#04
わたしは、修治先輩に振られた後も暇さえあれば屋上へ上がる。
昼休みに加え最近は放課後にも行き、場合によっては授業間の休みにも顔を出す。
先輩は、わたしが行くと必ず屋上にいて、いつも少し不機嫌そうでぶっきらぼうにしている。
――どうしていつも、必ず屋上にいるんだろう?
そんなことを考えながら、今日もいつものようにわたしは二人分のお弁当を手に屋上へと階段を上る。
「こんにちは、修治先輩」
錆びついた鉄扉を、苦労しつつも何とか押し開ける。開閉が重たいのは扉の重量だけではないようだ。
「……おう」
いつもの不機嫌そうな、それでいてくるものを拒まない優しい瞳が出迎えてくれた。
「梅雨も明けましたし、もうずいぶん暑くなりましたね。いかがお過ごしですか?」
「いかがもどうも、絶賛夏バテ中だ。太陽高くて日陰無ぇとかマジで死ねる」
そう言う割に修治先輩は軽く汗をかいているだけで、少なくとも何十分も日当たり良好の屋上で過ごしていた訳ではなさそうだ。日焼けも殆ど見られない。
「そう仰ると思いまして……」
わたしは持参の包みを解き、重箱を開けた。
「じゃーんっ、今日のお弁当はウナギです♪」
「……マジか」
いつも感情の起伏が少ない先輩も、今回ばかりは驚いてくれた。
「ちょっと奮発してしまいました」
「ちょっとどころの出費じゃねーだろこれ……お前んトコの家計どうなってんだよ……」
言いつつも、わたしが差し出したお箸を手に取る先輩。そういう男らしいところも素敵です。
「寒気すんだけど」
「な、何のでしょう……すーすー」
「吹けてねぇぞ」
口笛でごまかす作戦は失敗したようです。
「……前にも言ったけどさ。俺、お前の気持ちを受け止めてはやれねーんだわ」
「……存じています」
わたしの言葉を聞くなり、先輩は大きく溜め息を吐き、煙草を銜えて火を点けた。
「じゃあなんで、こうやって毎日毎日ここに来るんだ。こんな高ぇモンわざわざ買って餌付けして……お前は俺のお袋か何かか?」
「いえ……わたしは、修治先輩の後輩です。それ以上でもそれ以下でもありません」
ギリ、と歯軋りの音がした。
「……もう、お前……ここ来んなよ」
「……えっ? わ、わたし、何かお気に触ることしましたか? もしかしてウナギはお嫌いでしたか? すみません、すぐ別のお弁当買って来るんで……」
「…………っせーな」
「……え?」
紫煙と共に吐き出された言葉を聞き取ることはできなかった。
先輩の視線が、わたしの瞳をまっすぐに射抜く。
その眼差しの奥には、暗い炎が燃えてるような気がした。
「――うっせーって、言ってんだよ!」
コンクリートと骨がぶつかり合う鈍い音。老朽化した壁の塗料の一部がパラパラと剥がれ落ちて先輩の腕にくっついた。
「せん……ぱい……?」
「お前を見てると……あぁ、クソ! ムカつくんだよ! 何なんだよテメーは!? 勝手に人ン所にズカズカ入ってきやがって!!」
先輩がわたしの胸倉を掴み、押し倒す。
後頭部や背中の痛みを気にする暇もなく、わたしの首を重圧が包む。
途端に気管が塞がれて、近くに落ちた煙草の煙にむせ返ることすら許されない。
「せん、ぱ……や、め……」
先輩の腕に触れる。思ったよりも硬くて逞しくて、わたしがどう暴れたところでどうしようもなりそうにない。
視界が端から霞んで行く。
だんだん、思考も回らなくなって――
ポタリ、と何か液体が顔に落ちてきた……気がする。
そのまま続けて、ポタ、ポタ、と。
――修治先輩、どうしてそんな、悲しい顔して泣いてるんですか?
――どうしてわたしなんかを殺すのに、そんな苦しんでいるんですか?
――どうして、わたしなんかのために――――
気付けば、わたしの手は先輩の涙を拭っていた。
先輩の手は、わたしの首筋に触れるだけとなっていた。
「――済まん、悪かった」
「いえ、大丈夫です」
先輩がわたしを抱えて起こし、パンパンと制服を軽く叩いて埃を落としてくれた。
「……お、お気遣い感謝します……」
「……気にすんな」
言いながらも、先輩は目元をゴシゴシと擦っていた。
そんな彼が堪らなく愛おしく思えてしまうわたしは、もうどこかやられてしまっているのかもしれない。
「お昼ご飯、食べましょう。先輩」