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88.奪還の蒼影、清廉なる女傑、天上思念の残滓

瑠璃! なぜ瑠璃がここに……逃げたのか? 自力で脱出を? 瑠璃!


ドゴォ!

 吹き抜ける寒風。

 その風音に紛れ、男の腕がリューテシアへと伸びる。

 誰にも気付かれず、悟られるより早く。

 瞬き一つの間に男はリューテシアを抱え、オリジナ村内から離脱し一気に距離を離した。


 場所は変わり、オリジナ村から遠く離れた林間。

 男は慎重に周囲の気配を探りつつ、一度片腕に抱きかかえていたリューテシアをその場に下ろす。


「ここまで来れば一安心、ですかね」

「貴方、一体誰……って」


 突然現れて自らを連れ去った男に対し、当然の如く訝しむリューテシア。

 が、しかし。男の身体的特徴、そのある一点を認めたリューテシアの警戒が緩む。

 首が隠れる程度に伸びた青い髪から覗く、細く尖った耳。

 それは、人間では持ち得ないエルフ族特有の耳であった。


「その耳……! もしかして、貴方はエルフ、なの?」

「そう、エルフですよ。貴女と同じね」


 尾行や魔物といった生物の気配が感じられない事を確認し、男はリューテシアの言葉を肯定しつつ向き直る。

 褐色の肌をしており、澄んだ青い瞳。

 目鼻立ちの整った美青年であり、良く見れば耳には水晶のようなイヤリングを身に付けていた。

 腰には彼の武器と思わしき剣を携えており、服装は身動きを重視した軽装、鎧の類は身に付けていないようだ。


「――――ッ!!?」


 リューテシアの姿を間近で、改めて確認した男の表情が驚愕で歪む。


「し、シア――? どうしてシアがここに――!? そんな馬鹿な! シアはあの時――」

「な、何よ?」


 混乱した様子を見せる男に対し、どう対応すれば良いのか分からずその場で立ち尽くすリューテシア。

 しかし男は即座に正気を取り戻し、リューテシアと応対する。


「――いや、済まない。君が以前の私の知り合いにとても良く似ていたので、驚いたんだ」

「私に良く似た……?」


 その男の言葉を聞き逃さなかったリューテシアは、その目を見開く。


「! もしかしてその人、アルテイシアって名前じゃありませんでしたか!?」

「アルテイシア!?」


 リューテシアが口にした名。

 それは、以前彼女が村を襲撃された際に生き別れた姉の名前であった。

 その名を聞いた男の表情が、先程より一層驚きに満ちた。


「そ、うか……そういえばシアには一人、妹がいたと……君はシアの――」


 妹なのか。

 そう言い切る前に、リューテシアはこの場からぶつ切り編集の映画の如く消え失せる。

 ミラの持つ奴隷契約書による転移魔法の強制執行が発動したのだ。


「――! そうか、奴隷契約書の効力か――!」


 歯噛みし、現状を理解した男は再度オリジナ村へと向かう。

 その目の青い色とは対照的に、決意と信念に満ちた炎で燃えていた。



―――――――――――――――――――――――



「――ま、来るとは思ってたわよ」


 何者かによってリューテシアは連れ去られた。

 彼女の発言からそう結論付けた私は、最悪の事態を考えてオリジナ村からも線路からも大きく距離を離した平野部へと移動していた。

 周りに遮蔽物は無く、何者かが接近すればすぐに目視出来る場所である。

 やがて、木々の合間から一人の男の姿が現れた。

 この場所では身を隠して接近するのは不可能とあちらも分かった為か、正面から堂々とこちらに向かって歩み寄ってくる。


「――あの姿……もしやあの者はエルフでは?」

「……ええ、そうよ。あの人よ」


 ルークの疑問にリューテシアが断言する。

 そうか、あのエルフの男がリューテシアを連れ去った張本人か。

 ま、何処へ連れ去ろうとリューテシアが死んでさえいなけりゃ即座に私の元へ呼び戻せるんだけどね。

 あの奴隷契約書に掛けられてる術式、私の持つ「時」の力に匹敵する位の論外級の術みたいだし。


「そこの彼女――リューテシアを返して貰いますよ」


 エルフの男は、ルークの事をまるで親の敵を見るような目で睨み付けてくる。


「返すも何も、現状リューテシアは私の所有物扱いになってるんだけど? それにどうして見ず知らずの貴方に返さないといけない訳?」


 エルフの男は、本来想定していたであろう場所とはまるで見当違いの方向から回答が飛んできた事で面食らう。

