94.新たなる集落
三人にそれぞれ仕事を振りつつ、時間をぴょんぴょん飛び跳ねていく。
最近は目立った出来事も問題も発生していないので、一週間単位で未来へと跳躍する。
数回飛んだ辺りで、ルーク経由でルドルフからの報告を受ける。
「ミラさん、ルドルフさんから伝言です。蒸気機関車を動かせないかとの事です」
「了解。皆は他に何か重要な用事とかあったりはしないわよね?」
「ミラさんから与えられた課題と作業内容以外は特に受け持っていないので、その作業の手を止めて良いとミラさんが許可して頂けるのであらば」
「ええ、貴方達に与えた課題は大至急、って物でも無いからね。なら、一度作業は中止ね。私達は何時でも動けるってルドルフに伝えておいて」
「分かりました。今すぐの方が良いですか?」
「そうね。ルーク、悪いけどオリジナ村までトロッコでひとっ走りお願いね」
「では、そのようにルドルフさんに伝えて来ます」
近々動く事になりそうだ。なら、時間跳躍は一旦中止ね。
ルークがオリジナ村まで報告に向かっている間に、以前アレクサンドラとクレイスと約束しておいた、入り口に連絡用の手段を取り付けるという作業をこっそりと一人で済ませておいた。
とはいえ、簡易的な代物なので拠点入り口と地下の大広間だけでのみ通話可能というやっつけ仕事ではあるが。
これでとりあえず、インターホン的な役割は果たせる。
「戻りました。ミラさん、出来れば海に着いた段階で早朝になるよう蒸気機関車を走らせて欲しいとの事です」
「そう……なら、悪いんだけどルーク、私を連れてもう一回だけオリジナ村まで行ってくれる? 貨物運搬車両をオリジナ村に置いておきたいのよ」
貨物車両への積載をルドルフに任せ、後は出発するのみという状態にしておきたい。
いざという自体を考え、貨物車両は時間の合間合間を縫って製造し続けた結果、既に十両目が完成している。
これだけあれば、ルドルフの望む資材運搬に答えられる……はず。
それに加え、客車も繋げれば人員も運べる。
石炭は……私達が用意して、使った分だけルドルフから受け取れば良いか。そっちの方が時間の無駄にならない。
トロッコに乗り、私とルークはオリジナ村へと向かう。
二代目トロッコは初代トロッコと何ら変わらない性能を発揮しており、不具合は見られない。
「ルドルフさん。貨物車両を一旦このオリジナ村に停車させて置きます。資材の積載と人員の集合が終わったら改めて報告して下さい、それが終わった翌日の昼にこのオリジナ村を出発しようと考えています」
「おっ、そうか! 分かった、終わった翌日の昼だな! それじゃあ建材や食料を全て貨物車両に積んでおくよ。石炭はどうすればいい?」
「時間を節約したいので、使う分を私達で肩代わりします。使った石炭を後程後払いという形で私達に提供してくれればそれで構いません」
「分かった、ならそうさせて貰うよ」
オリジナ村、ルドルフ宅にて今後の方針を話し合う。
新しく集落を興そうというだけあり、ルドルフ宅の倉庫には既に外へ溢れ出る程の大量の資材が積み上げられていた。
村の外から来た作業員も多く、既に出発準備は万端のようである。
ここまで準備を整えてくれたのだ、ルドルフの期待には答えねばなるまい。
一度拠点へ戻り、しばらくはゆったりとゴロ寝をする日々を過ごす。
三日後、ルドルフから荷物の積載と人員の用意が出来たとの報告を受けた。
それじゃあ、約束通り明日の昼にオリジナ村へ赴くとしましょうか。
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「それじゃあリューテシアとリュカ。今回は明日の早朝にこの蒸気機関車が海岸に到着するのがルドルフさんからの御指名よ。オリジナ村から昼に出発すれば、普段通りの速度で走って丁度早朝を迎えられる計算よ。ルークにはルドルフが連れてきた作業員への説明があるから動けないし、今回も二人に頑張って貰うから宜しくね」
ルドルフの連れてきた作業員を客車に乗せる。
