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81.わかめー

わかめー

 私達は海へと辿り着き、求めていた品であるにがりの量産へと入った。

 しかし、にがりを海水から抽出するのは塩以上に大変である。

 何しろ海水の約97%は水であり、塩と呼ばれるのはたったの3%しか存在していないのだ。

 しかもその僅か3%の塩の内、7割強が一般的に塩と呼ばれている塩化ナトリウム。

 私の求めるにがりと呼ばれる部分は、残りの2割弱の部位でしかないのだ。

 つまり、汲んだ海水の99%程は必要ない物という訳である。

 しかもやる事は体力を使うだけでやってる事自体は小学生でも出来るような事だ。

 私自らやる意味など無い、やるのはやり方を教える最初だけで十分だ。


 なので、私は今こうしてあてどなく海岸を歩いている。

 離れ過ぎるのは多少危険だろうし、戻る時も大変になるので蒸気機関車が見えなくならない程度の狭い範囲での探索ではあるが。

 丁度近くに岩礁地帯があったので、足を滑らせないように少し進んで海中を覗いてみる。


「めっちゃわかめが生えてる」


 わかめだ。

 うん、本当にわかめだ。

 わかめが多すぎて海の中に緑が広がってる。

 何だこれ。


 ……そういえば、海草であるわかめもファーレンハイトで売っているのを見掛けなかったわね。

 わかめ、美味しいのに。

 そういえば、わかめを食べる文化って世界的な視点で見るとマイナーな部類だったわね。

 この世界では食用としては広まっていないという事か。コリコリして美味しいのに。

 折角だからガッツリ回収して行きましょう。誰も食べないなら私が食べて良いよね。

 でも、海に潜るのイヤだなぁ。

 後で三人の内の誰かに採って来て貰いましょうか。


 探索を続ける。

 わかめの繁殖っぷりを見てもしかしてと思ったが、この辺りは人の手が入っていないようだ。

 岩と岩の間辺りに牡蠣が存在していた、今晩の夕食ゲットー。

 そうだ、こういう貝殻って鍾乳石と同じ成分なのよね。

 鍾乳石の代用にもなるから後で三人にも教えておこう。

 

 更に探索を続ける。

 南を見やればここロンバルディアとファーレンハイトを隔てるファーロン山脈が目前へと迫っている。

 白霊山から遠ざかる為に微妙に南下を続けながら敷設を続けていたが、気付いたらここまで間近の距離まで迫っているとは。

 まだ何か無いかと目を凝らしてみると、何処かから漂着したであろう木片や枯れ枝、打ち揚げられ腐敗を通り越してミイラ化した魚の死骸。

 ……特に、気になる物は見当たらない。

 別に何かを期待していた訳ではないが、本当に何の変哲も無いただの海だったようだ。

 わかめの群生地帯になってるようだが、ただそれだけだ。

 取り立ててコレというような事も無い、そんな海岸。

 もうこれ以上探索しても何も無さそうね、大人しく向こうへ戻るとしましょうか。

 最近移動手段がトロッコと蒸気機関車オンリーになってたせいで運動不足気味なせいか歩き疲れたし。

 今日はもう帰って寝る事にしよう。



―――――――――――――――――――――――



 翌日、そのまた翌日、またまた翌日。

 如何せん海を煮立てて蒸発させるという手間があるせいか、にがりの製造は中々遅々として進まなかった。

 作り方自体は単純なので少しずつ出来てはいるのだが、やはり海水の約1%程度しかにがりにならないというこの比率がネックである。

 1トンの海水を蒸発させてやっと10キロのにがりが出来るのだから。


「んあー……する事が無いよぉー……」

「……だったら手伝いなさいよ」

「面倒臭いよぉー……」


 たまたま車内で休憩中だったリューテシアが救援要請を出してくるが、スッパリと却下する。

 何で私がそんな辛い肉体労働をしなければならないのだ、こんなにか弱い少女なのに。

 あー、駄目だ。何かもう何もかもが面倒臭くなってきた。

 一度やる気が削がれると一気に何もしたくなくなる。

 働き詰めだったけど、今やってる作業はあれば便利だけど必須な物という訳ではない。

 そんな事実もあって、客車の小窓から良く晴れた空を眺めながら寝床の上でゴロゴロと転がる。

 食事はものぐさスイッチ内に確保してあるから、無くなるまでは料理をする必要も無い。

 食べるの面倒臭い、息するの面倒臭い、生きるの面倒臭い。

 何で私、生きてるんだろう。

 何の為に生きてるんだろう。

 人生って何だろう。

 今日もごはんが美味しいです、おやすみなさい。

 次の日も特に何も無い一日だった、ごはんが美味しい、おやすみなさい。


「…………」


 リューテシアが半目でこちらを睨んで来る。

 私、別に何も悪い事してないわよ。

 ただ、美味しいごはんを食べて寝てるだけだ。

 今日も朝食を取ったら自分の寝床へダイブしている。


「起きろ!!」

「へむん」


 急にリューテシアが私の布団を剥ぎ取ったせいで私は寝床から転げ落ちる。


「何するのよ急に」

「ここに着いてからもう一週間よ! その間何にもしないで食っちゃ寝食っちゃ寝! 完全に駄目人間じゃない!」

「別に良いでしょ、だってにがりがお目当ての量に達しないんだもの。アレが無いと次に進めないのよ」

「にしたってもっと他にやる事あるでしょう!?」

「やる事ー……?」


 蒸気機関、そして蒸気機関車絡みの設計図や解説書に関しては線路敷設の合間合間で書き終えてしまった。

 何せ線路敷設は力仕事なので、三人で行えるようになってから私は一切絡んでいなかったからだ。

 それに加え蒸気機関車完成により往復の手間が省けるようになってからは更に進んだ。

 流石にそれだけの時間があれば、書き終わる。


「んー……特に無いわねー……」

「だからって寝てれば良いって訳じゃ無いでしょ!」


 何でこの子はそんなに頑張るのか、頑張り屋さんなんですか?

