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87.転車台と回りだす人々

「ちょいと駅の構造を組み替えようと思うの」


 何時も通りの空気が流れる、地下拠点の一日。

 私がいる間は問題無いが、私がいなくなると発生する問題点を改善するべく作業内容を切り出す。


「駅をですか?」

「ルドルフさんと話をしてね。蒸気機関車の能力を少しルドルフさんにも使わせてあげる事にしたのよ」

「……良いのですか? この蒸気機関車は大切な道具なのでは?」

「勿論、大切な道具よ。でも、所詮は道具よ」


 道具は大切に扱うべきだが、同時に道具とは使い潰す物でもある。

 人の命と違って道具はいくらでも替えが効くのだ。存分に酷使するべきである。


「それに、使いたいなら燃料である石炭を用意しろって条件も付けたからね」


 蒸気機関車の操作法に関しては、既に羊皮紙に書き記してまとめてある。

 だからそれを読めば操作法は学べるのだが、机上の学習より実地での実践に勝る学習法は無い。

 しかし実践をしようにも、ただの練習というだけで蒸気機関車を走らせるのは石炭の残り残量的に少々不安があった所だ。

 だからルドルフから石炭調達ルートを構築出来たのは大きい。


「ルドルフさんから何らかの荷物運搬を頼まれたりするかもしれないけど、逆に言えばそれさえすれば石炭の代金あちら持ちで運転の練習が出来るって訳よ」


 石炭の残量を気にせず蒸気機関車を走らせられる。

 こう考えれば他者が蒸気機関車に関わる事を考えても悪くない取引だ。


「三人には蒸気機関車の扱いに習熟して貰いたいから、結局は何度も何度も運転して貰って慣れて貰いたいのよ」

「……所で、駅に手を入れるという話だったと思いますが」

「おっと、そうだったわね」


 脱線した話を元に戻す。


「今まで蒸気機関車に何度も乗ってきたと思うけど、私がいない時に蒸気機関車を動かそうとするとある問題が発生するのよ。何だと思う?」

「それは、現状私達だけではとても蒸気機関車を運転出来るとは言えない状況なのですがそれとは無関係なのですか?」

「勿論よ。これは走ってる最中じゃなくて、そもそも走り出す以前の問題だから」

「走り出す以前の問題?」

「分かる人、いるかしら?」


 三人が頭を捻り、首を傾げる。


「そうね。じゃあ、蒸気機関車をここから出発させて海まで行ったと頭の中で考えてね」


 三人の頭の中に海まで到着した蒸気機関車のイメージが沸いたと思われる辺りで話を進める。


「それじゃ、そこからまたこの地下拠点まで戻る訳だけど。私がいないって事はこのものぐさスイッチも無いって事よ」

「――あっ」


 リューテシアが短く呟く。

 どうやら気付いたようだ。


「ねえ、方向転換が出来ないからバック以外で蒸気機関車が走れないんだけど」

「そう、その通りよ」


 私がいないと、現状蒸気機関車は方向転換が出来ないのだ。

 今まではものぐさスイッチによる出し入れを利用して向きを変えていたのだが、私がいない事を仮定するなら当然この出し入れも出来ないという事になる。

 そうなれば、蒸気機関車の向きを変えられず、前進が不可能となる。


「なので、転車台を作ろうと思います」

「てんしゃだい、ですか?」

「蒸気機関車を作り上げるのと比べたら簡単簡単。だからさっさと作っちゃうわよ」


 必要な材料はまだ在庫がある。

 三人の力を上手く使っていき、組み上げるとしよう。



―――――――――――――――――――――――



 転車台の製作は、一ヶ月程で完了した。

 リューテシアに地面を削って貰い、そこに埋め込む形で完成した転車台を設置する。


「はい、これで完成っと。それじゃあちょっと動かしてみますか」


 リュカを手招きし、転車台の端に設置された巨大なハンドルの前に立たせる。


「以前、トロッコでローラーチェーンと歯車の仕組みを話したと思うけど。今回はそれを利用しています」


 大きい歯車を回して小さい歯車に動力を伝えると、小さい歯車は早く回転するが、動かすのにとても大きな力が必要になる。

