろぼろと溢れ出る涙が、いつまで経っても止まらない。
未だに美月の体温が、感触が、腕の内に残っている。
俺の躰と魂に刻み付けられた悪霊の呪いが、儚くも優しく、包み抱くように俺を蝕んでいた。