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85.断熱圧縮と断熱膨張

 余り長い間すっ飛ぶのも心配なので、最長でも一週間区切りで私は時間跳躍を続ける。

 時間転移を終えた後は三人に話を聞きながら特に変わった事が無いかを確認していく。

 一度で飛ぶのは一週間だが、四回飛べば一ヶ月である。

 それだけ飛べば季節も流れ、またこのロンバルディア地方にも雪が降り積もる季節がやってくる。

 冬篭り期間は石鹸を製作していれば、とりあえず貨幣を稼ぐ事が出来るので生活には困らない。

 が、それでは私達は前に進めない。

 私が目指すのは、私が気楽に自堕落に暮らせる環境。

 その為には、もっと生活水準をあげなければならない。


「――と、言う訳で。今日皆さんには『断熱圧縮』について知って貰います」

「何がと、言う訳で。なのよ」

「ミラさん、断熱圧縮とは一体何ですか? 初めて耳にする言葉ですが」

「断熱圧縮、それともう一つ断熱膨張。この二つは対になる現象で、自然の中でも発生している現象の事よ」


 そんな訳で、ミラちゃんの化学教室第二回開催である。

 今回のお話はリュカには余り関係ない話なので辞退しても構わないと言ったのだが、聞くだけ聞きたいとの事なので席を用意してあげた。

 断熱圧縮、及び断熱膨張という現象は、日常生活の中でも利用されている身近な現象である。

 ちなみに、自然の中で発生しているのは通称フェーン現象と呼ばれている。


「そうね、簡単に説明すると空気を圧縮した時に起きるのが断熱圧縮、逆に空気を開放した時に起きるのが断熱膨張、と覚えてくれれば良いわ。空気を押し潰すと、空気の温度が上昇するのよ。逆に、押し潰した空気を開放すると温度が下がるのよ」

「……で。それが一体何の意味があるの?」

「そうね……ルーク、ちょっと手を出して」

「はい、分かりました」


 ルークの手の上に、例え話用に丸い石を置いていく。

 置いた個数は2個だ。


「この石一つで10度と考えてね。面倒臭い細かい計算は放り投げて、凄く大雑把な計算をするわ。今、この部屋の温度は20度と仮定するわ。20度の部屋の空気の温度も当然20度。そして何らかの方法でこの室内の空気を思いっ切り押し縮めて圧縮。すると空気中の分子同士が衝突して熱を生み出すの。その結果、空気の温度が上昇するのよ」


 ルークの上に一つ、また一つと石を置いていく。


「で、今そこにある石の数は10個ね。つまり、空気を圧縮した結果空気の温度は100度となった訳。それじゃあ、次はこの押し潰した空気を開放して元に戻して行くわよ」


 ルークの上から再び石を取り除いていく。


「圧縮した空気を開放したなら、圧縮の際に生んだ温度分だけ空気の温度は下がるわ。元々の室温は20度で、圧縮した事で100度となった。なら、空気を完全に元の状態まで戻したなら、下がる温度は当然80度って訳よ」


 80度分、つまり石を8個ルークの手の上から取り除く。

 当然そこに残ったのは、2個の石だけである。

 ルークから石を回収する。


「じゃ、リューテシアも手を出して」


 リューテシアの手の上に、ルーク同様に石を乗せる。

 再び空気を圧縮したと仮定して、10個の石がリューテシアの手の上に乗る。


「――で、今空気の温度が100度になったわね。でも、この状態をずっと維持し続けたら温度って下がるわよね? 皆は永久に沸騰し続けているお湯とか何時までも溶けない氷とかって見た事あるかしら?」

「いえ、そんな物は見た事が無いですね」

「何らかの物体……例えそれが空気であろうとも、異なる温度を持った物同士が接触していれば、その温度は必ず均等になるように散っていくのよ」


 リューテシアの掌の上から、積み上げた石を取り除いていく。


「押し潰した結果100度まで上がった空気だけど、周囲の空気はまだ20度のまま。この20度の空気と触れ続けていれば、当然圧縮した空気も温度が周囲と均等になるように下がっていくわ」


