#02
結論から言うと、あの時に美月の意図を問いただす必要は全くなかった。
翌日から彼女が、昼休みに二人分の弁当を携えて毎日屋上へ現れたからである。
「こんにちは、修治先輩」
今日も立入禁止のくせに鍵の掛かっていない金属扉が開き、出会った当初より幾分明るくなった声が俺を呼ぶ。
「……よくもまぁ、飽きもせずにいつも来るよな」
「先輩こそ、何で毎日屋上にいるんですか? 授業出てますか?」
「……」
答える代わりに、俺はスラックスのポケットからソフトケースを取り出し、煙草を一本振り出して火を付ける。
「あっ、いーけないんだいけないんだ~♪」
「先生に言っちゃおう、ってか?」
美月は副流煙を嫌がる素振りも見せず、俺の隣に座って腕にすり寄る。
「言いませんよ。先輩がこの学校から居なくなってしまったら、わたし死にますから」
「元々自殺しようとしてた人間が何言ってんだか」
「先輩こそ、たばこなんてやめてください。嫌いじゃないですけど、体に悪いですよ」
「飛び降り自殺なんかよりよっぽど健康的かつ健全だ」
溜め息を誤魔化すように、肺に紫煙を溜め込んで吐き出す。
「……先輩は、自殺しようとか考えた事ありますか?」
「……さぁな。ただ、わざわざ死ぬのは下らねぇとは思う」
「…………下らない、ですか……」
ポツリと呟くなり、美月はだらしなく投げ出した俺の脚の上に跨り、俺と正面から向かい合う。
少し煙たそうにしてるので、半分以上残っているが煙草は消してやった。
「先輩……わたし、今でも先輩と居ない時はいつも自殺することばっかり考えています」
そのまま美月は、俺の胸に体重を預けるように倒れかかってきた。鼻腔を甘い匂いがかすめる。
「わたし修治先輩が居なかったらただの下らない人間ですね。一つ上なだけの先輩に命まで預けるような真似して、依存して……」
そのまま猫のように、声を震わせながら頬をこすり付けてくる。涙を拭くのだけが目的とは考えづらい。
「えへへ……ほんと、なんでわたし生きてるんでしょうね」
「……俺が、知るかよ」
胴に回されたか細い腕に力が籠る。地味に、痛い。
「――先輩のせいですよ?」
「あ?」
「あの時、先輩が屋上に居なければ、わたしはとっくに死んでいました。死ねていました。なのに、何で……何で、私なんかの前に現れたんですか……!?」
随分と勝手な話だ。こっちは勝手に依存され、勝手に生きる理由にされてしまったというのに。
「勝手に依存させないでください! 勝手にわたしの生きる理由にならないでください! 勝手に人の――」
「――じゃあ、なんだ。責任とって殺せってか」
皮肉でもヤケクソでもなく、自分でも驚くほど自然に、スルッと喉から声が出ていた。
自分は何を訳の分からない事を言ってんだ。――だが、不思議と後悔も何もない。
まるでそう言うのが必然だったかのようだ。
「――――殺して、くれるんですか……?」
悲痛な独白を遮られた彼女の声音には、さして驚いた様子はなかった。顔を俺の胸元から離すと、涙のたまった瞳で俺の顔を見上げた。
「お前が、それを望むなら」
バカじゃないのか、犯罪だぞ。
俺は一体、何を考えている?
「……修治先輩が、わたしなんかのためにその手を汚してくれるのなら」
言いつつ、美月は胸元のリボンを解き、ブラウスのボタンを上から数個外す。
白く細い首筋に鎖骨、思いの外深い谷間の一部が露わになる。
「お願い、します」
屋上の床に仰向けで寝転がった美月に、何かに操られるように馬乗りになって首に両手を掛ける。
――最初は軽く、徐々に力を込めて。
「――んっ、く……」
「……」
美月が苦しそうに眉根を顰める。
抵抗は、無い。
「かっ、は……! あ……ぐ、かはっ……」
血管を締められてるためか、苦痛に歪む顔が段々と紅潮してきていた。
ああ、もうすぐオチるのかな――なんて、まるで小学校の理科の実験観察でもするような気分で自分に組み敷かれて痙攣する少女を眺めていた。
「………………ぃ、ゃ…………!」
「――!」
途端、俺は突き飛ばされたかのように手を放した。
その時になってやっと、抵抗するかのような脈動や生々しい体温の感触が途轍もない罪悪感と共に俺を苛んだ。
「かひゅっ、ゲホッゲホッ!」
「…………満足したか……?」
「ハァ、ハァ……ごめん、なさい…………」
喉をひゅうひゅう言わせながらうわ言のように「ごめんなさい」と繰り返す美月を、俺は黙って見ている事以外に思いつかなかった。