#01
昼休みの屋上。初夏の日差しも厳しく、そろそろ熱中症予防対策かクーラーの効いた校舎内への避難かの二択を迫られる頃、ソイツは現れた。
「……失礼、しまーす。……なんて」
ソイツは解放厳禁の筈の重たい金属扉をのろのろと押し開け、驚くほど生気のない声で独り言の挨拶を呟いた。女子、だった。
「……大したもてなしもできず心苦しい限りですっと」
「……?」
脅かし半分からかい半分でもてなしてやろうとして塔屋の上から顔を出したが、彼女は期待したどちらの反応も示さずげに無感情な瞳をこちらへ向けるだけたった。
「……ここ普通、生徒立入禁止ですよ」
「知ってる。俺、普通の生徒じゃねーし」
「…………そう、ですか」
消え入るように言うと、少女は金属扉に掛ける力を緩め、校舎に引っ込もうとした。
俺はそれを見て塔屋の屋根から飛び降り、扉に足を掛けて閉まるのを止めた。
「……何でしょうか」
「何で止めるんだ? 自殺」
「!」
「いや、そんなに驚かれてもな。死んだ目して立入禁止の屋上にフラフラ上がってくるとかそれ以外考えられんし」
俺は少女のか細い腕を掴む。
「……放してください」
「暇してたんだ。冥土の土産と思って付き合え」
口では不満を言うものの、抵抗らしい抵抗が見られない少女を屋上へ引きずり出し、少々強引に塔屋の日陰に座らせた。埃っぽい所に座らされるのを気にする様子は見られなかった。
「……自殺をやめるよう、説教ですか?」
「違ぇよ。暇だったんで気紛れで捕まえちまった。良く考えたら自殺考えてる女の鬱話とか面倒極まりないから全く聴きたくねぇや」
「本当に気紛れさんですね……」
少女は困ったようにぎこちなく、微かに微笑んだ。
「――んだよ、喪女かと思ったら笑ったら可愛いのな」
「かわっ――!?」
「ていうか普通に可愛いじゃん。ネクラみてーな真似してんなって勿体無い」
「……口説いてますか?」
「違ぇよアホ」
「えへへ」
数言、言葉を交わしただけで、この少女は『世界の終わり』みたいな表情から控えめながらニヤケに近い笑顔になった。
――なんというか、チョロい。
「……オイ、昼休み終わるぞ」
「あ……」
少女は携帯電話を開いて時刻を確認し、名残惜しげに俺を見た。
「……いや。俺、時間は止めらんねーよ?」
「……アドレス交換したいんです。察してください」
「お前友達少ねーだろ。コミュ障め」
長らく使っていなかった赤外線受信を多少手間取りながら起動し、少女の持つガラケーに向ける。
「まず私が受信しますね」
「先に言え」
赤外線を閉じてから自分のユーザ情報を赤外線に共有する。スマートフォンはこういうところが面倒くさい。
「弓月修治 、先輩……」
「ほれ、感傷に浸ってないでお前のも送れ」
「は、はい……!」
はっとしたように後輩らしい少女は再び携帯を操作し始める。俺もそれに合わせて赤外線受信を呼び出す。
受信した後輩少女の名前欄には『美月』とだけ表示されており、後は電話番号とメールアドレスだけのシンプルなものだった。
「お前、名字は?」
「……上の名前は、好きじゃないので」
目を逸らされる。詮索する理由もないので特に追求はしない。
話題の切れた俺たちの間に、電子的で味気ない予鈴が沈黙を見計らったかのように割って入った。
「あっ……あの、弓月先輩。また……」
しどろもどろな口調で頭を下げる美月。
――『また』って何だよ? その意図を問う前に錆びかけの扉は軋んだ音を立てながら閉じてしまった。