 100度の圧縮した空気が20度の外気に晒されれば、どんどんその温度は下がり、最終的に20度まで下がる。

 リューテシアの手の上から石を取り除き、再び2個となる。


「じゃあリューテシア。今この状態で空気を開放したらどうなると思う?」

「? 20度のままじゃないの?」

「いいえ違うわ。空気を圧縮した際に80度温度が上昇したなら、開放した時は80度下がるのよ」


 リューテシアの手の上から石を取り除く。

 だが、乗っていたのは2個だけ。


「だけど、20度から80度下げたら空気の温度はどうなると思う?」

「……もしかして、マイナスになるのですか?」

「正解よ」


 つまりこの状態の場合、空気はマイナス60度まで低下する。

 この現象を利用した道具で最も有名なのは冷蔵庫、及び冷凍庫である。

 クーラーなんかもそうであり、冷気を生み出す仕組みはこの断熱圧縮と断熱膨張を利用した物なのだ。

 これらの排気口から熱風が吹き出しているのも、外気で冷却する事で圧縮した空気を冷ましているからだ。


「この現象、上手い事応用出来ると室温を自由自在にいじれるようになるのよね」

「そんな事が可能なのですか?」

「ええ、可能よ」


 ただ、この世界には電子機器の類が存在していない。

 よって化学方面での温度管理はまだこの世界で実現は不可能だろう。


「空気を押し潰す……圧縮ねぇ……」


 リューテシアがブツブツ呟きながら、自らの掌の中に魔法で空気の渦を起こしている。

 そう、化学ではまだ無理だが、魔法方面であらば可能だ。


「――あっ。何かじんわりとだけど掌が熱くなってきた」

「それが断熱圧縮よ」

「うーん……僕も実験してみたいですが、僕は炎属性以外はからっきしですからね……」


 リューテシアが一人で実験しているのを見て、歯がゆい思いをしているルーク。

 魔石と組み合わせれば、魔力式の冷蔵庫、冷凍庫を製造するのは可能だ。


「と、言う訳で。今回三人には課題を与えたいと思います」


 注目を集めるべく、手を打ち鳴らす。

 リューテシア、ルーク、リュカの三人の視線がこちらに向いたのを確認した後、私は続ける。


「この断熱圧縮、断熱膨張の仕組みを利用して、『冷凍庫』を作ってみせなさい」


 下地は出来た。

 ここから先は、私が一から十まで付きっ切りという訳にも行かない。

 三人には自力で前に進んで貰わねばならない。

 ヒントはあげるが、進むのは自分の足でだ。


「冷凍庫、ですか?」

「中に入れた物を凍らせて、そして凍らせたまま保存しておける容器の事よ」

「そんな物、見た事も聞いた事もありませんが」

「でしょうね。これから貴方達に作って貰うのがこの世界における第一号になるんだから」

「私達だけで作るの!? そんなの出来る訳無いじゃない!」

「行き詰ったら、質問してくれればヒント位は出すわ。それと材料費は私が出すし、製作期間も特に指定しないわ」

「あっ……でも待てよ……」


 リューテシアが何か思い付いたようだ。


「それと、氷属性の魔法は使用禁止よ」

「何でよ!」


 逃げ道を塞いでおく。


「これは断熱圧縮と断熱膨張の勉強だからね。氷属性魔法でダイレクトに冷やしたら簡単過ぎでしょう? 風属性魔法だけで冷凍庫を製造してみせなさい」


 これは、発想と工夫の勉強でもある。

 冷凍庫を作るだけなら、氷属性魔法で直に冷やした方が早い。

 だが、魔法と化学の両側面から物事を捉える視点が無ければ、技術の発展など到底有り得ない。


「魔法方面はリューテシアとルークが、冷蔵庫の容器となる鉄の加工はルークとリュカが出来るはずよ。三人で知恵を出し合って、何度も失敗して材料を無駄にしながら見事答えに辿り付いてみせなさい」


 石鹸の在庫量は十分あるし、多少生産ペースが落ちても問題ない。

 じゃ、宿題は与えたから皆で頑張ってね。

 課題を提出した私は、再び時間跳躍の魔法を用いて一週間後の未来へと飛ぶのであった。



 さーて、冷凍庫が完成するまで何年掛かるかな?

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