 ……まぁ、リューテシアってこんなに可愛い顔してるからね。

 そんな子が奴隷に堕ちているなら、普通買ったのは男だと思うか。


「あ、貴女がそうなのですか?」

「でもそんな事はどうでも良いのよ。無礼を働いたのはそっちなんだから私の質問に答えて貰うわよ」

「――無礼、ですか」


 男の表情が曇る。


「最初に無礼を働いたのは、貴方達人間でしょう。私の故郷、パルメハイン村を焼き討ちにし、村人を殺め連れ去り……これ以上の無礼があるでしょうか?」


 んな事私に言われてもねぇ。

 私が居ない間のこの世界のいざこざなんざ知ったこっちゃ無いわよ。


「そんなの私には関係無いわね。大金出して買い取ったリューテシアを連れ去られちゃ迷惑なのよ」

「――見た目と違って、どうやら貴女の中身は完全に腐り切ってるようですね」

「随分な言われ様ね」


 ま、あながち間違ってはいないけどね。


「――ミラ。私に彼と話をさせて」


 何時に無く真剣な表情で、私に頼み込んで来るリューテシア。


「まぁ、別に良いけど。何か問題があったなら口挟むし手も出すからそのつもりでね」

「ありがとう」


 軽く礼をして早々、リューテシアは切り出す。


「――貴方、名前は何て言うの?」

「……そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私は、クレイス。そして貴女は、リューテシア。シアの……アルテイシアの妹、ですね?」

「姉を知ってるのね!」

「ええ、良く知ってます……私の、婚約者だった想い人ですから」


 クレイスと名乗った男の顔が、まるで悔恨に耐えているかのように歪む。


「お姉ちゃんに婚約者なんていたんだ……」

「私も、シアに妹がいた事をすっかり忘れていましたよ。リューテシア、君の顔は姉とそっくりだ」

「クレイス、さんで良いんだよね? クレイスさんはお姉ちゃんの行方を知りませんか!?」

「――ッ!」


 言葉に詰まるクレイス。

 束の間の逡巡を経て、搾り出すようにクレイスは答える。


「――まだ、行方は分かってないんだ。すまない」

「そう、ですか……」


 目に見えて落ち込むリューテシア。

 ふーん、成る程ね。

 リューテシアが奴隷に堕ちた経緯。

 それは彼女の故郷が何者か……恐らく人間達によって襲われ、連れ去られた――って事か。

 リューテシアの姉とかいうアルテイシアなる人物も、そこで生き別れたのだろう。


「だが、今はこちらの問題が先ですね」


 明確な敵意に満ちた目線をこちらに突き刺してくるクレイス。


「彼女を……リューテシアを渡して貰いますよ」

「嫌よ。何で私が貴方に渡さなきゃならない訳? 理由が無いわ」

「――奪われた仲間は、必ず奪い返す! 私はそう決めたのです! 邪魔をすると言うなら――」


 クレイスは腰に下げた抜き放つ。

 小気味良い音と共に抜き放たれた刀身からは膨大な魔力が溢れており、そこからは明確な死の気配を感じる。

 ……アレは、中々ヤバそうな代物ね。


「――殺してでも奪い取る、って訳かしら?」

「その年で、死にたくはないでしょう?」

「いや、別に?」


 死にたくないと思うのは、つまり未練があるからである。

 生憎私には、未練がもう存在していない。

 私は、私が生きていた意味をもう十分にこの世界に残す事が出来た。


 ならもう、別に何時死んでも構わない。

 わざわざ自殺しようとは、思わないけど。


「殺し合いがお望みなら、受けて立つわよ」


 私の戦う手段は、もう既に回復している。

 ただ、クレイスの持つあの剣は流石に危険だ。

 あの構えと佇まいからして、どうもトーシロなんてレベルじゃない達人レベルの腕前持ってるみたいだし。

 獲物か腕前、どっちか片方なら何とかなりそうだけど。

 両方揃ったのが相手となると……私の持つ最強の切り札を切ってもタダで澄むとは思えない。


「――そこで何をしている」


 どうするべきか。

 そんな事を考えている最中、横槍が入る。


「……あら、勇者様。こんな場所まで何の用ですか?」

「これだけの魔力の気配を感じれば気にもなるだろう」


 まぁ、そりゃそうよね。

 あのクレイスって男の持ってる武器、かなり物騒な気配だし。


「――おい、クレイス。お前、何故こんな場所にいる?」

「……? もしや……アレクサンドラさん、ですか?」


 ……あれ? 知り合い?


