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二人のニュートン 1

前話のサブサイトルを「所沢のニュートン 4」に修正しています。

 僕、藍沢柔人(あいざわにゅうと)はどこにでもいる普通の偉人転生者。前世は【最後の魔術師】と呼ばれたアイザック・ニュートンだ。

 ひょんなことから前世の記憶に目覚めた僕は、《万有引力》という【偉能力(いのうりょく)】を使って、偉能力を犯罪に使う【偉能力者】達を取り締まる日雇い労働に従事することになった。


 そんなある日、いつものように偉能力者狩りをしていた僕の目の前に、「アイザック・ニュートンの生まれ変わり」を名乗る謎の転生者が現れた。

 《作用反作用》の偉能力を操るチョンマゲ白衣の謎の男。奴の正体は一体何者なんだ。


「ということが一昨日あってだね」

「マジかよ、そんな不審者がうろついてんの? うちの近所で? スーパー不安過ぎる」


 居酒屋チェーンの四人掛けテーブル席、対面で我が友・田中が顔をしかめた。

 田中小吉(こきち)はどこにでもいる普通のコンビニ店員で、旧世紀のインターネットで行った前世占いでは「ゾウリムシ」だった。なお、僕は同じ占いでは「羊」だった。


「といっても、不審者イコール犯罪者ではないからなぁ」


 全ての不審者を逮捕するということになれば、職業柄、夜中に住宅街を自転車でうろついている僕だって捕まってしまうだろう。むしろ、警察官というものは、明らかな不審人物より、僕のような人畜無害な外見をしたものに好んで職務質問をする傾向がある。誰だって本物の不審者は怖いのだ。


 田中は渋い顔でひたすら枝豆の皮を剥いていた。豆は小皿に山盛りとなっていたが、まだ口にする様子はない。些か酔いが回っているものと思われる。

 僕はそれを後目に、サーモンハラスの炙り寿司をつまんでいた。「サーモンハラスの炙り寿司」と「三段重ねの鏡餅」は似ているな、と思う。


 皮を剥いていない枝豆が尽きたらしい。

 田中が顔を上げる。


「藍沢も《作用反作用》って使えんの?」


 不意にそんなことを訊いていた。


「ハンドスプリングは出来る」

「すげー。俺逆立ちもできない」


 作用反作用の法則はニュートンが発明? 発見? あー、提唱? した、運動法則の一つだ。作用すると反作用がある、とかそんな感じだったと思う。確か運動の第三法則とも言った気がするけど、第一と第二は何だったか、忘れた。


 田中が冷酒を追加し、僕も同じものを二合頼む。


 何となく《作用反作用》が使えるか、軽く自分の顔を殴ってみたけれど、顔も手も、相応に痛かった。




 明けて昼前、僕は改めて役所に向かう。

 先日の偽ニュートンが、僕が狙っていた弱そうな偉能力者を狩ってしまったので、また新しい獲物を探さなければならない。

 探すと言っても、特にそういった伝手があるわけでも、個人的な調査能力があるわけでもないので、役所で号外の手配書(チラシ)が出ていないかを見に行くだけだ。


 所沢市役所四階の危機管理課、朝一よりは若干人が多い時間帯だが、春先や長期休暇シーズンとは異なり、混雑とまでは行くこともない。受付を見ても新しい手配書は出ていないようだが、一応受付の若い女性職員さんに尋ねてみることとした。


「すみません、【偉能力者】の新しい情報って出てますか?」


 偉能力者討伐のライセンスカードを財布から出して手渡すと、受付の職員さんは流れるように読み取り機にかけ、「ありがとうございます」と返却してくれる。


 近年、日本国内の、比較的都心部に近い地域において、基本的には「若者よりある程度の年配者の方が仕事が早くて確実」という常識がある。例えば、ファーストフードショップやスーパーのレジなどが顕著と言える。しかし、不思議なことに、こと役所においては、若い人間の方が大体勤勉で誠実なものである。

 受付の人は華麗な手つきでパソコンのキーボードを叩き、瞬く間に一つの答えを返した。


「一番新しいのだと、小手指駅周辺でジョン・ロックの転生者を名乗る女性が出没しているそうですね」

「それもう解決したと思うので、それ以外でありませんかね」


 いかに優秀な市職員とあっても、無い袖は振れないのか。ともあれ、噂程度でも良いのだ。ニュートンは探偵ではなかったが、それは僕が探偵になれないという意味ではない。ニュートンの偉能力に加え、僕自身が優れた捜査能力を身に着ければ……もっと何か、安全で地道な仕事に就けるのではなかろうか。こんな物騒で不安定な傭兵(フリーランサー)ではなく。


 等と考えていると、職員さんは、きょとんとした顔でこちらを見上げてきた。


「解決ですか? 小手指駅周辺の、ジョン・ロックの転生者ですよね?」

「あ、はい、たぶん二、三日くらい前に納品があったと思いますけど」

「それは藍沢さんが報告されました? 受付担当の者はわかりますか?」

「あ、いえ、別の人がジョン・ロックの魂を回収する所まで見たので……報告来てないんですか?」

「……記録には残ってませんね」


 んん。どういうことだろう。

 僕が現場に駆け付けた後、あの偽ニュートンは、ジョン・ロックに確かに止めを刺した。その魂を回収するのを見て、僕は家に引き返した。


 偽ニュートンの正体は気になったが、変に追及して逆ギレされるのも嫌だし、その後の足取りは知らない。


「その魂を奪われたのが偉能力者でなかったら、それは殺人ですよ」

「偉能力者なのは間違いないです。何か光ったりしてましたし」

「そうですか……でしたら法的な問題はないと思います。兼業の方で平日、市役所に来られない場合は、報告が遅れてしまうことも多いです。今回もそういったことかも知れませんね」


 よくある話だ、と言われれば、僕にそれ以上食い下がる必要もなかった。

 職員さんの説明も、普通に納得できる。暗に、平日の昼間からふらふらしていることを指摘されたような気にもなったが、そういった思惑はあるまい。


 僕の中に残っている不安感は、単に、あのチョンマゲ白衣がニュートンを名乗ったことによる、不快感に基づくもののはずなのだ。

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