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82.三和土と大規模改修

 海にて大量のにがり(と副産物の塩)を生産した私達は、再び蒸気機関車に乗って拠点へと戻ってきた。

 このにがりを入手した事で、私達の快適生活にまた一歩近付いた事になる。

 地下拠点であるこの廃坑を探索した際に、私は以前粘土質の土の層を確認していた。

 にがりさえ入手出来たなら、残りの材料は全て揃っている。

 そこからササッと土を回収し、私はいよいよ本命である三和土(たたき)の製作に移る。


「それじゃ、この材料を使って三和土(たたき)を作るわよ」

「たたき?」


 三和土(たたき)

 それは別名、和製コンクリートとも呼ばれる強固な素材である。

 セメントが普及した時点でこの三和土は徐々に廃れていったが、その性能は折り紙付きである。

 路面の舗装や土間の床、果てには風雨に晒される護岸工事にすら使われた事がある天然の一級品だ。

 泥状という事もあり変幻自在、あらゆる場所で建材として用いられた……それが三和土である。


 材料はベースである土・砂利……この辺りは素材によって配分が変わるので適宜調整。

 そして残りの材料が今回大量に生産したにがり、及び消石灰である。

 消石灰とは水酸化カルシウムの事であり、今まで私達は石鹸の製作過程で何度も何度も触っている。

 消石灰は一応危険な物質ではあるが、これだけ石鹸製作で使っていれば流石にもう扱いには慣れたものである。


「じゃ、これを混ぜます」


 ルークとリュカにスコップを手渡し、この材料を混ぜ合わせる。

 とにかく混ぜる、各素材が均一に混ざるよう丁寧に。

 混ぜて混ぜて練って練って……


「よし、こんなもんね。三和土はこれで完成よ」

「それでミラさん、これは一体何に使う物なのですか?」

「建材よ。物凄く優秀な建築材料、と覚えておけば良いわ」


 最初に出来た三和土、これを持って私達は浴場予定地へと向かう。

 リューテシアに開拓して貰ったはいいが、材料が足りずにずっと最初に作った浴槽で私達の風呂事情は間に合わせていた。

 だが、それももうすぐおしまい。

 この三和土を使い、大浴場(予定地)は晴れて大浴場として完成するのだ!


「普通、建築だと水平に気を使うんだけど……ここは浴場だからね、床に流れ落ちた水が排水溝に向けて流れていくようにしないといけないの」


 だから、水平から僅かに傾ける。

 無論、体感では分からない程に軽微ではあるが。

 以前作った水平器を用いながら、微妙に傾いた床を成形していく。


「――と、こんな感じよ。同様に床だけじゃなくて壁も作っていくわよ」


 地下の剥き出しの岩肌、土肌の表面を塗り固め、丁寧に作り上げる。

 やり方を三人に教えた後は各自に三和土を分配し、実際にやらせて行く。

 無論、初めての作業なので三人全員に私の手による手直し作業が入る。

 徐々に慣れていけば良い、何しろやる場所は大量にあるのだから。

 大広間の床、実験農場も可能なら一部だけ舗装したい。

 駅だってそうだ、それに作業場だって。

 三和土が完成した以上、これからは私達が暮らす拠点の大改修作業だ!

 今までならこんな作業は冬篭りしなきゃならない冬の期間にやる事だったが、今の私達には雪かき車がある。

 もう冬の季節に振り回される必要など無いのだ!