 あ、そういえばまだこの子は借金返済が終わって無かったわね。だからか。


「そんな事言ってもねぇー……にがりが無きゃどうしようも無いし……」

「…………ちょっと待ってなさい」


 意味深な間を置いた後、客車内から立ち去るリューテシア。

 ああ、やっと静かになった。

 立ち上がって再び自分の寝床へと戻る。

 小窓から外を見れば、太陽が天高く昇り世界を照らし出している。

 ああ、今日も良い天気だ。おやすみなさい。ぐう。


「ミラ、これで……だから起きろって言ってるでしょ!!」

「みょん」


 折角布団を掛け直したのにまた引っ剥がされる。

 先程出て行ったはずのリューテシアが片手に鉄製のカップを持った状態でまた現れた。


「何なのよ一体」

「にがりって、コレで良いのよね?」


 リューテシアが手にしていたカップを私へ差し出してくる。

 その中には少量の液体が入っており、私に確認するよう求めてきた。

 その液体を指に採り、口に含む。

 苦い。うん、にがりだ。


「そうよ、これはにがりね」

「じゃあこの方法でもにがりは出来るって訳ね」

「この方法?」


 ん?

 リューテシアは何かしたのだろうか?

 まぁ何をしたにせよ、にがりが出来てるならそれで良い。


「私達がミラが指示した量を完成させれば、ミラは働くのよね?」

「まぁ、そうね」


 次に何をするか、っていうのは実際に私がやってみせないといけない訳だし。

 にがりが完成したら私自身が働かないといけないわね。


「言ったわね、自分の口で言った事、忘れるんじゃないわよ」


 私に念を押すように確認した後、再びリューテシアは車外へと立ち去る。

 一体リューテシアは何がしたいのだろうか。



―――――――――――――――――――――――



「ミラ、これで良いんでしょう?」


 それから一週間後。

 寝て過ごした私の前にリューテシア達は作り上げた大量のにがりを提示してみせた。


「……何か、私が想像してたより妙に完成が早くないかしら?」

「にがりは、海水を煮詰めて水分を飛ばして、その残りの成分を抽出して作るのよね?」

「ええ、そうよ」

「つまり、海水から水を飛ばすのが最大の作業って事よね」

「……そうよ」

「だからよ」


 フフン、とでも言いた気な得意そうな表情でリューテシアは笑う。


「ミラさん、実はですね。リューテシアさんは飲み水を作ったんですよ」

「飲み水?」


 リューテシアが一体何をしていたのか、補足するようにルークが続ける。


「海水の殆どは水ですから、リューテシアさんが水属性の魔法で海水から水を作り上げたんですよ。飲み水は、とても使い切れる量ではなかったので再び海に捨てましたがね」

「魔力だけで水を作るのはそれなりに疲れるけど、元々ある水から水を作るのは大した労力じゃないのよ。で、薪とかを使って海水から水を蒸発させてにがりを作るなら、私が魔法で海水から水だけを回収しても結果は変わらないわよね?」


 ……成る程。

 リューテシアは私と違って無理なく魔法が使える。

 自分が使える手札を切って、やり方を工夫したのだ。

 結果、本来の想定量を遥かに下回る薪の消費量、そして大幅な時間短縮に成功したのか。


「私が教えた方法を自分なりに改良したって訳ね。やるじゃないリューテシア、素直に褒めてあげるわ。化学ってのは過程じゃなくて結果だからね。最終結果が同じなら、過程は楽なら楽なだけ良いのよ」


 現状に満足せず、創意工夫して先を目指す。

 その精神を忘れては、人は進化を止めてしまう。

 こういう考え方はとても重要で、大切にしなければならない。


 ――度が過ぎなければね。


「さ、完成させたんだからミラには働いて貰うわよ」

「……うへぇ」


 そうだった。

 あー、面倒臭い。

 でもにがりが完成したならさっさと戻らないと。

 私は重い身体を起こしつつ、蒸気機関車の運転席へと就く。


「それで、こんなに沢山にがりを作って次は何をするのよ?」


 リューテシアは蒸気機関車発進の為の蒸気を溜めるべく、機関部に石炭を淡々と放り込み続ける。

 何度も何度も練習を重ねた結果、三人共投炭作業が板に付いてきた。

 そんな様子を見て、そろそろ三人に次のステップへと進んで貰おうかと考える。


「次は、土堀りよ」

「土……」


 リューテシアの動きが止まる。

 油の切れた機械とでも言いたくなるような動きでリューテシアがこちらに顔を向けてくる。

 目に光が点っていない。


「また、土いじりするの……?」

「ええ、そうよ」


 何も言わず、リューテシアは再び投炭作業に戻る。

 何よ、言いたい事があるなら何か言いなさいよ。

わかめ!貴様は罠に掛かったのだ!!

わかめ!それは分身だ!!

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