全員乗せられるだけのスペースはあったのだが、護衛役と思われる一部の傭兵の頼みで、周囲を見渡せる客車の天井や貨物車に傭兵の一部が乗り込む事になった。
急発進と急停車はしないように心掛けるが、もし振り落とされても私達は一切責任を取らないと念を押した上で搭乗を許可した。
客車の屋根に乗るだなんて、完全に発展途上国の構図ね。実際そんな状態だけど。
資材を積載した貨物車両と客車を蒸気機関車と連結させ、海岸へ向けて舵を切る。
相当量の荷を積載しているが、それでも蒸気機関車の力を持ってすればなんら支障無く搬送出来る。
野を越え川越え、湿地を越え林を抜け。
日が傾き、水平線に夕日が沈む。
闇の帳が落ち、月明かり星明りのみが世界を照らす中。
黙々と噴煙を噴き上げながら蒸気機関車は海へと向けて走り続ける。
時折微妙に速度調整をしつつ、海岸までの到着時間を調整する。
辺りが薄闇に変わる頃。
蒸気機関車の速度をゆっくりと落としていく。
目の前に広がるのは、水平線まで広がる大海原。
反対を向けば、平原の向こうから少しずつ太陽が顔を覗かせようとしている。
海岸に到着したので、ルドルフから受けた指示通りに合図を出す。
リューテシアに指示を出し、大きく汽笛を鳴らす。
蒸気機関車の合図といえばやはり汽笛だろう。
その大きな物音を聞き付け、客車内で寝泊りしていた作業員がゾロゾロと外へと出てくる。
その中にはルドルフの姿もあり、客車の屋根から周囲を警戒していた傭兵と共に作業員へと指示を出し始める。
「よーしお前等! 事前の打ち合わせ通り、この場所に俺達の手で村を建てるぞ!」
「もう太陽は昇り始めている! それに周囲は基本的に平原地帯だ、魔物の潜伏出来る場所は無い! もし魔物の接近を感知したら即座に連絡を取り合って迎撃に当たれ! 作業員と積み荷に被害を出すなよ、報酬が減るぞ!」
「今から夕暮れまでがタイムリミットだ! 夜になったら魔物が攻め込んでくる危険があるからな! 話した通り、日没までにどれだけ魔物から身を守れる拠点を作れるかが鍵だ! 傭兵達も付いてるが、万が一もある! 魔物のエサになりたくなきゃ、真面目に迅速に作業を終わらせろよ! 総員、作業開始!!」
外から怒声にも近い作業指示が飛び、気合を入れる声と共に作業員が一斉に積み荷を解き、作業道具を持ち、海岸から平野部へと散っていく。
同様に傭兵達もある者は剣、またある者は槍、またある物は弓……各々が信頼した武器を手に、魔物の襲撃を警戒して周囲に散開した。
「――さて、私達のお仕事は一旦これで終わりね。後はルドルフ達の仕事、私達は客車で寝るとしましょうか」
「ミラさん、お疲れ様です。これからどうしますか?」
「長時間の運転だったからね。ルークは睡眠は取ったのよね?」
「ええ。作業員が寝た後はする事がありませんからね」
「なら、ルークはここで待機してて。私達は客車で睡眠を取るわ。何か問題が起きたら、私に代わって応対して。ルークの手には余る問題だって判断したら、私の事を起こして頂戴」
「分かりました。なら、折角の機会ですから魔石製作の練習でもしていますよ」
マメだなぁ。
ま、それだけルークが成長してくれるんだから私としては文句は無い所か助かる。
それじゃ、三人で仲良く寝るとしましょうか。
―――――――――――――――――――――――
幸い、私は結局ルークに一度も起こされる事無く一日が過ぎていった。
私達が起き出す頃には既に日が傾きはじめており、作業員達の作業の第一工程は既に佳境へと差し掛かっていた。
「はー……一日でこりゃまた随分な……」
この範囲が居住地となる、というのが一目で分かる光景であった。
恐らく、最大の脅威である魔物への対処に特化して行動したのだと予想出来る。
地属性の術師を引き連れて来たのだろう。周囲には分厚い石の壁で外壁が作られており、出入り口となる一箇所と海岸を除き、その全ての外周が完璧に覆われていた。
これだけの代物を作るとなると、他に時間を割く余裕は無いはず。
恐らくあの外周の中は空っぽのはずである、あれだけ立派な外周を作った上で家屋まで作る余裕があるとは思えない。