「こうやって塗り固めたら、後は乾燥させて完全に固まるのを待つ。これが終われば、晴れて大浴場は完成よ」


 大浴場が完成すれば、私達が最初に作った浴槽もお払い箱となる。

 長年に渡りお疲れ様でした、後もう少しだけ頑張ってね。

 同様の手順で、大広間や駅といった良く使う場所から床の舗装を始める。

 こちらは浴場と違い、水平になるよう気を使いつつ成形していく。

 無論、一度に一気にやってしまうと足の踏み場が無くなるので、区画で管理しながら少しずつ固めて行く。

 この三和土が完全に固まるには一週間~一ヶ月程度と、中々の時間が掛かる。

 換気口のお陰で湿気を排出し易い環境にはなっているが、短縮にはなれど即座に凝固とは行かない。

 ま、じっくり行きましょう。

 このペースで行けば秋から冬前位の間で完全に舗装が終わるはずである。

 さて、乾燥するまでは室内での大掛かりな作業は出来ないなぁ。

 石鹸は幸いにも一年位作らなくても問題無い位には作り置きがあるから良いとして、次は何をしましょうか。



―――――――――――――――――――――――



「こんにちわー。オキさん、今回も線路を取りに来ました」

「おう、外に積んであるから持って行ってくれ」


 三和土の乾燥待ちの間、私達はオリジナ村を訪れていた。

 何時も通りオキから製造して貰った線路を受け取る。

 海までの敷設は終わったが、だからといって線路は必要無くなったという訳ではない。

 第二、第三の路線を拡大する時が来れば、この線路の出番は出てくる。

 今の所目処は立っていないが、この先伸ばす予定は必ず出てくるだろうしね。


「……というか、この搬送も地味に大変よね」


 私はものぐさスイッチがあるから良い。

 だが、私以外がこの鉄塊である線路を運ぼうとしたら中々の重労働になる。

 あの地下拠点は、私が存在しない状態でも機能しなければならない。

 私は何時までもここにいる訳では無いのだから。


「そうだ。思い立ったら実行ね」


 思い立ったが吉日という言葉もある。

 私は早速、商人であるルドルフの宅の扉を叩くのであった。


「ん? 何だミラじゃないか、何か用か?」

「あら~、ミラちゃん! こんにちわぁ~」


 アポ無しの訪問ではあったが、どうやらタイミングが良かったようでルドルフは丁度在宅中だったようだ。

 王都まで出向いている時は平然と一ヶ月留守という状況も多々あるので、都合が良い。


「実は、売って頂きたい物がありまして」

「ま、話は家に上がってからにしようや」

「じゃあ、上がらせて貰いますね」


 部屋へと通され、妻であるアーニャがお茶を出してくれる。

 礼を述べ、お茶を軽く啜る。


「それで、売って欲しい物って何だ?」

「馬車です。あ、でも馬は不要です」


 蒸気機関車と線路敷設により、私達の拠点、オリジナ村、海までの大規模な移動は不自由しなくなった。

 だが、蒸気機関車は小回りが利かない。

 小回りが利かないからこそ、蒸気機関車が完成した今でもトロッコが大活躍しているのだ。

 そのトロッコだって、線路が存在している場所でしか走る事は出来ない。

 そろそろ、別の搬送手段が欲しい。


「馬車、か。それ位金さえ払ってくれればいくらでも用意するが。どんなのが欲しいんだ?」

「ルドルフさんが普段使っている馬車の大きさで構いません。流石に経年劣化の激しい払い下げは困りますが、痛んで無ければ別に新品にこだわる必要も無いです。この条件で二~三台お願い出来ますか?」

「問題無いな。支払いはどうする? 渡そうと思ってた石鹸の支払いがまだだが、そこから差し引く形でも良いか?」

「その方が面倒が無さそうですね、ならそれでお願いします」

「分かった。じゃあ差し引いとくから今度アーニャから残りの代金を受け取っておいてくれ」

「分かりました。私の用件はそれだけです」

「ねぇねぇ、ミラちゃん。私、今度また遊びに行っても良いかしら?」

「……何をしに来るんですか?」

「ミラちゃんが乗ってるじょうききかんしゃ? っていう不思議な乗り物をまた見てみたいのよ~。凄いわよねぇ~、アレ」

「俺も見たが、ありゃ一体何なんだ? どういう原理であんな鉄の塊が動いてるのか皆目見当が付かん」

「蒸気機関車はもう私達の生活における大規模移動手段の要になってますね。海までの線路敷設は終わったので、容易に海まで行けるようになりましたし」

「……海? ちょっと待て、ここから海なんてどうやって行くんだ?」

「普通に、真っ直ぐ行きましたけど」

「おいおい冗談は止せ、ここから一番近い海は東の海岸だぞ? どれだけの距離があると思ってるんだ、荒地に森林地帯、馬車の走れない湿地帯や川だってある。それに白霊山だって近くにあるんだ、不可能に決まってるだろ」

