95.分岐器
翌日。
転車台の設置も終えたので、折角なので練習を兼ねてものぐさスイッチ未使用で蒸気機関車を反転させる事にした。
積み荷を降ろしている間に少しずつ向きを変え、蒸気機関車を転進させる。
「……ねえ、ミラ。思ったんだけど、線路って分岐させられないの?」
「分岐?」
「この転車台っていうので蒸気機関車を転進させられるようになったけど、進むべき線路に既に車両があるから通り抜け出来ないでしょ? もし線路を分岐させられるなら――」
「――つまり、分岐器が欲しいのね。勿論、作れるわよ」
リューテシアの言いたい事を察し、肯定する。
アレは線路の延長線だ、作るのはそう難しくは無い。
つまり、リューテシアは転車台を利用して蒸気機関車を反転。
貨物車両の横をもう一つ用意した別の路線から迂回して貨物車両の前まで分岐器を通して通り抜ける。
その後改めて貨車と連結した方が貨物車両含めて転進させるより手間が掛からない――
「――って、事を言いたいんでしょ?」
「出来るなら、どうして最初からやらないのよ」
「私はね、貴方達に『気付いて』欲しいのよ。気付く力、改良する力を養ってこそ、世界は前に進んでいけるんだから。改良する事、進化する事を辞めたら世界は停滞するわよ」
停滞して貰っては困る。
私は、快適な生活を送りたいのだ。
その為には世界の平均的な生活水準、技術水準が上がらねばならない。
この世界には進化して貰わねば。
「良く気付いたわねリューテシア。なら、帰ったら早速分岐器を作りましょうか」
貨物車両の積み荷を全て外壁の中へと引き上げた後、私達はオリジナ村へと向けて転進、帰路に付く。
途中オリジナ村に立ち寄り、ルドルフを降ろすと同時に今回の石炭使用量分、ルドルフの石炭在庫から対価として頂いて行く。
キッカリ二週間後に再び蒸気機関車を走らせる事を約束し、私達は地下拠点へと戻ってきたのであった。
「――さて。それじゃあ分岐器を作っちゃいましょうか」
とは言っても、通常の線路作成に毛が生えたような作業だ。
電気信号で遠隔操作、などという高度な真似は出来ないので、普通にレバーを用いて手動で切り替える事にする。
折角なので、海岸部分だけでなくここの駅部分も含めて二つの分岐器を製作しておいた。
これで蒸気機関車の転進作業が非常に楽になる。
とりあえずこの地下拠点にはさっさと設置してしまう事にしよう。
分岐器の片割れを設置し終えた辺りで、ルドルフと約束した二週間が経過する。
ルドルフから受け取った石炭を炭水車に詰め込み、有り余っている水を供給した上で再び貨物車と客車を引き連れてオリジナ村へと向かう。
再びルドルフが運び込んだ積み荷を貨物車へと移し替え、ルドルフ自身も乗り込んだ上で蒸気機関車を発車させる。
何故かアーニャも一緒にくっ付いて来たが、特に気にしない事にする。
蒸気機関車の運転作業をそれなりの回数積み重ねた事で、リューテシアとリュカの過度な緊張感は既に完全に霧散していた。
流石にまだ完全に操作法を暗記した訳ではないので、操作マニュアルを手放せないようではあるが、段々リューテシアやリュカに対して口を挟む回数が減ってきた。
このまま回数を重ねていけば、いずれリューテシアの手から操作マニュアルが消えるのも時間の問題だろう。
再び丸一日、大陸横断路線を走り切り、海岸まで私達は辿り付く。
一応、警戒の為にルドルフは毎回護衛として傭兵を連れて来ているのだが、魔物の襲撃はこれまで何度も走らせているが一度も無い。
陸生の魔物如きの脚力では、瞬間的にこの蒸気機関車の速度に並ぶ事は出来るかもしれないが、継続してその速度を出せないので蒸気機関車に追い付く事が出来ない。
空からなら届くかもしれないが、空を飛ぶ魔物如きが蒸気機関車に喧嘩を吹っ掛ける事は出来ないだろう。
空を飛ぶという事は、飛行の為に体重をなるべく軽くするのが自然界の鉄則である。
対し、蒸気機関車は鋼鉄の塊だ。それに加え、魔物がエサとして狙う人間は全員鋼鉄の檻とでも言うべき運転席、及び客車内にしか存在しない。
強度と自重の暴力で、空を飛ぶ魔物では勝負にならないのだ。
ウェイトの比率で言うならば、熊とネズミが戦うようなものだ。鎧袖一触で終わりである。
空は体重が足りず勝負にならず、陸はそもそも追い付けないからこれまた勝負にならない。
蒸気機関車の走行中に限り、魔物は手も足も出ないのだ。
もし走行中の蒸気機関車を脅かす存在があるとすれば――
「ミラ、着いたわよ」
「ん。お疲れ様」
と。そんな事を考えていたら海岸へと到着したようだ。
運転席から降りてみると、外壁にはさほど変化は無いが、それ以外が色々と変化していた。
まず、門が付いた。これで魔物の襲撃への対処と人の出入りをスムーズにする事が出来ている。
中はどうなっているのか気になったので、門を潜ってみると中は忙しなく動き回る作業員でごった返していた。
往来の邪魔になっては迷惑なので、門から少し離れた壁面に背を預けながら周囲を見渡す。
