83.ルドルフ夫妻と海
眼鏡を買いました
視界がボヤけて辛かったが鮮明クリア!
翌朝、私達は蒸気機関車を走らせオリジナ村まで赴いた。
宣言通り日の出の頃合に到着すると、そこには既に身支度を終えたルドルフ夫妻が手荷物を抱えながら私達の到着を待っていた。
朝霜の降りる時間帯故にまだ外は寒い、白い吐息を散らしながらアーニャが駆け寄ってくる。
「おはよぉ~、ミラちゃん」
「おはようございます。ルーク、二人を客車に案内してあげて」
「分かりました。それではお二方、後ろの車両までご案内します」
堂に入った立ち振る舞いでルークは夫妻を客車へと案内する。
今回、ルークにはルドルフ夫妻の身の回りを見て貰う事になっている。
この三人の中では彼が一番の適役だろう。
「――じゃ。そろそろ二人には次のステップに進んで貰うわよ」
「ほ、本当にやるんですか……?」
不安が渦巻いているのが容易に見て取れる、怯えた表情を浮かべているリュカ。
リューテシアもどうやら流石に緊張しているようで、表情は硬い。
「リューテシア、蒸気機関車の説明書はある程度頭に入ってるわよね?」
「ま、まあね……」
「困った事があったら渡してある説明書を見ても構わないし、後ろには私が付いてるわ。いざとなったら私が横から手も口も出すから、頑張ってね」
蒸気機関車に乗り込み、リューテシアが運転席へと座る。
そう、今回私は基本的に運行に関わる気は無い。
リュカが石炭を投下する機関助士、リューテシアが実際に運転を行う機関士。
この二人で蒸気機関車を稼動して貰うのだ。
ルドルフを海へただ連れて行くだけでは効率的とは言えない。
今回の旅路で、リューテシアには機関士としての経験を積んで貰う。
ルドルフへの接待と蒸気機関車の練習を兼ねるのであらば、まぁ蒸気機関車を動かす理由になるだろう。
三人だけで蒸気機関車を動かせるようになれば、私は客車で寝ていられる。こんなに素晴らしい事は無い!
その快適な生活に向けての偉大なる一歩を今日、踏み出すのだ。
「リュカ、石炭投下ペースが何時もより速いわよ」
「は、はい! ごめんなさい!」
「リューテシア、バルブハンドル閉めて。このままだと燃焼し過ぎて圧が上がり過ぎるわ」
「う、分かってるわよ! 今やろうとしてたのよ!」
運行には関わってないが、結局かなりの頻度で口を出してしまっている。
最初だしこんな物か、初めてにしては良く出来ている方だと思うしね。
その内慣れていくだろう、こういうのは回数を重ねるのが重要なのだ。
技術者を育てるには年単位の時間が必要だ、焦らずじっくりと行こう。
結局、些細なトラブルは頻発したものの、終わってみれば大きなトラブルが発生する事無く海までの旅路を終える事が出来た。
「二人共お疲れ様。もう客車に戻って休んで良いわよ」
完全に燃え尽きた二人にそう言うと、リューテシアとリュカは一言も発する事無く客車へと向かう。
相当疲れてるみたいね、まぁ無理も無いか。
―――――――――――――――――――――――
リューテシアとリュカを見送った後、私も寝台車両へと戻るとルークが二人を案じて声を掛けて来る。
「……ミラさん。何かリューテシアさんとリュカくんが凄い憔悴した表情で戻ってきましたけど、大丈夫ですか?」
「緊張し過ぎたんでしょうね。でもまぁ、初めてにしては頑張ってたわよ。ルークにもその内やって貰うから、覚悟しておいてね」
「……努力します」
ま、凄い疲れてたからね。肉体的な疲労というより精神的な疲労だろう。
今晩ゆっくりと寝れば癒えるだろう、もう二人共自分の寝床に潜り込んでるし。
「こんばんわルドルフさん、アーニャさん。無事海に到着しましたけど、旅路は如何でしたか?」
「こんばんわぁ~。やっぱりこの蒸気機関車は凄いわねぇ~、こんなに早い乗り物は乗った事が無いわぁ~!」
「……もう暗いが、磯の香りや音が僅かに感じられる。本当に、一日で海に着いたんだな……」
驚きながらも、一日で海へと辿り付いたという事実を突き付けられたルドルフは静かに現実を認める。
「流石にもう遅いので、実際に海を見るのは明日という事で構いませんか?」
「ああ、それで構わない。夜は魔物の襲撃があるだろうし危険だからな」
私の提案をルドルフは二つ返事で了承する。
