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98.エスカレーターと新設路線

「そういえば、来訪者対策で思い出したけど。私達が出迎える場合は良いんだけど、相手が訪ねて来た場合だとこの拠点って不便なのよね」


 私達が住む、この地下拠点は地下数百メートルの位置に存在している。

 普段は蒸気機関車で移動する事が多いので、私達はあまり不便に感じていないが、来訪者視点で見るとまだまだ不便さが目立つ。


「なので、今回はエスカレーターを製造しようと思います」


 プレス機のお陰で、ある程度自由にローラーチェーンを製造出来るようになった。

 また、動力の問題も蒸気機関によって解決している。

 なので、エスカレーターを製造する下地は完成している、作る上で技術的な問題はクリアしたと言えよう。

 ただ、安全機構を作れる程技術は届いていないので、挟まれないように気を付けねばならないが。


「……エスカレーターって、何?」

「簡単に言うと、動く階段よ」

「か、階段が、う、動くんですか!?」

「ええ。歩かずとも高所と低所を移動出来る、優れものよ」


 移動手段としては他にエレベーターなんかもあったが、エスカレーターと比べて構造が複雑だし、特定階でピンポイントに止まるというのは現状の技術では難しい。

 それに、蒸気機関車を走らせるという事情もあり、この地下拠点は出入り口から斜めに位置している。

 エレベーターで単純に昇降するだけでは着かないし、斜めに移動するならばエスカレーターで良いではないかという事になった。

 エスカレーターなら、スロープ状の通路とマッチしているし。


「ただ、当然だけど構造は複雑よ? 蒸気機関車程酷くはないけど、トロッコ何かとは比べ物にならないわよ」


 で、問題は設置箇所だ。


「設置箇所を作らないといけないから、リューテシア。また新しい通路開拓お願いね」

「言うと思ったわよ!」


 蒸気機関車が通るスペース程広く作る必要は無いが、体格が大きかったり荷物を抱えてても乗れたりしなければならないので、それなりに大きく作らねばならない。

 エスカレーターを仕込む広さも取らねばならないし、エスカレーターは行きだけでなくて帰りの分も作らねば意味は無い。

 ギアを利用して切り替えれば一つでも良いかもしれないが、それだと行きと帰りを同時に利用したい場合に不便が生じる。

 結局、二つ作った方が良いのだ。

 設置場所は、来客を出迎えるという意味でも大広間付近に位置していた方が都合が良い。

 大広間から続く新たな小部屋を製造し、そこからスロープ状に地上へ向けてリューテシアが魔法を用いて掘り抜いていく。

 一度小部屋を中継する理由は、侵入者対策だ。

 外部から不審な人物が入り込んだ場合、即座に大広間と繋げると侵入者が直通で通れてしまう。

 なので、外部からの来訪者に対し、一度この小部屋で不審な人物ではないか確認した上で通すようにするのだ。

 これならば拠点のセキュリティ面でも安全だ。


「だから、リューテシアはとりあえず地上に向けて斜めに掘り進んじゃって。その間に私達は先行してエスカレーターの製造開始、リューテシアが穴を掘り終わったらリューテシアもエスカレーター製造に合流してね」


 ただ、流石に仕組みが複雑だ。

 工作機械のお陰で大幅に製造時間を短縮出来るとはいえ、間違いなく数ヶ月単位の製造工程になるだろう。

 恐らく、冬の到来までに間に合わない。

 エスカレーターの本格始動は、来年の春からになりそうである。



―――――――――――――――――――――――



「――どうだ?」

「……そうね。この品質なら問題無いわ」


 オリジナ村からルドルフが運び込んだ資材を貨物車両に積み込んでいる待機時間中、私はルドルフに呼び出された。

 何でも、オキの所にやってきた新しい作業員が作った線路を見て欲しいとの事であった。

 一応、オキのチェックが入った上でオキから合格点を貰っているらしいが、念の為見て欲しいそうだ。

 無論、オキの目に狂いは無く。これならば私達の乗る蒸気機関車が走るに耐え得る仕上がりだ。


「なら、これでやっと線路敷設に入れそうだな」

「……それなら、ルドルフさんに一つだけですけど贈り物をしようかと思います」

「贈り物?」

「ええ、コレです」


 一度ルドルフの目に見えない位置に移動し、ものぐさスイッチでトロッコを取り出す。

 このトロッコは、私達で一番最初に作ったトロッコである。

 既に私達には二代目のトロッコが存在しているので、このトロッコは現状お払い箱なのだ。


「これは……何時もお前等が乗り回してたトロッコとかいう奴じゃないか!」

「私達は、もう新しいトロッコを作ったので必要ありませんから。線路を敷設するとの事なので、あると便利だと思います。遠慮無く壊れるまで使い潰しちゃって下さい」

「くれるってなら助かるが……本当に良いのか?」

「構いません。新しいのがある以上、古いのは使いませんし、ゴミとして処分するのも忍びないので……」

「……そういう事なら、有難く使わせて貰うよ。ありがとう」

「お礼なら、線路を完成させた結果で示してくれれば助かりますね」

「ハッハッハ! そうだな! なら、あいつ等には頑張って貰わねえとな!」


 ルドルフにトロッコを譲渡する。

 だが今すぐ手渡した所で邪魔になるので、ソルスチル街に到着してから改めて渡す事にした。

 品質に問題が無い事も確認した線路も貨物車両に追加で積載し、私達は再びソルスチル街へと向かうのであった。



―――――――――――――――――――――――



「――おお。そう来たか」


 素直に感心し、呟く声が漏れる。

 再び私がソルスチル街へ足を踏み入れた時、その景観は大きく様変わりしていた。

 何故なら、街の中央部を走る巨大な建造物があったからである。

 それは、石造りの陸橋であった。

 その陸橋には下を通過出来るように、馬車が悠々通れる十分なスペースを確保してあり、その通路が大通りと連結して往来を容易くしてあった。

 蒸気機関車という鉄の塊が通過するという事もちゃんと考慮してあり、その橋の強度は蒸気機関車が走行しても尚、余裕を持って支えられる十分な頑強さをその身で物語っていた。