 小さい歯車を回して大きい歯車に動力を伝えると、大きい歯車は遅く回転するが、動かすのはとても小さな力で動かせる。


「それじゃあリュカ。転車台を回転させてみて」


 転車台の上にものぐさスイッチから取り出した蒸気機関車を設置する。

 非常に鈍重な車体だが、転車台は蒸気機関車を載せても崩壊する事なくしっかりと支えられている。

 蒸気機関車が載ったのを確認し、リュカはハンドルを回転させ始める。

 ハンドルが回転し、その運動エネルギーは転車台の下部に設置された車輪へと伝わり、ゆっくりと、本当にゆっくりと回転していく。

 動きはとても緩慢だが、確実に蒸気機関車はその車体を回転させていく。

 ハンドルを回し続けると、十分と掛からず蒸気機関車はその車体を180度回転させ反対方向を向いた。


「じ、自分で回して言うのも何だけど……本当に、あんなに大きな蒸気機関車を僕一人で回転させられるんですね……」

「一人でも方向転換させられるように、って目的で転車台を作ったから当然だけれどね。ただその分、回転する動きはゆっくりになってしまうけれどね」

「早くするのは……不可能なのでしょうね」

「少なくとも人力でやってる限りこれ以上早くするのは無理ね。転車台に蒸気機関でも取り付ければ話は別だけど、そんなスペースはここには無いし」


 動きを早くするという事は、ギア比を調整して車輪の回転速度を上げるという事。

 そうなれば動かすのに更に大きな力を要求され、人力で動かすのは不可能な重さになる。

 人力で動かすとなると、このノロさが限界だ。

 逆に言えばノロくても良いなら独力でも数十トンもの鉄の塊を動かせるのだ。


「でも転車台は、一つだけあっても駄目なのよね。今の所この線路の終点は海だから、終点である海にもこの転車台を設置しなきゃ貴方達だけで蒸気機関車を走らせる事が出来ないわ」

「……って事は、もう一つコレを作る訳?」

「そうなるわね」

「うえー……」


 必要な事だ、文句言わないのリューテシア。


 二つ目の転車台も、一ヵ月後に完成した。

 さあ、早速海に取り付けにいくとしよう!



―――――――――――――――――――――――



 二つ目の転車台が完成し、それでは海側の終端部分に取り付けに行こうと蒸気機関車を走らせる。

 オリジナ村を通り掛かる最中、村の中に人だかりが出来ているのを視認する。


「リューテシア、ちょっとストップ」

「えっ? えっと、こう?」


 リューテシアがブレーキを掛け、蒸気機関車の動きを止める。


「いたっ」

「わわっ」


 ちょっとブレーキの勢い強過ぎ。

 行き成りブレーキの指示を出した私が悪かったけど、壁面に頭をぶつけてしまった。

 リュカはよろめいただけで済んだみたい。体格の差か。


「痛いわね」

「行き成りストップさせろなんて言うからでしょ」


 ま、良いや。

 とりあえずオリジナ村を通過する前に停車させる事が出来た。

 蒸気機関車から降車し、村の人だかりに向けて進む。


「ミラさん。急に停車させてどうかしたのですか?」


 私が蒸気機関車から降車したのを見て、ルークが客車から降りて私の元へと駆け寄る。


「んー? 何か村で人だかりが出来てるから、何かあったのかなーって思ってね」


 村へと入り、人だかりの集まっている広場までやってくる。

 むぅ。背が低いせいで中心部が見えない。

 誰かから事情を聞かないと。

 そう思い近くを見渡すと、人だかりの外周部に見知った顔が。


「アランさん、こんにちわ」


 この村の村長を務めている、アランである。

 こちらが声を掛けると、気付いたのか私達に向けて歩み寄ってくる。


「おや、ミラさんではありませんか。どうもこんにちわ」

「アランさんと言うと、確かこの村の村長でしたね」

「ええ、そうよ。ルークは会うのは初めてなのかしら?」

「ミラさんのお使いでオキさんやルドルフさん、アーニャさんとは頻繁に顔を合わせてましたが……そうですか、この村の村長なのですね。お初にお目に掛かります、ルークと申します」


