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96.エリア分けと厠

「今日は、この地下拠点にエリア区分をしようと思うの」

「……エリア区分?」


 地下拠点へと戻った私は、今回この拠点で行う作業について説明を始める。


「……私達、部外者と関わる頻度が増えてきたでしょう? だからその内、この地下拠点にも大勢人が来る事もあると思うの。だけど、部外者に見せるのは不味かったり、触らせるのが危険だったりする道具とかもあるじゃない?」

「そうですね……確かに、以前作ったプレス機というのは誤って触ってしまうと危険な道具ですしね」

「だからこの拠点を細かくエリア分けして、不特定多数でも出入り可能なスペースと関係者以外立ち入り禁止のスペースで区分けしようと思うのよ」


 用意しておいた黒板にチョークを用いて書き出していく。

 尚、チョークの主成分は炭酸カルシウム――つまり石鹸製造に散々使っている成分なので、作る事は可能だったので今後の事も考えて製造しておいた。

 改めて、黒板に今現在この拠点に存在している施設を書き出していく。


・駅

・大広間

・倉庫

・寝室

・客室

・応接間

・坑道水没地点

・大浴場

・実験農場

・製鉄場

・作業場(研磨機、プレス機、石鹸製作機等)

・中枢部


 一番入られては困るのは、この拠点の魔力的機構を統括している中枢部である。

 ここは、私とルークとリューテシア、この三名以外は入れない、実質封鎖状態にして良いだろう。

 中枢部を操作されると、この拠点を乗っ取られてしまうからこれは当然の処置だ。

 そして作業場も、私達四人と同行している者以外は入る事を禁ずる。

 技術漏洩が怖い訳ではないが、変にいじられて死傷事故を起こされては困る。

 死体を片付けるのは面倒だしね。

 製鉄場も溶鉱炉なんかが置いてあるし、こちらも作業場同様関係者及び同行者以外立ち入り禁止で構わないだろう。


「振り返ってみると、昔と比べてこの場所も随分施設が増えて住みやすくなったわね」

「……やったのはほとんど私だけどね……」


 リューテシアが遠い目をしながらそう呟く。

 まぁ、実際そうなんだけどね。特に広さを要する実験農場が大変だった。大変だったのはリューテシアだけど。


「ま、そんな訳で後々三人には特殊な鍵を配布しようと思ってます」

「鍵?」

「魔石を用いた魔力認証式の鍵よ、ルークとリューテシアには全施設の通行許可を、リュカには中枢部以外全ての通行を許可する鍵をね」


 リュカだけ中枢部に入れないのは別に差別している訳じゃない。

 リュカは魔法を使う才能が無いので、あんな術式まみれの部屋に入ってもやる事が無いのだ。

 やる事が無いなら、入る必要は無い。リスク軽減の為にも、入る必要がある者以外に権限を与えるべきでは無いのだ。


「まぁ、やるって事だけ知ってて貰えれば良いわ。今回やる事が複雑だから、全部私がやる予定だしね」


 それに、今までは蔑ろにされ続けていたが、各人が個人的資産を持っているのだから、そういった財を守るのとプライバシーの保護という観点からも鍵は必要だ。

 一応、今までも閂式の鍵は取り付けていたが、アレは中に誰かいないと開け閉め出来ないので、鍵としての性能は下の下だ。

 今回、こうしてマトモな鍵をようやく取り付ける事が出来る。


「で、その間に皆さんには生簀を作って貰おうと思います」

「いけす?」

「生簀……確か、網に掛かった魚なんかを入れておくスペースの事ですよね?」

「ええ、そうよ。貨物車両一つを丸々使って作るわ。要は、中に大量の海水を注いで、魚が泳げるスペースを確保する。これさえ守れてれば、形は任せるわ」


 もう、三人は一から十まで全て説明しなくとも分かってくれるだろう。


