99.穏やかな日常
オリジナ村に雪が舞い散るようになってきた時期。
季節的にギリギリの時期に滑り込むように私達はソルスチル街へ向けて蒸気機関車を出発させた。
今回積み込んだ資材は、今まで運んだ資材量から見て約二ヶ月~三ヶ月分程の量であった。
冬の間は運行が滞るから、その分余計に運び入れておこうという魂胆なのだろう。
蒸気機関車の操作法も、かなり上達してきた。
特にリューテシアだ。
念の為という事で操作マニュアルを近くに置いてはいるが、最近は操作マニュアルに目線を落としている所を一度も見ていない。
私が一度も口出しをする事無く、拠点からオリジナ村、ソルスチル街までの長距離を見事に走らせていた。
「――リューテシアも、成長したわね」
「……急に何よ、どうしたの?」
「もう、操作方法を見なくても普通に動かせてるじゃない。これなら、もう私が運転席に同行しなくても良いんじゃないかしら?」
「う……そ、それは……」
途端に挙動不審になるリューテシア。
見た所問題は無いんだし、胸を張ってれば良いのに。
私と違って張るだけの胸があるのだから。
「……も、もうちょっとだけ一緒に乗っててくれると、助かるなぁ~……駄目?」
「……まぁ、別に良いけど」
結局、もうしばらくは私が同席する事になった。
尚、投炭作業に関してはルークとリュカの二人でローテーションさせているが、運転方法に関してはリューテシア一人に特化して教え込んでいる。
とにかく、まず最初の一人目を育てる事が重要だからだ。
リューテシアが運転方法をマスターしてくれれば、今私が立っている場所に代わりにリューテシアが立つ事が出来る。
そうすれば、リューテシアが教鞭を取ってルークとリューテシアに操作方法を教える事が出来るし、いざとなれば横入りする事も出来る。
リューテシアが操作方法を教えてくれれば、私は客室でゴロゴロしながら往来時間を潰す事が出来る。
寝てる間に移動が済むなんて、こんなに素晴らしい事は無い!
その未来がもう目の前まで来てるのだから、リューテシアはもうちょっと自信を持てば良いのに。
問題無くソルスチル街に到着し、積載した大量の資材や食料を街中へと運び出していく。
次は越冬した後でなければ、ルドルフは馬車を動かす事が出来ない。
それは即ち、越冬するまではこのソルスチル街も新たな資材を仕入れる事が出来ないという事だ。
その為、今回はかなりの量の保存食を搬入したようだ。
それと、しっかりと保管すれば腐敗とは無縁の酒なんかもかなりの量を運び込んでいる模様。
ソルスチル街周辺には余り雪が降らないので、積雪の影響で冬の間に作業する事が無く暇を持て余すという事は無いが、食料は必要だ。
今回は相当量の資材を運び入れたので、積み降ろしに時間が掛かっている。
外は寒いが、現状の街の状態が気になるので中を確認しておく。
陸橋は更に伸び、街を半分程突っ切っていた。
碁盤の目状に道が整備されており、順調に家屋の数も増えてきている。
この様子なら、作業員だけでなくこの街に居つく住人が現れるのも時間の問題のように思える。
それ以外に特筆すべき点は見当たらなかったので、そろそろ客車内に戻るとする。
客車内に戻ると、私以外の三人が車内で各々寛いでいた。
車内は魔石により冷暖房を掛けられるようになっているので、全員外套は脱いでいる。
外套を取ると、既に暖められた空気が冷え切った肌を優しく包み込んでいった。
「おかえりなさい、ミラさん」
「お、おかえりなさい」
「ただいま」
「ミラ! これ見て!」
まるで飼い主の帰りを待ち構えていたネコのように、私の元に駆け寄ってくるリューテシア。
その手にはガラス玉があり、こちらに確認するよう半ば押し付けるような形で手渡してきた。
「……ふぅん、やるじゃない」
光にかざし、中の様子を確認すると確かに中に術式が刻み込まれている。
角度を変えながら確認するが、ミスらしいミスは見当たらない。
これなら術式としては問題無く動作するだろう。
鼻を鳴らしながら、リューテシアが得意気な表情を浮かべる。
「じゃ、これを安定してミスなく出来るかね」
「うっ……」
途端に表情が揺らぐリューテシア。
「金銭的に高額な宝石を使う以上、ガラス玉と違ってミスしたらその損害は大きいわ。ミスは許されないんだから、10回やったら10回成功させる精度がいるの。まぐれの一回じゃなくて、実力の一回に出来たならまたいらっしゃい」
「ぐぬぬ……」
唸りつつも、自分でもたまたま上手く行ったというのが分かっているのか、それ以上リューテシアは何も言わずに自分の席へと戻る。
再びガラス玉と睨めっこしながら、ガラス玉内部で魔力を操作して術式を刻み込む作業に没頭していった。
「ミラさん、紅茶を淹れたのですが飲みますか?」
「そうね。貰おうかしら」
私も席に着くと、ルークは慣れた手付きでカップに紅茶を注ぎ、私の前に紅茶を運んできてくれた。
