97.ソルスチル街
ルドルフと話して決めた、二週間後に再び私達はオリジナ村を経由して海岸へと向かう。
海岸へと到着し、居住地となっている外壁近くまで向かうと、そこには以前存在しなかった立派な看板が取り付けられていた。
ソルスチル街、とそこには書かれていた。
ふーん、この場所に名前が付いたのか。
なら、私達もそう呼ばないといけないわね。
自宅発、オリジナ村経由、ソルスチル街行き。
良いじゃない、順調に近代化していってるわよ。
海岸改め、ソルスチル街の街中へと入ってみる。
何か以前は無かった建物が一つ出来てるわね。アレは……酒場か。
寝床も出来、食料を含めた生活用品はルドルフが調達して私達が運び入れている。
衣食住が足りた訳だし、嗜好品に走ったという訳か。
歩道の整備も進んできており、海岸には船や網なんかの存在も確認できた。
おっ、これはもしかして。
「――ルドルフさん、もしかしてもうこの街では漁が始まってるんですか?」
ルドルフを探し出し、この街の現状の報告を受け取る。
やはり船と網が出ていた事から察した通り、既に魚の漁が始まっているようだ。
作業員の中には漁に関する知識がある者も乗り込んでいたそうで、少しずつではあるが漁によって魚を収穫しているそうだ。
「実は私達、生簀の製造が完了したんです。もしまだ生きている魚がいるなら、少しばかり買い取らせては貰えませんか?」
「俺は商売人だからな、金さえ払ってくれるなら構わんが……ここからオリジナ村までかなり距離があるぞ、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですよ」
何しろ貨物車両一台丸々使用した生簀なのだ。
入る海水量も半端ではない。
魚の十匹や百匹、一日生かしておく位ならどうという事は無い。
「……本当に大丈夫なら、こっちからも頼みがあるんだ。俺の分の魚も一緒に運ぶ事は出来ないか?」
「それ位でしたら構いませんよ。……アーニャさんの為、ですか?」
「ん……まぁ、そうだな。魚なんて、こっちに来てからアーニャに一度も食わせてやれてないからなぁ」
頬を掻き、視線を泳がせつつルドルフは答える。
それはまぁ、確かに。
鮮魚なんて痛み易い食材トップだし、冷凍して運ぶなんてのもこの世界では無理難題だろうし。
オリジナ村という内陸部に住んでいたらそりゃ魚なんて食べる機会はまず存在しない。
「そっちは何が欲しいんだ?」
「うーん……この辺だと何が捕れるのか分からないんですけど、オススメとかありますか?」
「そうだなぁ……この時期なら、秋刀魚なんか良いんじゃないか?」
「秋刀魚ですか! 良いですねそれ。それじゃあ秋刀魚を10尾程貰えますか?」
「秋刀魚を10尾だな、よし分かった! 活きの良い奴を持ってきてやるよ!」
「それじゃあ、生簀の準備をして待ってますね。お願いします」
ルドルフから今晩の晩御飯を買い付ける約束をした後、私は上機嫌で蒸気機関車の元へと戻る。
秋刀魚かー。美味しいわよねあれ。
串に刺して丸焼きでも勿論美味しいけれど、レモンを掛けても美味しい。
塩で蒸し焼きも良いわね、そういえば塩が余りに余ってたっけ。うん、塩焼きにしようそうしよう。
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「――と、言う訳で。生簀に水を張ってくれないかしら? 勿論、水は海水でお願いね」
「何がと言う訳で、なのかは知らないけど。普通の水じゃなくて海水で良いの?」
「うん、むしろ海水じゃないと駄目なの」
「ふーん。なら、これで良いか」
生簀の車両を接続し終えた私は、リューテシアにお願いして生簀に水を張る事にした。
生簀は必要に応じて間仕切りを仕込む事が出来る構造になっており、魚の大量搬送と小規模搬送を使い分ける事が可能になっている。
今回は個人的な搬送量なので、生簀をそんなに大きく使う必要は無いので間仕切りを入れてある。
「水よ、逆巻き叫びを挙げよ! アクエリアスロアー!」
リューテシアが呪文を詠唱し、魔法を発動する。
大海原に存在する海水を利用し、海からさながら水龍とでも形容すべき大質量の海水が空へと立ち昇り、真っ直ぐに生簀へと向かって飛び込む!