外壁の大きさでおおよその中の広さは予想していたが、大体大きさは3キロ四方といった所か。
既に数件の家屋が建てられており、もう作業員たちは野宿生活を脱しているようだ。
まだその程度ではあるが、徐々に集落としての体裁が整いつつあった。
「おう、どうやら順調みたいだな。資材と食料、それと酒も持ってきてやったぜ」
「流石ルドルフの兄貴! んじゃあ早速今晩辺り」
「ハメを外し過ぎないようにしろよ? 作業に支障が出たら意味ねえからな」
「勿論分かってますよぉ! ……それと、向こうにあるストルデン村って所から以前村長が来たんですが……」
「そっちの件は前言った通り全部お前に任せる。謝礼を提示しつつ協力を仰いでくれ、あちらにとっても悪い話じゃないはずだからな」
ルドルフがここの監督役だと思われる男と談笑している。
どうやら今回持ってきた積荷を受け渡しているようだ。
そんな二人の様子を見ていると、視線に気付いたルドルフがこちらに歩み寄ってくる。
「おお、ミラじゃないか。どうした?」
「いえ、特に今の所ここに用事がある訳じゃないんですけど。中がどうなってるのか気になりまして」
「ま、二週間じゃまだこんなモンだろうさ。今はまだ足場を踏み固めてる最中だからな、ここを足掛かりにしつつ、本来の目的に移るつもりさ」
「そうですか……所で、折角なのでルドルフさんと今後線路をどういうルートで走らせるかを相談したいんですが、時間は大丈夫ですか?」
「ああ。まだ荷物を降ろすには時間が掛かるだろうし、一時間位は余裕があるな」
「なら、少し時間を貰っても?」
「構わないぞ」
ルドルフから了承を取れたので、一度外壁の外に出て周囲を見渡す。
「――今はこうして、線路が外壁の外部に存在している状態ですけれど。今後、荷物の積み下ろしなんかを考えるとこの線路をあの外壁内部を通過する形で延ばした方が効率が良いと思いませんか?」
「そりゃ、確かにな。今は少しこの線路と外壁まで距離があるからな」
「ただ、あの中を通過するとなると折角作って貰った外壁を一部くり貫く事になるので、その辺りをご了承して貰いたいなと」
「……まあ、そうだな。となると魔物が……いや、この線路が延びてる部分にも門を取り付ければそれで良いか」
「そうですね。ですので、今後の作業効率も考えて早めに線路延長を始めて貰いたいなと思いまして」
「……そうだな、この距離の荷物運搬も回数を重ねるとそれなりに時間をロスするからな。所で、線路ってのは前々から気付いてはいたがウチの村のオキの奴が作ってるアレで良いんだよな?」
「ええ、そうです。ですから、線路の製造依頼はオキさんに頼めば大丈夫です」
「そうか。しかし、となるとオキ一人じゃ手が足りなくなるかもしれんな……」
私達も線路を作って貰ってはいたが、冬篭り期間や個人規模での敷設であるが故にオキは間に合っていたのだろう。
こうやって事業規模にまでなってしまうと、間違いなくオキ個人では手に余る。
「……オキの奴と交渉して、線路の作り方を職人に仕込んで貰うか……別に、構わんよな?」
「勿論です。線路の製造法なんて、秘匿するような物じゃないですから」
「なら、その方向で行くか……線路は、この辺りを通過する感じで良いか?」
「ええ、大丈夫です。理想としてはあんまり曲がったりしない方が――」
この場所ももう少しすれば、足掛かりとして十分な環境が整うだろう。
今後の線路延長計画の草案を踏み固めるべく、一時間程ルドルフと話を煮詰めるのであった。
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「ちょっとミラ、貴女何処行ってたのよ? ミラがいないと分岐器を取り付けられないじゃない」
ルドルフとの話を切り上げた私は、再び蒸気機関車の元へと戻ってきた。
不服そうな顔でリューテシアが私を出迎える。
「ああ、それなんだけどちょっと延期で構わないかしら?」
「えっ?」
「今しがた、ルドルフさんと線路の延長計画を話してきたんだけど。今分岐器を取り付けると二度手間になりそうなのよね。だから、取り付けるのは線路を延長して、あの外壁の中を通過した後で取り付けようと思うの」
「……じゃあ、それまでこの不便な状況で我慢するしか無いのね……」
「やり方は分かったんでしょう? 時間の無駄だからそれまでは私が転進させるわよ」
私なら、ものぐさスイッチで一瞬で済ませられるからね。
「だから、今回の分岐器設置作業は無しで。自由時間にするから、冷却システムの設計なり魔石の製作練習なり好きにしてなさい。荷物搬送が終わるまで暇だからね」
明らかに二度手間になるのが見えている作業をする意味は無い。
折角なので今日は各自自由行動という事にした。
……んー、分かってはいたけど、これからはもう個人規模という訳には行かないだろうなぁ。
帰ったら、少し作業しないと。




