9.勇者と共に
勇者アレクサンドラの後ろにくっついて村を発ち、徒歩数分。
ものの見事に行く手を阻むべく立ち塞がった障壁に思わず乾いた笑いが漏れる。
目の前にあるのは雪の壁、高さはおおよそ2メートル程か?
多少は雪の重みで下の部分は圧縮され硬くなっているだろうが、それは下の部分だけだ。
この上を何の手段も無く歩いたら間違いなく、埋まる。ボフッと。
まぁ、それでも魔力を用いても良いと言うのならば、こんな雪程度どうとでもなる。
脚力を強化し、跳躍して飛び越えるも良し。
風の力を借りて空を飛ぶのもありだ、念動力の類で足場を作っても良い。
恐らくそこの勇者は、そういった手段を用いて鉱山跡地を目指す気なのだろう。
「馬車とかまでは無理だが、身軽な状態なら問題ない」
アレクサンドラはそう一人零すと、大きく一つ、深呼吸をする。
深く息を吸い込み、吐息と共にアレクサンドラの身体からとんでもない量の魔力が立ち昇る。
え、この人何をする気なの?
「薙ぎ払え水精の腕! アクアレイザー!」
アレクサンドラは腕を振るい、その動きに連動するように大気中から膨大な鉄砲水が放たれる。
その鉄砲水は真っ直ぐに雪の壁へとぶつかり、薙ぎ払い吹き飛ばすように雪を消し去った。
成る程、水で雪を溶かしたのか。
消雪パイプの理屈ね、一応これも足場を作るという意味では正解か。
ただ問題はその規模である。
一直線に、目視計測で大雑把にキロメートル単位の雪山が消し飛んだんだけど。
重量で言えば軽く数十トンクラスだろう。
え、何? 何かの冗談だよね?
なんでこの人、生身で兵器みたいな破壊力出してるの?
「さ、道が出来たぞ。先を急ぐとしようか」
「あ、はい」
これがこの世界の特異点、勇者の力か。
規模がデカ過ぎて何の参考にもならないわね。
除雪車いらず、しかも除雪車なんかより遥かにハイパワー。
お値段プライスレス。
何考えてるんだろう私。
アレクサンドラに先導を任せ、その後を追従する。
真っ直ぐ一本道になるように雪の壁を吹き飛ばしていくので、とても快適だ。
ただ徒歩では道中、一度位は野営をする必要があるらしい。
幸い野営に必要な道具はアレクサンドラが余分に持っているらしく、今回はその好意に甘える事にした。
この借りは何時か何処かで返さないと。
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野営による一泊を挟んでの鉱山跡地への道中は、私が想像していた以上にスムーズに進行した。
魔物がいるとの事だが、残念な事に、いや幸運な事に一度も出くわす事が無かった。
原因は恐らく、そこの勇者なのだろう。
雪山と化した雪原を馬鹿正直に歩いていては時間も掛かるし体力も消耗する。
じゃあ雪を消し飛ばして進もう。という発想に私は付いていけないが、そこの勇者はそれを敢行してしまっている。
多分、その際に響く轟音にビビッて魔物は何処かへ行ってしまっているのだろう。
アレクサンドラはまるで雪掻き感覚で乱射しているが、
その一撃はちょっと範囲を広げてやれば、小規模な村であらば軽々押し流せるであろう破壊力を有しているのは一目で解る。
そりゃ、魔物とやらもビビるでしょう。間違って当たりでもしたらタダじゃ済まないだろうし。
一度睡眠を取り、早朝から再び鉱山跡地を目指して進む。
丁度空に昇る太陽が頂点に辿り付く昼頃、私達が目指すその目的地へと到着した。
「ここがそうだ、この山道を登って行った先に鉱山跡地の入り口がある」
アレクサンドラが指差す山道は、ここまでの道中と比べ雪が少なく、
言われてみれば山道があるのだろうという事は容易に理解出来た。
あまり雪が積もっていない理由は、近くに密集している針葉樹林が原因だろう。
この木々が天然の天蓋となって降雪風雪から道を保護していたのだろう。
再び悠々と、散歩でもするかのような足取りでアレクサンドラは山道へと歩を進める。
私は彼女を見失わぬよう、その後を付いて行く。
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当初、鉱山跡地と言うからには余り自然は残っていないかもしれないと考えていたが、どうやらそれは間違いだったようだ。
寧ろオリジナ村と比べても緑は多い方であった。
山道の途中にはテューレ川の源流となる巨大な滝が存在しており、
滝の近くには竹林があった。
ふーん、ここって竹林があるんだ。
「まぁ、そりゃそうよね。鉱山だったんだものね」
竹って、便利なのよね。
とても有用な資材だし、是非とも欲しいわね。
「山なんだから、山登りする羽目になるのは当然よね、ええ分かってたわ。そんなの当たり前じゃない」
「……大丈夫か?」
アレクサンドラが心配そうにこちらを見てくる。
重い荷物を持っている訳でもないし、なるべく疲れ辛い歩き方をしている。
しかしこの小さな身体からすればかなりの強行軍なのは否定出来ない。
流石に足が棒になってきた。
「大丈夫じゃない、足が動かない。でも行かないと」
「何ならペースを落とそうか? というより、良くそんな身体で付いて来れるなと感心する位だ」
「いやいや、こんな所で休んでる暇無いから」
何でも見て聞いて確認しないと。
情報齟齬の部位を埋められない。
それに、時間は有限なのだ。
私は私の快適生活、その基盤を整える為には労力を惜しまないよ。