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所沢のニュートン 2

 前世である偉人の能力を悪用する犯罪者、【偉能力者(いのうりょくしゃ)】の討伐は、危機管理課の管轄となる。受付は市役所四階の端の端。

 簡単な手続きのみで資格の取得が可能なことから、ある程度の腕っぷしがある無職連中は、とりあえず討伐者登録だけ行うことも多いとのこと。


 とはいえ、対応中の死亡率も高い業務だ。大抵は初回の討伐で命を落とすか、命からがら逃げだして、二度とこんな仕事には手を出さない。世間には前世が偉人ではない、偉能力者と互角に渡り合えるプロの殺し屋みたいな人もいるのかも知れないが、そういう人は、役所で気軽に身バレするものでもないのだろう。また、危機管理課自体がそれほど一般客の来る場所でもない。


 従って、この受付に並んでいるのは、僕のような【偉人転生者】を除けば、非常に柄の悪い、自分の身の程も知らない腕自慢と、後はたまに地域福祉関連の活動をしている一般の方が来る程度。また、偉人転生者というのは大抵、生まれつきそれなりに能力が高いこともあり、社会的地位の高い職についている。偉能力者狩りのような不安定な仕事をする必要もない。都内だと結構いるらしいけど、少なくとも、ここではそれらしい人を見たことがない。


 故に現在、この場にいるのは僕と、身の程知らずで柄の悪い人達のみということになる。


 僕はなるべく目を合わせないように魂瓶の換金を済ませ、二つ折り四面の月報を受け取ると、そそくさとその場を後にした。

 労働は精神的な疲労を伴うものだ。まっすぐ自宅に帰る気力もないので、公園で一服して帰ろう。




「ジョン・ロックの転生者を名乗る謎の女が、小手指駅周辺で破壊活動……能力は『人間悟性論』での殴打、『統治二論』の投擲か」


 これ良いな。弱そう。


 たぶんこの人はジョン・ロック情報をまったく持たないまま転生者として覚醒したか、或いは、ジョン・ロックとは無関係な一般人なのだろう。

 一般人相手の場合は、魂を回収するわけにもいかないので、適当に拘束して警察に突き出すことになる。それでも報酬は多少なり発生するので、糊口を凌ぐには十分だ。


 まあ、本で殴って物を壊すというのは若干人間離れしているので、転生者は転生者なのかもしれない。人的損害が出ていなければ更生の余地ありとして、生きたまま拘束することになりそうだ。

 ニュートンを前世に持つ僕の【偉能力(いのうりょく)】、万有引力は、無法者の拘束にも適している。小手指駅というと、友人の田中の自宅周辺でもある。仕事終わりで適当に声を掛けたら、一杯くらい付き合ってもらえるだろうか。


「はぁー、本で殴ってコンクリートを破壊ですかぁ。何から何まで意味不明ですねぇ」


 不意に、背後から間延びした声がかかる。


 振り返ると、ファミチキとスポーツドリンクを携えた見知らぬ女が、こちらの手元を覗いていた。

 皺のついたリクルートスーツに、見るからに染め直しとわかる黒髪。近隣に住んでいる大学生が、就活帰りに朝まで酒を飲むか、友人宅に泊まるでもした帰り道、アルコールが抜け切らない頭で無意味に絡んで来た、といった所だろうか。

 普段なら愛想笑いでもして逃げる所だが、あいにく僕も徹夜の飲み明けで、コンディションは対等と言えた。


「意味不明と言いますと」

「本で殴るだけでコンクリートを破壊するのが一つ、ジョン・ロックが本で殴るだけというのが一つ、えぇと、ジョン・ロックがマンションの壁を破壊するのが一つ、あと、あぁー、何でしたっけ?」

「知りませんが、わざわざ犯行時に、ジョン・ロックの転生者を名乗るのも」

「あぁ、それも一つかもですねぇ」


 酔っ払い女はけらけら笑いながら、勝手に隣に腰かけてきた。

 話に乗ったのは僕だが、流石に若干気持ち悪いので、腰を浮かせて距離を開ける。「おっと」と一瞬真顔になって、相手も同じだけ距離を開ける。


「そもそも、転生者の人って本当に転生者なんですかぁ?」

「それは間違いないと思いますけど。偉能力が使えるのも証拠でしょう」

「……ジョン・ロックって生前、本で殴って建物壊した逸話とかありますぅ?」

「僕はジョン・ロックには詳しくないけど、探せばあるんじゃないかなぁ」  


 ジョン・ロックとニュートンは同時代のイギリス人だけど、ニュートン時代にジョン・ロックに会った記憶もない。

 ニュートン時代の記憶は断片的だから、新聞で「ジョン・ロックが本で殴って軍施設を破壊」みたいなニュースを読んでいても、覚えていないだろう。たぶん無かったとは思うけど。


「大体全部おかしいでしょ、あの偉能力って。ファーブルの転生者が虫を操るだの、シートン先生の転生者が動物を操るだの、ありましたよね? ……まだソロモン王の転生者って言われた方が納得できますよねぇ」

「どうでしょうね。ノミのサーカス、猫のサーカスなんてのもありますし、偉人ならそれくらいできるのでは」


 たぶんできなかったとは思うけど。


「パスカルの転生者が人間を葦に変えるとかぁ、あとは……ニュートンの転生者が《万有引力》を操る。とか」


 くすくす笑う女。


 僕は大きく身を引いた。


 こいつ、僕のことを知っていて声をかけて来たのか。何者だ? 偉能力者の身内か。気付かれないよう後ろ手に《引力》を集め、


「あぁ、ごめんなさい、ごめんなさい。お兄さんとは初対面ですし、誰かに話を聞いた来たんでもないです」


 発動直前で押しとどめる。


「ただほら、私って、ノストラダムスの転生者らしくって」


 《視》えたんですよ。面白いのが。


 そう笑って、女は立ち上がり、駅の方へと歩き去った。

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