私の分だけでなく、全員分を用意した上で、ルークも自身の席へと座る。
紅茶を飲むと、身体の芯から冷えた身体が染み込むように温まっていく。
「……平和ねぇ……」
「そうですね、平和な事は何よりです」
私の誰に言うでもなく呟いた言葉に、ルークが賛同する。
生活基盤も安定してきたし、農場も作物が根付いたお陰で安定して収穫が出来るようになりつつある。
もう私達が個人で生きていくだけであらば、あの地下拠点に一生引き篭もっていても問題無いレベルである。
「ここまで、長かったわね……」
「……いや、ハッキリ言ってこんなハイペースで発展してるのは異常だと思うわよ?」
リューテシアからツッコミが飛ぶが、私からすれば遅いのだ。
如何せん私の知識が向こうの世界基準なので、どうしても現代技術と比べてしまう。
「最初にあの鉱山跡地に到着した頃を思えば、かなり豊かな環境になったわね」
「――ミラさんと最初に出会った時に、快適な生活を約束すると言っていましたが。確かに並のレベルでは無い程に快適な生活を送れていますね」
「……お、お風呂が何時でも沸いてるし、ご飯も美味しいし……」
「そりゃ、約束したからね」
契約は守ってこそだ。
この世界の生活水準は、さほど高く無いのだろう。
地下の農場による気候という自然現象に一切左右されない、不作とは無縁な食糧事情。
トイレも設置した事で、大浴場と併せて衛生環境も完璧となった。
資材や人の搬送は蒸気機関車で迅速に行う事が出来るし、あの朽ちた山だった当事を考えれば目覚しく栄えた物だ。
「それでも、まだまだ不便な箇所はあるからね。重要度が低いからってやらなくて良い訳じゃないからね、荷物の積み降ろしが終わったら帰ってエスカレーターの製造を続けるわよ」
冬の足音は着実に近付いている。
蒸気機関車は一月に一度の運行になったのだし、私達は浮いた時間をエスカレーター製造に費やす事にした。
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「――良し。これで、完成ね」
冬篭り期間を目一杯活用し、エスカレーター設置用の新しい通行ルートを開き、作業機械をフル活用し、全員の手でエスカレーターを製造。
設置を済ませ、試験運転を行った上でめでたく竣工とする。
「……先程のテストの時に、ミラさんが使っている所を見ましたが。要はこれはただ乗っているだけで良いという事ですか?」
「ええ、そうよ。歩く必要性を排除した階段、ってのがエスカレーターの根本だからね」
今回設置したのは、蒸気機関駆動によるエスカレーターだ。
速度は分速50メートル、時速に直すと3キロと、一般的なエスカレーターと比較するとかなり早い代物となっている。
速度を上げたのは、リューテシアがこのエスカレーター設置部分を掘り抜いた結果、その距離が約200メートル弱とかなりの長距離だった事が原因である。
この速度ですら、乗って地上までの距離を昇るのに約4分も掛かるのだ、これ以上遅くすると移動速度的に負担が大きい。
それと残念ながら、手すり部分にあたる素材をこの世界では調達出来ないので、手すりは取り付けられなかった。
結果、エスカレーターというよりベルトコンベア、と言うべき代物となったが、搬送力という意味では大差無しなので良しとしよう。
また、安全装置を根本的な意味では取り付けられていないので、安全性に関してはやや疑問符が残る仕上がりとなってしまったが、仕方あるまい。
一応、挟まれ事故を考慮し、動力を伝える歯車の一箇所を非常に破損し易い素材で作っておいた。
挟まれ事故が発生した際には駆動部に異常な負荷が掛かるので、そうなった際にはこの歯車が破損する事で動作を停止させる、という訳だ。
この世界にある技術力だと、これ以上の上手い手は思い付かないのでこれが限界だろう。
「これで、来訪者の送迎がとても楽になったわね。それと、出入り口を除雪する時とかで外に出る必要がある時も楽になったはずよ」
「そ、そうですね……今までは、あの長い距離を歩いてましたし……」
リュカが駅の奥にあるスロープ状の出入り口、その方向を見ながら呟く。
線路脇には普段の出入りと線路の点検用の為に階段が取り付けられているが、蒸気機関車に乗らない時はこの長い階段をわざわざ登らねば外に出られないのだ。
降りる時はトロッコに乗ればすぐなので、登る時限定ではあるが多少不便だったのだ。
「と、言う事は。ミラさん、このエスカレーターというのにトロッコを載せて上まで登っていけば、蒸気機関車に頼らずともほぼ歩く必要が無くなるのでは?」
「そうなるわね。ただ、転げ落ちないようにしてよ」
エスカレーターの使い道は色々思い付くが、これでまた移動手段が増えて快適な環境に一歩近付いた。
そんな事をしつつ、時折ルドルフをソルスチル街へと送り届けたりしている内に、またロンバルディア地方には春が訪れようとしていた。