「おお、ミラじゃないか。もう起きてたのか?」
「ええ、丁度今起きた所よ。……たった一日で、ここまで作り上げたのね」
「ガワだけ立派なだけのハリボテ同然だがな」
ある程度作業を終えたのか、こちらに向かってきたルドルフと近況を話し合う。
「流石に魔物に襲われちゃたまったもんじゃ無いからな。とにかく魔物から身を守る外壁だけは作業員の負担無視で急ピッチで作業を進めさせたんだ」
「ええ。その判断は正解だと思うわよ」
「普段からこんなペースでやってたら作業員の身体が持たないからな、この一日だけだよ。ここからは普段通りのペースで進めるつもりだ」
「そうですか」
「それと後ろに積んである荷物なんだが、流石に今日はもう運び出す時間が無さそうなんだ。悪いが今日はもう一日だけ載せたままでも構わないか?」
「勿論構いません」
「助かる。明日には荷物を全部あの外壁の中にしまっちまうからそれまでは頼む」
「作業員はどうやって夜を明かすのでしょうか? また客車を使いますか?」
「いや、そこまで甘える訳にはいかんだろう。寝床位は流石に持って来てるからそこで寝て貰うさ。それに、あの客車は快適だが、何時までも使える代物じゃあないんだからあの快適に慣れてしまっても困るしな」
それはまぁ、確かに。
野宿が嫌で屋内生活と何ら変わらない快適な空間を目指した結果があの客車な訳だし。
「それから作業員も食わせていかないとならんから、今後は定期的食料を搬送しなきゃならん。それと資材も届けなきゃならんしな。だから最低でも一月に二回はこの場所に食料を届けたいから、その都度蒸気機関車を走らせて貰って良いか?」
「たった一月に二回で良いんですか?」
「ミラ達の手を煩わせないよう、回数は少なくしたいしな。それに、この蒸気機関車が一度に運べる量も量だしな。馬車の十台、二十台という量じゃないぞ? この積載量は」
半ば感心、半ば呆れといった具合で貨物車両に積載された積み荷を見ながら呟くように言うルドルフ。
「……それと、積み荷を護衛しなきゃならんから今夜は積荷の近くで傭兵達が野宿する事になるが、別に構わんよな?」
「それも構いません。所で、ルドルフさんはどうしますか? 私とルドルフさんの仲ですから、客車で寝泊りして貰っても構いませんが」
「……良いのか?」
「別に良いですよ、減るもんじゃないですし」
「なら、そうさせて貰おうかな……すまんな」
「いえいえ、こちらも助かってますから。商取引は持ちつ持たれつ、でしょう?」
ルドルフに蒸気機関車の搬送力を貸し与える代わりに、石炭代をルドルフ持ちで蒸気機関車の運転技術を蓄積させる事が出来る。
それに、この海岸に集落が出来るという事は海洋資源の採取を金で解決する事が出来るという事でもある。
釣った魚や、以前作った塩やにがりなんかを自分達で作らずにここの住人に依頼して入手して貰えば良い。
資金には余裕がある、金で解決出来る事は可能な限り金で解決して時間を節約したい。
「違いないな、それなら俺は今日は休ませて貰おうかな」
「分かりました。所で、積み荷を降ろしたら即オリジナ村に帰還するって事で良いですか?」
「ああ、それで構わない。当分の活動に必要な建材と、作業員と警護に雇った傭兵達の食料は多めに運んで来たからな。無駄遣いしなきゃ一月は余裕で持つはずだ」
「じゃあ……次の蒸気機関車は先程言った通り、二週間後に出発で良いでしょうか?」
「それで頼めるか?」
「石炭を用意出来るなら、一向に構いませんよ」
石炭が無ければ走れないのだから、そこだけは念を押しておく。
今後の方針を軽くルドルフと摺り合わせた後、ルドルフとルークは睡眠に付いた。
……私達は今起きたばかりだから、流石に眠気が無いわね。
だが、明日積み荷を降ろした後に即出発という事は、軽く仮眠を取っておかねば運転に支障をきたすだろう。
二人には明日に備えて軽く仮眠を取っておくよう指示を出しておく。寝るのも仕事の内だ。
私?
私は無理に仮眠を取る必要は無いのよ?
なので、体内時計を合わせるべく私は時間跳躍で12時間後の未来へと飛ぶのであった。




