92.プレス機
「これだけ用意したんだが、足りるか?」
「……まぁまぁね」
「俺としては、かなりかき集めた気でいたんだが……これでまぁまぁなのか」
「言ったでしょ? 蒸気機関車は、大飯食らいだって」
ちょこちょこ時間跳躍を行い、普段の日々を過ごしていた所、ルドルフから報告を受ける。
日程を合わせ、会いに行った所どうやら石炭がある程度集まったようだ。
「今の所、私達の方は取り立てて大きな用事は無いし。何時でも走らせられるけど、どうしますか?」
「――なぁ、ミラ。この線路ってのがあれば、蒸気機関車を走らせる事が出来るんだよな?」
「ええ、そうですね」
「なら提案なんだが、この線路を延ばす事は出来ないか? 無論、費用はこちらで持つ」
「延ばす? ……参考までに聞きますが、何処に伸ばす気ですか?」
「俺は普段、ファーレンハイトとロンバルディアを移動する際にファーロン山道を通ってるんだが、もし蒸気機関車をファーロン山脈を迂回する形で走らせる事が出来れば、資材運搬がかなり捗ると思ったんだ」
「だけどその場合、線路敷設の時間と材料費が掛かりますよ? 山脈を迂回するとは言いましたが、場所によっては橋を掛けたり山肌を削ったりする必要が出ると思いますし」
「こっちまで馬車を走らせるのだって、馬の飼料代や冒険者の護衛費用で結構な額が掛かってるんだ。なら、多少高く付くのは覚悟の上で線路とやらを延ばせないかと思ってな。もしファーレンハイト近辺まで線路を延ばせるなら、それ以降の搬送力と時間短縮はかなり魅力的だ」
「……街道、インフラ整備って事ですね。やるのは構いません、助言もします。ただ、私達は全員で四人という小規模なグループです。手が足りてないので資材調達、資金調達、線路敷設、人員の手配なんかは全部そちらに負担して貰いますがそれでも構いませんか?」
「ああ、それで構わない。元よりそのつもりだからな」
「分かりました。そこまで覚悟があるなら私も力を貸しましょう」
ルドルフは地図を広げ、紙面上で何処を走らせようとしているか、その草案を提示する。
どうやら私達が線路を延ばした場所から丁度南の位置にはストルデン村という集落があるらしく、そこを足掛かりにしつつファーロン山脈と海岸の間を沿うように走り抜け、対岸であるファーレンハイト領まで線路を延ばそうという計画らしい。
私達の敷設作業は、トロッコという移動手段、リューテシアという有能な術師、蒸気機関車という移動拠点、山のような天然の要害といった要素が少なかった、そういったプラス要素が複合した結果、約4年でこの距離を走り抜けられたのだ。
この距離、そして山をくり貫いてトンネルを作る程でこそ無い物の、かなりの距離の山肌を削る必要が出てくるだろう。
それを行うとすれば、最低十年単位の工期を見る必要があるだろう。
だがしかし、その経済的、金銭的負担を考慮した上でも尚行おうとするルドルフ。
そこまで熱が入ってるなら、もうどうしようも無いわね。
確か妻であるアーニャに新鮮な食事を取らせてやりたい……だったかしら?
人の愛は、ここまで人を駆り立てるのね。私には良く分からないけど。
なら……私はちょっと別方面から支援でもしようかしら?