寝台車両内の設備はルークが二人に説明していてくれたので、私が特に説明する事は無さそうだ。
ものぐさスイッチ内からルドルフ夫妻分の寝床を用意する。
二人は最初は寝袋を使って床で寝ると言ったのだが、それは流石にゲストに対する対応としては不味い。
固定していないので走行する時になったらまた片付けないといけないが、二人には用意した寝床で寝て貰う事にした。
翌日。
魔物の襲撃に怯える事無く熟睡した私達は日が昇ったのを確認して海へと出る。
「わぁ~。しょっぱいよルドルフ~」
「……海だからな」
まるで子供のようにはしゃぐアーニャと、それを見守るルドルフ。
海を舐めては、その都度しょっぱいしょっぱいとアーニャは言い続けている。
何というか、子供がそのまま大きくなったようにしか見えない。
「――ファーロン山脈の位置からして、この位置なら近くにストルデン村があるな。なら……」
ルドルフは自らが持参した地図に目を落としながら、現在位置を確認する。
「ミラ。無理なら断ってくれても構わないが、この鉄道と蒸気機関車、少しで構わないから俺の都合で使う事は出来ないか?」
真剣な眼差しでこちらに問うルドルフ。
その提案が出るのは予想していた。
「――条件付でなら構いません」
「条件付、か。その条件は何だ?」
蒸気機関車の搬送力に対し、私達以外が関わるのは別に構わないと考えている。
どうせ蒸気機関車を動かすだけの知識を持っているのは現状私達だけしかいないし、いざとなれば蒸気機関車は私のものぐさスイッチで亜空間内に収納出来る。
蒸気機関車を盗まれたり好き勝手に走らされる危険性は無い。
それに、線路敷設が完了した現状、ただ石鹸を運ぶだけではこの蒸気機関車の搬送能力はかなり持て余し気味だ。
「この蒸気機関車はタダで動いてる訳じゃありません。馬車を走らせる為には馬を食わせていく飼料代が必要なように、この蒸気機関車にも走らせる為に必要な燃料があるんです。条件としてその燃料代をそちらに負担して貰いたいのが第一」
石炭は、まだまだ余裕はある。
だが、その余裕があるというのは私達四人という個人運用の枠から出ない範囲での話しだ。
ルドルフという商人が運用に噛むようになれば、その消費量は半端ではなくなるだろう。
現状抱えている石炭の在庫量では数年も経てば枯渇するのが容易に見える。
「それと、蒸気機関車は私達の所有物です。私達の予定とルドルフさんの予定がバッティングするなら、私達の予定を優先させて貰います。これが第二」
そんなに頻繁に用事がある訳ではないが、これは念を押しておく必要がある。
私達の所有物で現状代替品が存在しない状態で好き勝手に予定を入れられて使われては、本来の所有者である私達が使えなくなってしまう。
「それ以外に何か問題があればその都度こちらの指示に従って貰います。これが飲めるのであらば、蒸気機関車を貸し出すのは構いません」
「……そちらの予定を優先するのは一向に構わない。こちらが頭を下げている立場だからな、無理を言うつもりは更々無い。だが、この蒸気機関車とやらを動かしている燃料っていうのは一体何なんだ?」
「石炭です」
「せきたん……?」
「現物を見て貰った方が早いですね」
石炭の実物を見せるべく、私はルドルフを蒸気機関車の車内へと案内する。
炭水車に積載されている石炭の一つを手に取り、ルドルフの手に乗せる。
「これが、石炭です。鉱石の一種ですので、鉱山から産出される物ですね。ただ、私達が居を構えている鉱山跡地にこの石炭が大量に放置されていたので、恐らくこの世界では石炭の有用な使い道が思い付かないで放置されているのだと思います。これをそちらで仕入れる事が出来れば、蒸気機関車は走らせられます」
「石炭、か……俺は鉱夫じゃないから詳しくは分からんが、要はこれを燃料として燃やす事でこの蒸気機関車が動いてるって事だな?」
「そうなります」
「……分かった、石炭を探してみよう。要は鉱山を当たればこの石炭はありそうなんだよな?」
「そうですね」
理想を言うならば石炭の鉱床を探して、石炭採掘に特化した鉱山を作るのが一番なのだがそれは無理な相談だろう。
石炭に有用な使い道が無いのだから、現状ただのズリ山扱いだ。
認知されていなければ、ただのゴミの山。そんな物を採掘する鉱山など作れる訳が無い。