「流石に白霊山は警戒して迂回しましたけど、真っ直ぐ行ったのは本当ですよ? 森林地帯は切り開きましたし、湿地帯も川も全部突っ切りましたよ」


 喋り過ぎ、なんて事は無い。

 この位、そもそもこの村に住んでいる者達なら全員知っている事だ。

 線路が海まで伸びている事だって、線路を辿れば分かる事だ。隠す意味は無い。


「東にある海までも一日あれば到着出来ますからね」

「一日で着くなんて凄いわねぇ~」

「……嘘、じゃないんだよな?」

「ルドルフさんに嘘を言う意味なんて無いですよ、私達は商いのパートナーじゃないですか」


 そう、石鹸販売だってルドルフのお陰で成立しているのだ。

 石鹸の普及が広まった事で、私達の名前はそろそろ広まってきたはず。

 だから石鹸販売を別の商人に依頼する事も出来るだろう。

 だが、そいつ等が信用出来るとは限らない。

 信用というのは一朝一夕では出来ない、そしてルドルフには数年に渡る取引での信用がある。

 ピンハネも横領もしてないみたいだし、ルドルフ程に信用出来る商談相手はそう簡単にはいないだろう。

 私達は対等な関係なのだ、ならこちらも情報は隠さずに公開するとしよう。

 この位の情報なら、安い物だ。


「海……海か……なぁ、ミラ。その海まで俺を連れて行く事は可能か?」


 私にとっては、だけどね。


「ええ、可能ですよ」


 海まで高速で移動可能。

 しかも以前、雪かき車の稼動をアーニャに目撃されている。

 それはつまり、この鉄道が積雪の時期である冬篭り期間でも稼動が麻痺しないという、このオリジナ村からすれば前代未聞の交通網だという事。

 それに加え、以前の大量石鹸搬出の際にその大規模搬送力も見せ付けている。

 商人であるルドルフからすれば、その能力は気になって仕方ない所だろう。


「もし良ければ、明日にでも行けないか?」

「あれ? ねぇルドルフ、明日にはもう出発するんじゃないの?」

「別に大した用事じゃない、使いを出して予定をキャンセル、もしくは遅らせても問題は無い」


 善は急げとばかりに予定を詰め始めるルドルフ。

 その目は私が始めて石鹸を提示してみせた時と同等以上に輝いていた。


「明日ですか、別に構いませんよ」

「なら、それで頼む。……念の為聞くが、危険は無いんだよな?」

「勿論ですよ。そんじょそこらの馬車での旅なんかよりよっぽど安全ですよ」

「ねえねえミラちゃん! 私も一緒に行ったら駄目?」

「別に構いませんけど、ルドルフさんはともかくアーニャさんが行っても……特に何も無い面白みの無い海でしたよ?」

「それでも行ってみたいのよ~。私、海なんてじっくり見た事が無いから気になって気になって」


 ……ま、一人二人増えた所で大差無いか。


「ルドルフさん、アーニャさんがそう言ってますけど」

「……もし、問題が無いなら一緒に頼んでも良いか?」

「大丈夫ですよ。蒸気機関車の搬送力、舐めて貰ったら困ります」


 以前は突然の対応だったのでアーニャには貨物車両に乗って貰うとかいう随分な対応をしてしまったが、前もって来ると分かっているなら話は別だ。

 今回は寝台車両を牽引して改めるとしよう。


「では明日の早朝、日の出の頃合にお迎えに上がります。流石に距離が長いので移動時間だけで一日潰れてしまいますので、そこは覚悟しておいて下さい」

「この村から海まで一日……本当にそんな事が可能なのか……?」


 未だに半信半疑のルドルフ。

 ま、明日になれば分かるわよ。

 早速帰って準備を始めるとしよう、石炭やら水やら積まないといけないからね。

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