リューテシアがちゃんと威力を抑えたのか、生簀が車両ごと多少揺れはしたものの、何処も破損する事なく生簀へ水を張る事が出来た。
「ほら、これで良いんでしょ?」
「……物凄い水が撥ねたんだけど」
というか、水被ったんだけど。
大部分は生簀の中に入ったが、その余波だけでも私の小さな身体をずぶ濡れにさせるには十分過ぎた。
「ふん。普段から私の事をこき使ってる罰よ、少し位困れば良いわ」
「ちゃっちい嫌がらせねぇ……」
まぁ良い、着替えくらいものぐさスイッチの中から出せば良い。
客車の中で着替えれば良いか。
着替えた。
こういう風に水に濡れて着替える際に、着替えシーンに異性が突入してくる事とかあるけど、鍵を掛けなさいよと言いたいわね。
別段お色気シーンが発生する事も無く、車両を後にする。私に色気なんて皆無だけど。
「おう、ミラ! 魚を持ってきたぞ!」
着替え終わって数分後、ルドルフが魚を荷車に乗せて現れた。
壺の中に入っており、まだ元気に壺の中を狭そうに泳いでいる。
「ありがとうございます。これが生簀です、この中に入れておけば一日位は持つはずです」
「……おいおい、車両一つ丸々生簀とは随分豪華だな」
「そうですか? 今後の事を考えればこれ位は必要だと思いますけど?」
今は過剰かもしれないが、未来を考えればこれでも足りない位だ。
何事も未来を見据えて行動せねば、二度手間三度手間になる。
「まぁ、良いか。この中に魚を放り込めば良いんだな?」
「ええ。リュカー、手伝ってあげてー」
「えっ、あ、はい」
ルドルフ一人に任せるのも悪いので、リュカに手伝って貰い魚を生簀へと放っていく。
生簀の中に入った魚達は、壺の中から開放されたとばかりに心地良さそうに生簀の中を泳ぎ回っていた。
「それじゃあルドルフさん、もう出発しますか? それともまだ何か用事があったりしますか?」
「いや、もう出発しよう。活きの良い魚をアーニャに早く届けてやりたいしな!」
オリジナ村のある方角を見ながら、嬉しそうに決断するルドルフ。
たかが魚でそこまで嬉しいか、まぁ、内陸では貴重ではあるけど。
こんな程度でルドルフやアーニャが喜ぶなら、まぁ悪くない。
石炭代もルドルフ持ちだし、これ位なら頼まれればいくらでも運べる。
「ならオリジナ村まで戻りましょうか。蒸気機関車を走らせるのはまた二週間後で良いですか?」
「ああ、それで構わない」
再び蒸気機関車を走らせる日時を確定させ、ルドルフをオリジナ村へと送り届ける。
村に着いた時には既に夕暮れになっていたが、蒸気機関車の走行音を聞き付けたのか、ルドルフの帰りをアーニャが外で待っていた。
生簀から取り出した肴を見ると、アーニャは目をキラキラと輝かせて食い入るように見ていた。
そんなアーニャを見て、頬を緩めるルドルフ。
二人は大切そうに魚の入った壺を抱え、自宅へと戻って行った。
「……私も秋刀魚食べたいし、さっさと帰りましょうか」
拠点へと戻り、買い取った秋刀魚は綺麗に私達のお腹へと入っていった。
塩焼き、レモンを掛けたり。とても美味しゅうございました。
魚の骨や頭は畑の肥料となりました、無駄なく有効活用しないとね。




