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所沢のニュートン 3

 目が覚めると、既に夕刻だった。カーテンの隙間から西日が差し込んでいる。

 枕元に置いたペプシ・ネックスの1.5リットルペットボトルを呷る。ぬるい。


「何だっけ……ジャン=ジャック・ルソーが『法の精神』で殴って来るんだっけ」


 部屋の灯りを付けて、今朝役所でもらった月報の小冊子を確認すると、ジョン・ロックが『人間悟性論』で殴ってくるとのことだった。殴るだけあってた。

 偉人の前世を持つ犯罪者、【偉能力者(いのうりょくしゃ)】。飯の種が隣駅で暴れているのだ。それも、聞くからに弱そうな相手だ。連勤とはなるものの、これを見逃す手はない。


 所沢は埼玉県の墓苑、霊園の実に三分の一を有する、埼玉県随一の霊廟都市である。故に、世界中を流れている偉人の魂が集まりやすく、比較的、偉人転生が起こりやすい。

 それでも、まともな人間は最低限の自制心を持っているので、【偉能力(いのうりょく)】を犯罪に使うことはない。というか、有用な偉能力があればそれで商売をしても良い。

 僕の持つニュートンの偉能力、《万有引力》は有用な方だと思うけど、能力を使いこなすにも、才能が求められる。

 僕はこれを、偉能力者狩り以外では、本棚の埃取りにしか使ったことがない。


 本で殴る、本を投げるといった能力で商売をするとして、何ができるだろうか。そういう悪役レスラーか、廃屋なんかの解体業者か、偉能力者狩りくらいしか思いつかない。頭の良い人なら違うんだろうけどな。そもそも、頭の良い人だったら、もっとマシな偉能力に覚醒してると思うし。


 偉人転生者は、前世の偉業を知識として得ることで、それに関連した記憶を取り戻し、それに関連した偉能力を得る。

 故に、教養のない人間は、本で殴るとか、楽器で殴るとか、そんなレベルの能力しか得られない。とされている。

 乳児がテレビか何かで見た情報を元に、目からX線を照射した事例もあるので、一概には言えないんだけど。


 改めて小冊子に目を通すが、他に目ぼしい偉能力者の情報は載っていないようだった。既に討伐済みで打消し線が引かれているか、噂以下のぼんやりした情報しか載っていないか、だ。


 ……今朝方、この小冊子を読んでいる時、ノストラダムスの転生者を名乗る妙な女に絡まれた。彼女は本当に転生者なのか。転生者だとして、本当にノストラダムスの転生者なのか。また、ノストラダムスの転生者だとして、本当に僕への害意等は持たないのか。

 何一つ確かなことのない、実に怪しい相手だったが、思わせぶりなことだけ言って勝手に去ってゆく女子大生を、フリーランスの僕が追いかけるのも、極めて不審である。通報されればまず勝ち目はない。



 シャワーを浴びて作業着に着替え、自転車で小手指駅に向かう。僕の持つ情報は「駅近辺でジョン・ロックを名乗って暴れている奴がいるらしい、以上」といった所なので、近隣住民に聞き込みを行うことにした。といっても、こんな時間に知らない人に話しかけると不審者扱い、通報という流れになるので、知っている近隣住民に電話するだけだ。


『今朝ぶりー。何か忘れ物してた?』


 昨晩から今朝まで共に酒を飲み、豚めしを食らった友人・田中小吉(こきち)は、ワンコールで応答した。機嫌の悪さは感じられないので、フラッシュゲームではなく、CGIゲームの類をプレイしていたものと思われる。


「確認してない。一応後で見とくけど、何か忘れてそう?」

『わからん』

「なるほど。で、最近この辺であった建造物破壊魔のことなんだけど、何か知ってる?」

『あー、あれってそっち系の奴なんか。今この辺?』

「駅前。ここから近い?」

『場所はまあ近いというか、範囲が広いんだけど』

「けど?」

『何時になるかわからんよ。遅い時は深夜に叩き起こされる』

「なるほど」


 礼を言って田中との通話を終え、駅付近の小さな公園に移動する。

 ゲームの中ボスでもあるまいし、拠点なども知られていない偉能力者は、基本的にランダムエンカウントだ。しかし住宅街での徘徊は、不審者として通報される危険性が高い。住宅街では適当な公園に張り込み、破壊音なり悲鳴なりが聞こえるまで待機する形になる。




 一時間程を無為に過ごした所で、甲高い金属音が響き、次いで破砕音。

 携帯電話を閉じて顔を上げる。親指の腹が携帯電話のキーの形に凹んでいるが、すぐに直るだろう。

 現場はここから近いようなので、自転車を置いて小走りで向かった。

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