 生憎、まだ完全に完成した訳では無いようで、街の三分の一辺りの位置でその陸橋は途切れてしまっている。


「蒸気機関車から積み下ろしを行って、街全体に行き渡らせる事を考えると線路は街の中央を走ってた方が効率が良いからな。だが、中央に蒸気機関車が止まってるとその間は往来の妨げになる。なら、下を潜って通り抜けて行けば良いって話になったのさ」


 もしくは、上を抜けるかね。

 ルドルフから説明を受けたが、ケチの付けようが無い。

 成る程、キチンと先を見据えた設計が成されている。


「こんな感じで、通路を作れば良いんだよな?」

「ええ、そうね。ただ一つだけ追加させて貰うなら、線路は最低でももう一本走らせる必要があるって念頭に置いて行動してくれればそれで良いわ」

「もう一本?」


 現状は一本あれば足りる。

 何故なら、線路を走る蒸気機関車がこの世界に一台しか無いからである。

 だが、もっと先の未来。二台目、三台目の蒸気機関車が生まれた際には、必ずもう一つの線路が必要になる。

 行きと帰りの車両を、同時に二台走らせる事は出来ないからだ。

 その説明を、ルドルフに口頭で伝えておく。


「――成る程、な。じゃあ線路を通す道を作る際には、線路を二本分走らせる事が出来るだけのスペースを確保して道を切り開かなきゃならないって事か」

「そうなりますね。現状は一本通せるだけの道幅があれば良いですが、いつか追加でその作業をしなければならない、って事を知っていてくれれば今の所はそれで良いです」

「……分かった。そこは肝に銘じておこう。ま、何はともあれまずは最初の路線を作る事が先決だな」


 ルドルフが意気込み、既に製造に着手している陸橋を視界に入れる。

 そろそろ、本格的な線路敷設になりそうだ。


「そうだ。線路敷設が本始動するなら、その時に線路敷設に関する知識を持った私達の中から誰かがこの街に出向くと思います。その時は、線路の敷設指示にちゃんと従って貰うよう作業員に伝えて貰えますか?」

「そうか……分かった、そう伝えておこう」


 何も言わず、どこぞからやって来た輩が横から口を挟んでくるのは作業員からすれば間違いなくストレスの元凶となるだろう。

 だが、ここの世界の作業員には線路敷設に関する知識を持った者が存在しない。

 普通の道を作るのと、線路を敷設するのは作業内容が大違いなのだ。

 ここだけは、絶対に譲れない。安全な線路が敷設出来ないなら、蒸気機関車は走らせられない。


「――所で、そろそろ冬になるんだが。この蒸気機関車の力は認めてるんだが、あの雪の壁を本当に抜けられるのか? アーニャから聞いただけだから、俺は実際にその目では見てないんだが」

「ええ、問題ありません」


 今の私達には、雪掻き車があるからね。

 無論、進行速度は落ちるが、それでも馬車と同じかやや遅い程度だ。

 走行速度が落ちるのでこのソルスチル街まで一日で到着とはならないが、それでも二日は掛からないだろう。


「なら、冬の間も走って貰う事は可能か?」

「問題ありません。むしろ問題があるとすれば、ルドルフさんの方では?」

「俺がか?」

「冬だとオリジナ村からルドルフさんは出られませんし、新しく資材を持ってくる事は出来ません。それに、雪掻き車も蒸気機関車同様に石炭を食って動いてるんです。なので、冬の間に移動するなら雪掻き車の分、余計に石炭を食いますよ?」

「う……」


 ルドルフが押し黙る。

 ただまぁ、外部から新しく資材を持ってくる事が出来ないのは、オリジナ村で過ごしているルドルフが知らない訳が無いのだからこれは余計なお世話だろう。

 問題は、石炭の方だろうか?

 毎回毎回馬車で石炭を持ち込んでいるが、蒸気機関車は相当な大飯食らいだ。

 現状でも石炭を運ぶだけで馬車が二台、三台では利いていないのに、そこに雪掻き車まで加われば……運ぶ手が足りない。


「……すまんが、冬の間は一月に一度だけ走って貰えるか?」

「ええ、構いませんよ」


 資材を届ける事が出来ないにも関わらず、ソルスチル街へ向かうのは恐らく伝達事項関連だろうか?

 まぁ、私が口を挟む事では無いだろう。


 少しずつ、寒風の足音が近付いてくる。

 ここロンバルディア地方に再び、冬の季節が訪れようとしていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 線路じゃ無くてレールじゃ無い? 後、分岐器よりポイントの方がしっくりくるけど正確には分岐器ですよね。
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