 ルークの挨拶を受けたアランが、その挨拶に答えるべくルークの方へと顔を向ける。

 ルークの顔を見た途端、アランの表情が変わる。

 大きく目を見開き、信じられない、有り得ないとでも言いたそうな驚きの表情を浮かべる。


「――ら、ラインハルト卿――!? そんな馬鹿な……! ラインハルト卿が御存命なはずが――」

「……人違いでは? 僕は、ただのルークですよ」


 驚き、思考が纏まっていない言葉を口に出すアランを諌めるように、ルークが真顔で諭す。

 ん……何だろう。

 何か厄ネタの予感がする。


「……所でアランさん。これは何の騒ぎなんですか?」


 現状を切り替えるべく私がアランに対し質問すると、我に返ったアランが事のあらましを説明する。


「えっ、ああ……そうですね。勇者様が尋ねて来てくれたのですよ」

「勇者様、ですか」


 勇者……アレクサンドラ、だったわね。

 隣村のルシフル村が故郷の。

 そういえば前にこの村を訪れてた時も人だかりになってたわね。

 勇者だけあってかなりの人望があるようだ。


「ちょっと。二人だけで勝手に行かないでよ」

「あら、遅かったじゃないリュカにリューテシア」

「蒸気機関車停留させるのに時間掛かってたんだから仕方ないじゃない!」

「え、えっと……な、何が起きてるんですか……?」

「何か勇者様がこの村に来てるらしいわよ」

「ゆ、勇者様が……?」

「私は、以前一度会ってるけどね」


 その節は大変お世話になった。

 彼女のお陰でこの世界での生活基盤を整える事が出来たと言っても過言では無いだろう。

 遠回しではあるが、奴隷であった三人を拾い上げられたのも彼女のお陰だ。


「……ま、折角の機会だし挨拶しておこうかしら」


 そう考え、人だかりに向けて歩を進めようとした丁度その時。

 私達の中を走り抜ける強い寒風。

 もう冬の季節は通り過ぎたはずだが、まだまだ山から吹き降ろす風は冷たい。


「すいませーん、ちょっと通して貰って良いですかー?」


 人垣を掻き分けながら奥へと進む。

 中心部へと向かうと、そこには以前会った姿となんら変わらない姿をしたアレクサンドラの姿があった。

 数年会ってなかったはずだけど、容姿に変化は見られず、相変わらず美麗な佇まいである。


「あーっ。ミラちゃんだぁ~」


 そんなアレクサンドラの横から間延びした声の主、アーニャがこちらに駆け寄り、頭を撫で回してくる。

 

「んー。ミラちゃんは相変わらずちっちゃくて可愛いねぇ~」


 ちっちゃい……ちっちゃいか。

 一応、肉体年齢的には成長期の時期なはずだが、この世界に来てからあんまり背が伸びた気がしない。


「ほらほら、勇者様。ミラちゃんがあの蒸気機関車っていうのを作ったんですよぉ~」

「先程から気付いてはいたが……随分と奇妙な代物だな。蒸気機関車とは一体何なのだ……?」


 いや、伸びてはいるか。

 こちらに向かってアレクサンドラが歩み寄ってくるが、昔の記憶と比べて私の目線が上がってる。

 ……微妙にだけど。


「どうもお久し振りです、勇者様」

「いや、だから私はもう勇者の名前は返上したんだが……」

「じゃあ元勇者様、その節は大変お世話になりました」

「……まぁ良いか。別に大した事はしてないし、御礼なら以前貰っただろう」

「所で、今日は何の御用で?」

「いや、何でも私の故郷であるロンバルディアで奇妙奇天烈な代物が走り回っていると聞いて戻ってきたのだが……」

「……それって、蒸気機関車の事ですか?」

「そう、らしいな。アーニャから聞いたよ」


 私のせいか。

 どうやら今回勇者が来訪した理由は私が原因のようだ。


「私のせいで御足労掛けてしまったようで申し訳ありません」

「丁度父に会う予定だったから別にそれは構わないんだが……所でアレは何なんだ? 初めて見るのだが」

「アーニャさんから話を聞いたならある程度は知っているかもしれませんが、アレは蒸気機関車という魔力に頼らず化学の力で動く機械です」

「かがく?」

「自然現象、と言っても良いかもしれませんね。ともかくそういう現象を利用して動いているんです。線路の上であらば馬車を遥かに上回る速度と搬送能力を発揮する乗り物です」

「線路……あの地面に引いてある鉄の棒の事か……」

「――話の途中を承知で失礼します」


 私と勇者の会話に横入りする形で、ルークが割って入る。


「ミラさん。リューテシアさんを知りませんか?」

「? さっきまでいたじゃない」

「ええ、先程まではいました。ですが今はいないんです」


 怪訝な面持ちでルークはそう告げる。


「いないのに気付いてからどの位?」

「大体、10分位は経っているかと思います」


 トイレにでも行ってるんじゃない?

 と、思ったけど流石に10分は長いわね。


「……奴隷である境遇に嫌気が差して逃げ出したのかしら?」

「このタイミングでですか? 今更過ぎはしませんか? 逃げるならもっと良いタイミングがあったと思いますが」

「まぁ、そうよね。勇者様、ちょっと失礼しますね」


 しょうがない、呼び戻すか。

 アレクサンドラに詫びつつ、一度人垣から離れて木陰へと移動する。

 ものぐさスイッチからリューテシアの奴隷契約書を取り出し、魔力を流し術式を起動する。

 術式は問題無く起動し、転移魔法によってリューテシアは再び私の目の前に現れた。


「あら良かった。別に何事も無かったみたいね」

「――! あの人は何処!?」


 リューテシアは開口一番、誰かを探しているような様子で辺りを見渡す。

 何事かがあったようだ。

絶賛ポ○モン中

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