「その内作りたいな、とは思ってたモノがあるので。それを作れば多少はルドルフさんの作業速度も上がると思います」
「? 何を作るのかは知らないが、そういう事なら頼む」
と、言っても私が最終的に作ろうとしているモノ。
それはトロッコである。
普段、ルドルフも石鹸搬送絡みで何度も見ているだろう。
別段目新しいモノではないのだが、今回はトロッコを別のアプローチで製造しようと思う。
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「――という訳で。何かルドルフさんが新たな集落、新たな街道を切り開こうとしてるので私達も支援する事にしました」
食事中、今後の方針という事で三人に報告をする。
「……線路延長、ですか」
「また、私達でやらないといけないの……?」
心底うんざり、と表情で目一杯にアピールするリューテシア。
「いいえ。今回私達はあくまでも『手伝う』だけよ。ただ、実際に作業に当たる工員は線路敷設の知識が皆無でしょうから、現場に行って口出しするのが主な仕事ね」
「現場監督員、という事でしょうか?」
「そうなるわね。そしてそれを行うなら、一番多く線路敷設に関わってノウハウが蓄積してるルークかリュカになるんだろうけど……」
リュカの方を見やる。
‥…確か、リュカは人間と魔族のハーフであり、この世界の風習では忌み嫌われているらしい。
私はそんなの全く気にしないけど、不特定多数が絡む作業に向かわせるのは流石に酷よね。
「ルーク、貴方にお願いして良いかしら?」
「ええ、構いません」
「そう。ただ、まだ計画段階だからそんなすぐには始まらないと思うわ。だから準備期間の内に、新しい工作機械を作ろうと思うの」
「新しい工作機械ですか?」
「プレス機……あれば便利だと思ってたけど、基本私達は少数だからね。一点物を作るのにわざわざプレス機を作る必要は無いと後回しにしてたけど、こうなれば話は別よね」
一つ作ればそれで済むのなら、量産を考慮した作り方をする必要など無い。
だが量産を視野に入れる必要が生まれてくると、プレス機の生産性能は魅力的だ。
一旦石鹸製作は中断、私達四人で金属加工機の一種、プレス機を製造する事にしたのであった。
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若干試行錯誤を重ね、プレス機の完成までは三ヶ月程の時間を要した。
最終的に、蒸気機関によって生み出された圧縮空気を魔法によって制御するという科学と魔法の折衷型という形で落ち着いた。
金型部分は念入りに仕込んだ強度上昇術式が施されている。
金属自体の強度を上げられれば良いのだが、この世界の製鉄技術では多少硬くしたり柔らかくしたり位は出来るが、極端な強度差を鉄同士で生み出す事は出来ないようだ。
型の強度が加工する鉄より上回っていないと、金型が破損してしまう。
材料が柔らかければ良いのだろうが、鉄にそれを求めては駄目だろう。
蒸気機関を搭載して空気を圧縮する都合もあり、プレス機の大型化は避けられなかった。
まぁ、別段小さくする理由も無かったので大きくなっても別に構わなかった。
だが、いざ作業場に設置したは良いが、確かに作業場には入ったが、作業スペースを大きく圧迫してしまう程にプレス機は大型であった。
余りこういうのは好きではないが、対症療法的に作業部屋を拡大する事でプレス機を設置する空間を確保した。
「じゃ、早速動かしてみるわね。この型枠部分にその金属板を入れるんだけど、その際、入れる前に必ずこの作業盤のレバーとランプを確認してね」
プレス機は、金型さえ作ってしまえば同じ形の部品を圧倒的スピードで量産する事が出来る。
工作機械としては驚異的な高効率を誇る優秀な道具だが、その扱う力故に非常に危険な作業機械でもある。
「レバーが上がってて、ランプが緑色の時だけ、その金型の中に身体を入れても大丈夫よ。それと、プレス機は一人でも動かせるけど、作業する際は必ず二人以上で行ってね」
「? 一人でも出来るなら、一人で良いのでは?」
「複数人でやる事で、事故率を下げるのよ。不幸な事故は0である事が望ましいからね」
以前、工作機械として研磨機を製造したが、アレは工作機械としては小規模な部類である。
小規模故に仮に事故を起こしたとしてもその被害も小規模だ、精々指が飛ぶ位だ。
だが、プレス機は一撃で鉄の板を押し潰して加工するというその性質上、扱う力が研磨機の比ではない。