「そうだ」

「ふむ……ほんの十年程度で人間はここまで様変わりするのですね」

「こっちの質問に答えろ。何でお前がここにいる? 返答次第ではタダでは済まんぞ」

「……私の故郷の仲間を、大切な人を救いに来たんですよ。そこにいるリューテシアをね」

「仲間を?」


 アレクサンドラは、クレイスの指し示すリューテシアを確認する。


「事情が飲み込めないんだが、一体どういう状況なんだ?」

「……どうも、こういう状況らしいですよ」


 私は事のあらましをアレクサンドラへと説明する。

 昔、クレイスとリューテシアが住む村が襲われたらしい事。

 リューテシアが奴隷となり、それを私が買い上げた事。

 そして村から連れ去られた同胞を助けるべく、そこのクレイスという男がリューテシアを連れ去った事。


「――成る程、事情は飲み込めた。だがお前、四天王の責務はどうした?」

「……魔王は、代替わりしたのですよ。私が仕えると決めた魔王様はサミュエル様だけです、今代の魔王ではありません」


 …………?

 あれ? 何か凄く物騒な単語が聞こえた気がするよ?


「勇者様、このクレイスって男を知ってるみたいですけど。一体何者なんですか?」

「……この男は、魔王に仕える最大戦力、四天王と呼称されるその一角。『凍将』クレイスと呼ばれている男だ」

「元、ですよ」


 ふむ、成る程。

 私、知らなかったとはいえこの世界のヒエラルキー最上位クラスの相手に啖呵切ってたって訳か。

 はー……面倒臭い。

 凄い面倒臭い事態に巻き込まれてる気がする。


「あ~っ!」


 間延びした聞く者の気力を削ぎ落とすような声が響く。


「あ~っ! あーっ……うーん……?」


 横から駆け寄ってきたアーニャが、首を傾げながら意味を持たない呻き声を延々と上げている。

 何だ、何がしたいのだこの人は。


「えーっと……むぅー……」

「……誰ですか? 貴女は?」

「え~っ、と……あっ! そうだぁ! クレイスくんだぁ~! わぁ~、懐かしいなぁ~! ほらほら、私の事覚えてる~? アーニャだよぉ~」


 ほらほら。とでも言いた気な動作で自分の事を指し示すアーニャ。

 そんなアーニャのカミングアウトを受け、数秒程硬直するクレイス。

 その後我に返ったクレイスは、瞬きする間も無い程の速度で後退りアーニャとの距離を取る。


「どっ、えっ!? な、何で貴女がここに――ッ!? い、いや! 貴女はもう既にあの力は失ってるはず――!」


 混乱しながら素っ頓狂な声を上げつつも、自問自答で再び我に返るクレイス。


「……あの、ミラさん。これは一体どういう状況なのでしょうか?」


 ルークが私に尋ねてくる。

 知らないわよ、私だって一体何が起きてるのか飲み込めてないんだから。


「――提案なんだが、立ち話も何だから場所を移さないか?」

「それもそうですね」


 何か乱入に次ぐ乱入で気勢を削がれた。


「なら、私達の拠点まで来ませんか?」


 私の提案に一同賛同し、私達は蒸気機関車へと向かう。

 全員なので、その一同の中にはクレイスという男が含まれている。

 この男を信用した訳ではない。

 セキュリティ方面を強化した私の拠点の中でならば、いざあの男と戦闘になったとしても無事に切り抜けられる可能性が上がる。

 打算込みだ、それに話し合いが出来れば戦闘を回避出来るかもしれないしね。

 やるしかないならやるけれど、やらなくて済むならそれに越した事は無い。


 だって、面倒臭いし。

彼女は瑠璃ではない

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