それに、鉱山を作るのだって一年二年で出来る訳じゃない。
「この石炭、いくつかサンプルとして貰っても良いか? 鉱山の経営者に現物を渡した方が話がスムーズに進むからな」
「多少でしたら構いません」
炭水車からいくつか石炭を取り出し、ルドルフへと手渡す。
その石炭をルドルフは丁寧に袋へと詰め、客車の自分の手荷物の中へと仕舞い込んだ。
「それで、海の視察はどうしますか?」
「そうだな、もう少し周囲の地形を見て置きたい。それともし可能なら、この辺りに村を一つ作ろうかと考えている」
「村ですか、良いですね」
ここに勝手に集落が出来るなら、こちらとしては利益しかない。
この場所に集落が出来れば、人が住むという事。
そうなれば海の資源、海産物を売買出来るようになる。
何なら、塩やにがりを作って貰うのも良い。にがりが買えるようになれば、三和土だってもっと気軽に使えるようになる。
石鹸販売のお陰で資金は潤沢にあるのだ、金で解決出来る事は金で解決して時間を節約していこう。
「ここに集落が出来るなら私としても有難いです、そういう事なら協力しますよ」
「本当か! 助かるよ!」
「でも、どうしてわざわざ村なんかを作るんですか?」
ルドルフはあの聖王都で商売をしている。
そんな彼がわざわざこんな辺境に村を開く意味が分からない。
「――アーニャはな、あんまり騒がしい所が好きじゃないんだ。だからこうしてオリジナ村に住んでるんだが、あの村は見ての通り辺境だろう? あんまり新鮮な食い物をアーニャに食べさせられて無いんだ。妻に新鮮な食事を食わせてやりたい、それが村を作る理由じゃ駄目か?」
……妻への愛、って奴か。
ふぅん。私には良く分からないけど、きっと愛ってのはそういう物なのだろう。
「――良いんじゃないですか? この蒸気機関車なら食料が傷む前にオリジナ村まで届けられますからね」
馬車が主要な移動手段であるこの世界では、食料を新鮮な状態で運ぶというのはかなりの困難な課題である。
肉や魚介類といった腐敗速度が速い食料品は特にである。
冷凍技術なんてこの世界にある訳も無く、魚を生きたまま運ぶのも大変である事は疑う余地も無い。
だがこの蒸気機関車なら話は別だ。
痛み易い魚だって、後部車両に生簀でも作ってやればオリジナ村まで一日で着く。
一日程度であらば魚も生簀の中で余裕で生存出来る。
海水を大量に搭載した状態でも馬車とは違い、その搬送能力で余裕を持って運べるだろう。
除雪が出来るようになった今なら、春夏秋冬季節を問わず、一年中ね。
「私もそろそろ干物や塩漬けじゃなくて新鮮なお魚とか食べたいですしね」
「そうか。なら帰って早速準備を始めるとするか、なにはともあれこの石炭とやらの調達からだな」
「そうですね。それが無いとこの蒸気機関車は走りませんからね」
「目下の課題はそれだな……村の建材なんてどうとでもなるが、石炭ばかりは探さないとならないからな」
「それで、この海岸を見て回るのは一日だけで構いませんか?」
大体の話が纏まったので、話題を切り替える。
「そうだな、それだけあれば大丈夫だろう。ただ余り離れ過ぎると魔物が怖いな……」
「なら、護衛としてルークを付けましょうか? 彼は中々剣の腕が立つみたいですし、炎属性の魔法も得意みたいですから頼りになると思いますよ」
「お願い出来るか?」
「お願いしてみます。ルーク、ちょっと良いかしら?」
「はい、何ですかミラさん?」
ルークにルドルフの護衛を頼んだ所、二つ返事で了承して貰えた。
村を開くなら周囲の視察は重要だろう。
一日じっくりと時間を掛け、ルドルフとルークは周囲を観察して客車へと戻ってきた。
これでルドルフの用事は済んだようなので、帰路につく事にした。
それからアーニャはずっと海で遊んでいた。子供か。
別に夜だから走らせちゃ駄目って訳でもないので、今回はルドルフ夫妻が客車で寝ているまま走ろう。
夜間の走行も経験して貰いたいしね。
リューテシアとリュカも一日休んだから疲れも取れただろうし、それじゃあ頑張って走らせてね!
……高校の頃は左目2.0あったんだけどなぁ……
眼鏡作成の際に測って貰ったら左目が0.4にまで落ちてるとは(´・ω・`)
右目?もうその頃には0.1未満だったよ