まかり間違ってプレスする瞬間に腕を入れていれば、片腕喪失。頭だったなら……命は無い。
「――鉄を押し潰す力を出すのよ? そんな物に巻き込まれたらどうなるか……言わなくても分かるわよね?」
念入りに、三人にしっかりと念を押す。
凄まじい力が出るからこそ、扱いには細心の注意を払わねばならない。
プレス機による死亡事故なんて、珍しいものではないからだ。
「で、作業盤を二人で確認しながら作業するの。指差し確認、口頭に出して確認……レバー良し、ランプ良し! ほら、リュカも続けて?」
「え、は、はい。えっと、レバー良し、ランプ良し。……これで良いですか?」
「うん、上出来よ」
指差し確認なんて必要なのか? と思うかもしれないがこれがまた馬鹿にならない。
これをした事で作業中の事故件数が減ったという、数値的データとしてその効果が証明されているのだ。
「じゃ、同じようにルークとリューテシアもやってみて」
同様の手順で、ルークとリューテシアも操作盤を指差し、レバー良し、ランプ良し。と口に出して確認する。
この確認を指差喚呼と呼ぶが、別に指差し確認でも問題無い。
「確認した上で、この枠内に加工する金属板を入れるの。入れたら、全員作業盤の前に来てね」
金属板はそこそこ重いので、ルークとリュカの二人掛かりで型枠にセットする。
セットを終えた後、二人が作業盤の前にやってくる。
「金属板を置いたら、左のレバーを引き下げてね」
左のレバーを下げると、蒸気機関によって圧縮された空気がプレス機の稼動部に蓄積されていく。
やがて稼動に十分な圧力が溜まり、ランプの色が緑から赤へと変色する。
「ランプの色が変わったら、プレス機が動く準備が完了したって合図よ。ここでもう一度、作業員がプレス機の周辺を含めて確認してね」
実際に私自身がプレス機に対し指を差しつつ、声に出して確認を取っていく。
それに続いて、同じように三人にも指差し確認をさせる。
「プレス機の周囲安全確認が出来たら、最後にこの右側のレバーを下げるのよ。……こうやってね」
右側のプレス機のレバーを下ろす。
プレス機から人が不快に感じる不気味な警報音が鳴り響く。
嫌な音にしたのはわざとである。こうする事で人の警戒心を煽り、プレス機から遠ざかるよう心理的に誘導しているのだ。
警報音が三回、時間にしてピッタリ三秒。
警報音が鳴り止むと同時に、上金型が圧縮された空気に加え、重力と速度を増加させる術式の援護を受け、勢い良く振り下ろされる!
凄まじい金属の裂断音と地響きが作業部屋に轟く!
その後、上金型はゆっくりと上部へ移動していき、再び元の位置へと戻ると同時に二つのレバーは上へと戻り、ランプの色が赤から緑へと戻った。
「ほ、ほええぇぇ……」
「こ、これ程とは流石に思ってませんでしたね……」
「金属をぶっ叩いて打ち抜くのよ? これ位の破壊力が無いと話にならないわよ」
これで金属を部品へと加工出来た。
最後に操作盤とプレス機を指差し確認し、金型に残った部品を全て箒で払い落とす。
部品と打ち抜いた際に出た余分な金属は、下の箱部分に落下し溜まる。
最後にこれを回収して終わりだ。
「プレス機で加工した部品は全部バリが残ってるからね。手を切る危険性があるから、扱う際には手袋を忘れないように。後は、この部品のバリを研磨機で削って綺麗にしたら完成よ」
「……あっ、これって確か……ローラーチェーンの部品、だったよね?」
「ええそうよ。以前作ったのと同じ規格で作ってあるわ。プレス機が出来たから、もうこれで以前みたいなへんてこりんな術式で強引に作る必要も無くなった訳よ」
以前は地属性魔法と水属性魔法を組み合わせた随分と小面倒臭い方法で製造する羽目になったが、これからは比較的まともな方法で作れるようになった。
バリを取り、後は組み立てればローラーチェーンの完成である。
トロッコを作る上で、車輪や車軸、ハンドルなんてのはこの世界の技術でも普通に作れる。
だが、部品の一つ一つが細かいローラーチェーンだけは難しい。だからこそこのプレス機の出番である。
「それじゃあ、これを使ってローラーチェーンを作っちゃいましょうか」
数日後。
私達はこうして二台目のトロッコを完成させるのであった。
この新しいトロッコは、私達の簡易移動手段として引き続き活躍して貰おう。
初代トロッコをルドルフ達に提供しようと思う。
初代トロッコ、今までお疲れ様でした。
今後は壊れるその時が来るまで、線路敷設の際に資材運搬の足として働いて貰うからね。
トロッコって名前の響きが何か可愛い