「……海水を入れる、って事は前に線路で使ってた錆を防止する付与魔法が必要だよね? 確か塩が鉄を錆びさせる原因なんだっけ?」

「ええ、正解よリューテシア。ちゃんと私が言った事を知識として吸収出来てるわね」


 魚介類の鮮度を保ったまま運ぶ最強の方法は、生かしたまま運ぶ事だ。

 これ以上の手段は存在しないので、遠方で新鮮な魚介類を食べるというなら生簀は必須だ。

 魚を生かしておくならば、当然海水も必要になる。川魚なら水で良いのだが。

 防錆加工は必須だ、なので作った後にリューテシアに仕上げをして貰う必要がある。

 ま、プレス機も稼動開始したので三人の力なら一週間もあれば完成させられるだろう。

 私はその間に、ささっと中枢部の術式組み換え、及び私を含めた四人分の鍵を製造してしまおう。



―――――――――――――――――――――――



「……えー。皆様にお知らせがあります」


 生簀の製造は問題無く終了し、私自身の目で確かめて不都合が無い事も確認した。

 これならば実働させても問題無いだろう。


「何よ急に改まって」

「前々から作ろうと思ってたんだけど……そろそろちゃんとした厠を作らない?」


 厠、即ちトイレである。

 今までは外に捨てていたが、今後の事を考えるとそろそろトイレという施設を作っておきたい。


「トイレですか……そうですね、確かにあると便利ですね」

「……何かさぁ。ミラがわざわざ改まって説明した所を見ると、絶対ロクな事じゃないと思うんだけど」


 失礼ね。

 私はただムダ無く効率的に行動してるだけなのよ。

 だって、ムダな行動とか面倒臭いじゃない。


「そんな大した事じゃないわよ。トイレを四箇所作るだけだからね」


 今回、新たにトイレを製造する場所は実験農場横に新たに製造する新造スペース、その上部である。

 方式は汲み取り式で、所謂ボットン便所というやつである。

 別に水洗式にしようと思えば出来るのだが、今回はあえて汲み取り式を採用する。

 その理由は、農場横に設置するというのがミソである。


「この世界でも、農場なんかではやってるはずよ? トイレを作るとは言ったけど、どちらかと言うと肥溜めを製造する面の方が強いわ」


 糞尿は、作物にとっては貴重な肥料であり栄養分だ。

 運搬の手間を考えると、農場横に設置するのが一番効率的だ。

 無論、悪臭とガス対策に換気は常時稼動させるつもりだ。


「成る程、肥溜めですか。確かにそれは必要ですね。ですが、四箇所作る意味は何なのですか?」

「知らないの? 糞尿を肥料として活用させるなら、少し寝かせる必要があるのよ?」


 そのまま垂れ流すと、畑がハエなんかの害虫のたまり場と化してしまう。

 そうならないようにする為と、微生物による分解を進める為にも少し熟成期間が必要なのだ。


「だから、トイレを四箇所作るの。んで、この四箇所を一定期間毎にローテーションで使っていくのよ」


 溜まったら次へ、そこも溜まったらそのまた次へ。

 こうして回っていけば、最初の場所に戻る頃には熟成は完了しているという訳だ。


「――と、言う訳でリューテシア。お願いね」

「……言われると思ったわよ。大きさはどの位なのよ?」

「1キロ四方でお願い」

「ハァ!? 何よその大きさ!? トイレの家でも建てる気!?」


 トイレとしては規格外の大きさを告げた所、案の定リューテシアが驚きを隠しもせず噛み付いてくる。

 今後の事を考えると、これ位の大きさは必要なのだ。


「じゃ、頑張ってねリューテシア。これが終われば外に糞尿を捨てに行かなくて済むから楽チンよ。ルークとリュカは木材とかを使ってトイレの建設をお願いね」


 再びルドルフと約束した次の蒸気機関車の便を発車させるまで後一週間。

 その期間を目一杯使用し、私達はトイレの製造を続けるのであった。

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