出会い、そして出会い。
いつから、どうして、こんな風になってしまったのか、そんな事を考えながら今日もベッドに横たわる。
自分の名前は三井健人、今年22になるフリーターだ。今の自分は心が壊れかけている。人と関わることを恐れている。喜怒哀楽を感じることもあるがおそらく他の人の感じ方の20%も感じていないだろう。生きている理由が分からない、何をしたいのかが分からない、かと言って死にたいと思うこともない。人の悪いところばかりを探して良いところをまともに見ようとしない。
そんな自分が嫌いだ。
これまでの自分の人生を少し語ろうと思う。長くなるかもしれないが聞いて欲しい。
小学中学と勉強も運動もそこそこに出来て友達もそこそこにいた。ただ親友と呼べるような友達はいなかった。どこかで距離を取り本音でぶつかり合うことを避けていたからだろう。
高校に入って友達は極端に減った。もともと人見知りな性格もあり、さらに中学での友達は大半が違う高校に行ったからだ。クラスメイトからは嫌われないように良い人を演じ、かと言い仲良くなろうとはしなかった。小学生の時は自然に友達になれていたのに高校ではそれが難しかった。変なプライドが邪魔していたのかもしれない。「別に1人でもいい」そう思い込みいつしかそれが本心に変わっていた。
大学には行かなかった、いや行けなかった。
将来について何も考えてなく、勉強は好きじゃなかったのでやらなかった。
高校を出た後はパチンコ屋で働き始めた。時給が良かったからだ。働き始めて3年、仕事はそつなくこなせるようになった。ただそれだけだ。仕事の業務連絡以外ほとんどバイト仲間とは話さない。何を話したらいいかも分からないし、別にそこまで話したいとも思わない。自分はここに仕事をしに来ているのだから。周りもそんな自分を察してかこちらに話を振ることはなくなっていった。余計な気を使ってもらわないほうがこちらも気が楽だ。
そして今だ。
時計をふと見ると2時を回っていた。
今の自分は昼に起きパチンコ屋で働き、帰ってきてアニメを見てまた寝て、休みの日にはパチンコを打ちに行く、そんな生活だ。
家族の話が出ていなかったが、父、母、兄、妹の5人家族だ。高校に入ってから家族とはほとんど話さなくなった。あの家は4人の家であの4人は自分と血が繋がった他人だ。高校を出た後はすぐに1人暮らしを始めた。
恋愛というものをしたことがない。容姿がそこまで良い方ではないので、告白されたことはないが、したこともない。
好きな人がいなかったわけではない。ただ振られることが嫌だったので1度もしたことがない。
今思えば失敗から逃げてばかりの人生だった。
小学1年から9年間野球部に入っていたが、まともに練習せず遊んでばかりだった。大会で負けても悔しくもなかった。
高校もあと一つ上の学力の高校に行けたかもしれないが、そうはしなかった。
やれば出来るかもしれないこともやって失敗するのが嫌で、その姿を見られるのが嫌で、いつからか挑戦することをやめた。
このまま自分の人生は何も成さず、ただ時間だけが過ぎていくのだろう。
いつか訪れる死に対しても、悲しむことも悲しまれることもないのだろう。
でも、それでいい。
誰にも迷惑をかけずに生きていけたらそれでいい。
今はそう思い込んでいる。
いつかこの思いも本心に変わるのだろう。
毎日、夜になるとそんな事を考えながら眠りにつく。その時間も無駄な時間だと知りながら。
時計の針は2時半を指していた。今夜はなかなか寝付けない、ベッドから立ち上がり家を出た。
近くのコンビニで立ち読みして時間をつぶそう、そう思い近くのコンビニに来た。とりあえず適当にパチンコ雑誌でも読もう。
深夜のコンビニは好きだ。静かで他の客もほとんどいない。揚げ物が買えないのは少し痛いがそれでも昼間のコンビニよりは居心地がいい。パチンコ雑誌以外はほとんど読まなくなってしまった。他の事に興味が湧かないからだ。パチンコも別に好きなわけではない。ただやることがないからやっている。
気がつけば4時になっていた。頭に無駄なものを仕入れたところでそろそろ帰ろう。
「ありがとうございましたー」
店員の深夜特有の声のトーンに背中を押され店を出る。あの店では自分の事はどう思われてるのだろうか。週2ほど、深夜に来てはパチンコ雑誌を立ち読みして帰るだけ。いい話のタネなのだろうか、それとも話題にすら上がらないのか。
表に立つのは昔から好きじゃなかった。注目を浴びることは同時に期待を持たれることだ。応えた人間は仮の評価が本物になる。自分は応えられる人間ではない。だから最初から表には立たない。裏で細々と生きていく。
この時間帯の路地には親しみにも似た感情を覚える。明るいときには賑わうそこも、暗くなれば人はほとんど通らず、ただ街灯の光だけに照らされる。
これからまたベッドに入り、明日からも同じ日々が続いていく。
自分はこの世界にただ1人、歩いてきた道も、これから歩く道も見えない。暗闇の中で足踏みをしているようなものだ。
気づけば家まで残り50mを切っていた。
ー私の声が聞こえますか?ー
なんだ?急に頭の中に声が聞こえる。
ーその様子だと聞こえているみたいですねー
その声は高い女性の声ではっきりとした口調だ。
ー私の名前はロマ・コラゾン。そうですね、あなたたちの言葉で言うなら神様です。ー
神様?いきなり何なんだ?
「で、そのロマ・コラゾンさんとやらが、いったい自分に何の用なんだ?」
ぼそぼそと自信のない自分の声が暗闇に消えていく。
ーふふ、ロマで良いですよ。そうですね。あなたに1つの世界を救ってほしいのです。ー
世界を救う?何を言ってるんだ?
ー健人、あなたの心は今壊れかけています。今のままでは取り返しがつかなくなります。心は体に守られていますが、それ故治すのは難しい。手で触れられないからです。世界を救うことであなたの心にも少なからず良い影響を与えるでしょう。ー
確かに今の自分の心は壊れかけているかもしれない。ただそれは治るとは思えない。当の本人が治す気がないからだ。
ーあなたは今の生活をつまらないものだと思っているでしょう。それは心が壊れているからです。本当は楽しいことや嬉しいこと、それらは目に見えて、耳で聞いてるはずなのです。しかし心が受け入れない。そして、悲しいことやつらいことばかりを見て聞いてしまう。そうしていつか何もかもを感じなくなる。ー
そんなのはとっくに分かっている。
ー他人と深く関わろうとしないあなたは、他人の気持ちが分からなくなる。他人の気持ちが分からないから他人の言葉が分からない。ー
自分はもう人とは関わりたくない。嫌な気持ちになるのもさせるのも嫌なんだ。
ーあなたの心が壊れてしまう前にあなたを救いたい。本当はこの世界がとても面白いもので、退屈しないことに気づいてほしい。ー
「どうしてお前はそこまで自分のことを気にかけるんだ?」
ー神様の気まぐれとでも言っておきましょう。今からあなたが行く世界はあなたのことを誰も知らない世界です。どうか気を楽にしてくださいー
「どういうことだ?今から行くって?」
ーでは、良い旅路をー
「待った。少しは説明をし…」
言葉は途切れ、急に意識が遠のいていった。
「……………………?」
なんだ?声が聞こえる。
「………………丈夫?」
女性の声だ。女性というよりは女の子の声だ。
「お兄さん、大丈夫?」