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#07

 さあ、茶番はこれでおしまいにしよう。



 思えば、この半年は人生の中で一番光り輝いていたかもしれない。


 自分の使命すら忘却の彼方に追いやり、互いに相手を求め合った。

 しかし、そんな空虚な幸福も、これで最後にしなければ。


 ――でないと。



「――美月ッ!!」


 わたしが愛するこの先輩は、私に殺されてしまうも同然だから。


「……こんばんは、修治先輩」

「こんばんは、じゃねぇよ」


 息も切れ切れな先輩は静かに怒りを露わにする。

 きっと一階の保健室から屋上(ここ)まで一直線に階段を走ってきたのだろう。


「……止めようとか、助けようなんて、思わないでくださいね」


 ゆっくりと近づいてきていた先輩がピタリと足を止める。

 先輩とわたしの間には三メートルの間合いと高さ二メートルのフェンスが割って入っていた。


「……どうして」

「解ったんです。……というより思い出したんですよ」


 修治先輩が俯く。

 ……ああ、この優しい先輩は、最初から知っていたのだ。何もかも。


「わたし、ずっと昔に、この学校で自殺してたんですよ」


 わたしは死んだ記憶もなしに、屋上に居ついた修治先輩に近づいた。

 ――無意識に、先輩を『喰う』ために。


「全部、分かってたんですよね? どうしてこんな、根暗で陰湿な地縛霊に近づいたんですか? ……成仏でもさせる気、だったんですか?」

「…………」


 先輩は答えない。眼差しは肯定とも否定とも取れる。


「……仮にそうだとしても、先輩の手を煩わせるには及びませんよ。大体、先輩はもうボロボロじゃないですか」


 半年以上に及ぶ悪霊との邂逅は、先輩を心身ともに大きなダメージを与えていた。

 ――思い返せば兆候はあったが、それを確信したのは先刻、先輩と身を重ねた時だった。


「……お前も随分、察しが良いな」

「ずっと先輩を見てましたから。……むしろ、今まで気づかずごめんなさい」


 フェンスから手を放す。

 一歩、いや半歩でも後ろに踏み出せば、わたしは重力に引かれて十メートル以上の高さを自由落下し、硬い地面に叩き潰される。


「やめろ」


 覇者の一喝の様な、それでいて泣きじゃくる子供の懇願の様な制止の声。


 しかし、わたしは止まらない。

 止められる訳には、いかない。


「わたしは、これで消えます」


 つま先立ちだった片足を外し、少しだけ後ろに引く。

 なにもない。わたしを支えるものは、もう片方の足だけ。


「だから先輩、生きて――」



 体を後ろに傾ける。自分の身体に質量があるのかどうかすら怪しいが、ちゃんとわたしは落ちていった。


 先輩が、視界から消える。



 ――これで、いい。


 十数メートルというのはこんなに大層な高度だっただろうか、と思うほど長い滞空。

 ――もしかしたら、奈落の底へと堕ちていっているのかもしれない。


 どれだけ沢山の人間を呪ったかは覚えてないが、悪霊にはお似合いの最期かもしれない――



「――お前を、墜とさせたりなんかしない!」



 力強く、腕を引かれる。

 次いで、全身を包む頼もしい体温。


「うそ……先輩……!? どう、やって……」


 先輩は、堕ちるわたしに追い付き、わたしを抱き締めていた。


 ――このままでは、先輩もわたしと一緒に……。


「……方法なら、ある」

「え……」


 ――この状況を打破し、先輩を助け、かつ私にも都合がいい方法があるとでも言うのか。


「成仏しろよ、お前」

「え……?」


 成仏。未練を持って現世に留まってしまった霊が、願望を遂げて彼岸へ渡るといわれるアレだろうか。


「……む、無理ですよ! わたし悪霊ですし地縛霊ですし、大体願いが何かなんて覚えてないですしそんな事してる暇に堕ちますし!」


「それこそ言ってる暇に成仏しろよ! 忘れたんなら新しく願い作れ! 俺が叶えてやる!」


 言われた瞬間、スッと胸の(つか)えが取れたような気がした。


 ――そうだ。願いなんて、一つしかない――



「――キスして、ください」


 返事は無かった。


 多少強引に、唇を奪われる。

 重力に引かれ、風圧を感じながら。


 一瞬の事だったかもしれないが、わたしたちの間に流れた時間は永劫と感じるに充分な(とき)だった。



 唇を離し、互いに見つめあう。


 (からだ)が、軽い。

 涙のせいか、視界の先輩の姿が滲んでいく。


「修治、せんぱい……」


 これだけで良い。これだけは、伝えないと。




「――――愛してくれて、ありがとう」

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