#05
ぽた、ぽた。
「……チッ、また嘘吐きやがったなあの石原次男」
頭上に広がる鈍色の空は、俺が銜えた煙草から立ち昇る煙と良く似た色だった。
夏の雨にしては珍しく、小雨で長く降りそうだ。
――さて、今日の雨はどう凌ごうか……。
「先輩っ! 修治先輩いらっしゃいますか!?」
いつもその重量感に見合う鈍重さで開く塔屋の扉が、今日ばかりは盛大な大音響とともに軽快に押し飛ばされていた。
「……おー、よう美月」
「『おー、よう』じゃありませんよ! あと名前呼んでくれてありがとうございます昇天レベルで嬉しいです!」
「怒りながらキレんなよ器用だな」
ていうか用件なんだよ。
「はっ、そうでした! 雨降りますから校舎に入ってきてください」
「…………ああ」
何だ、そんな事なら。
「それなら、別に良い」
……マズイ。せめて、煙草は吸いきっていきたい。
「別に良いってなんですか! 良いから早くそのタバコ消して!」
「……勿体ねぇ」
「後でお金払いますから! 早く濡れる前に入ってください!」
ぐいぐいと美月に腕を引っ張られる。仕方なしに煙草の火を消し、引かれるままに校舎へと入っていった。
「オイ、美月。お前、どこに連れてく気だ……?」
「? 普通に教室ですけど……あっ、先輩の教室の方が良いですか? どうしてもって訳じゃないですけど上級生の教室に入るのはちょっと……」
「ああ……そう、だよな……」
先程から、修治先輩の様子がおかしい。苦しそうに頭に手を当て、足取りもどこかおぼつかない。
「……ひょっとして、具合悪いんですか? もしそうなら、今から保健室に……」
先輩の顔を覗き込むと、突如わたしの体を衝撃が襲った。踏ん張りきれずに尻餅をついてしまう。
「いたた……」
「すんませーん!」
声の方向を見ると、騒ぎながら走り去っていく男子生徒が複数人。……どうやら、鬼ごっこをしているらしい。
「……もう、高校生にもなって鬼ごっこってどうなんですかね? ねぇ、先輩?」
視線を上げて先輩を見る。
「……あれ、先輩……?」
そのまま周囲を見渡す。
私と同じ、赤い上履きの生徒ばかり。
修治先輩が、居ない。