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80.海と塩

「それでミラさん、わざわざ海まで何を求めて来たのですか?」

「それはね、アレよ!」


 春を迎えたとはいえ、海岸であるこの砂浜に吹き付ける海の風はまだまだ寒い。

 手を擦って暖を取りながらも、私はお目当ての代物があるその場所を勢い良く指差す!

 その指し示した先には、どこまでも広がる青い海!


「……海、だよね?」

「海よね」

「海ですね」

「そうよ、海よ」

「……まさか、海を持って返るとかいう馬鹿言わないでしょうね?」


 リューテシアが胡乱(うろん)げな目でこちらを見てくる。

 嫌ね、そんな馬鹿みたいな事私がする訳無いじゃない。


「私が欲しいのは海水……正確には海水に溶け込んでいるある物質が欲しいのよ」


 そう、これは以前ファーレンハイトの市場を視察した際に何処にも売っていなかったのだ。

 なので、私自らの手で作る必要性があったのだ。

 ここまで来るのに本当に長かったが、やっと作成に着手する事が出来る。


「大量に必要だからとにかく大規模生産をしないといけないけど、とりあえず一度説明の為に小規模で作るわよ」


 私はものぐさスイッチから水汲み用の壺をいくつか取り出し、三人に一先ず一つだけ持たせる。


「じゃ、海水汲んできてくれるかしら? ここにある壺、全部に入れてきてね」

「これ全てにですか」

「じゃ、じゃあ行ってきます」


 三人に海水汲みを任せ、私は作成に必要な物を取り出す。

 ファーレンハイトに売っていた中で一番目の細かい高級な布と普通の布、そして煮沸用の大き目の鍋。

 攪拌用の木製しゃもじに燃料の大量の薪、それと火傷防止用の手袋。

 最後に地味に重要な道具、一本の線を引いた木の棒。

 必要な物を用意して少しした後、三人が海水を汲み終わり戻ってくる。


「汲み終わりました」

「ご苦労様。じゃ、こっちの布を通過させながら海水を鍋に入れてくれるかしら?」

「分かりました。リュカくんかリューテシアさん、ちょっと布を持ってて貰えますか?」

「なら私が持つわ」


 リューテシアが布を広げながら構え、その上からルークが布越しに鍋へと海水を注いでいく。

 この布を通過させるのは海中にある細かいゴミなんかを取り除く為である。


「後は火を付けて……この海水を煮るの」


 淡々と海水を煮立てる。

 やがて沸騰してどんどん海水は水蒸気を放ちながらその量を減らしていく。

 木の棒を鍋に入れ、水深を測る。

 最初に入れた水量からおよそ10分の1まで水量を減らした辺りで、海水が白く濁り始める。


「――よし。一旦この海水をまた布を通過させながら壺に移すわよ。今度はこっちを使ってね。それと火傷しないように手袋もね」


 今度は目の細かい布をリューテシアに手渡す。

 ルークとリュカが二人掛かりで鍋を持ち上げ、中身を壺へと移していく。

 布を通過させた際、水中に溶けていた白濁色の物質が布を通過出来ず、布の上にどんどん堆積していく。

 鍋の水を全て壺に移し終えた後、布の上に乗っている白い物質を取り除く。

 布を通過した海水は、再び透明な水へと戻っていた。

 この海水を再び鍋で煮詰める。

 少なくなった水量は更に量が減っていき、どんどん海中からシャーベット状になった塩が姿を現す。

 完全に水分を飛ばさず、ある程度水気が残っている状態で火から鍋を放し、再び布を通過させて水分を下の鍋へと流し取る。

 そして布を通過出来ずに残った白い山、これで――


「……ミラさん、これは塩という物では無いですか?」

「あら、ルークは知ってるのね。うんとね、私はコレが欲しかったのよ」


 鍋の中身(・・・・)を指差しながら私は答える。


「コレですか? 確かに塩は安い物とは言えませんが……塩が欲しかったなら買えば良かったのでは? ファーレンハイト国内であらば普通に流通しているはずですが」

「違う違う。私が欲しかったのはコレよ」


 塩は濾し取るのに使った布の中(・・・)に入っている。

 私が欲しいのは鍋の中(・・・)である。


「えっ……と、塩……じゃなくてこの残りカスですか?」

「うん、コレが本当に欲しかったの。塩を取った後の搾りカスに見えるけど、これは『にがり』っていう重要な物質なのよ?」


 そう、本当ににがりが欲しかった!!

 私達の生活を快適にする上で、これは避けては通れない!

 ファーレンハイトの市場を見た時、塩はあるのににがりは売ってないんだもの。

 この世界では海水を煮詰めれば塩が出来る事は知ってても、塩を濾し取った後の物質に関しては誰も興味を示さなかったみたいね。

 にがり、捨ててるのかなぁ? いや、そうとも限らないか。製法が塩田による天日乾燥って可能性もある。


「塩は……いらない訳じゃないけど、こんなに使わないしなぁ……」


 私が大量に欲しいのはにがりであって、塩ではない。

 だけどにがりを抽出する工程で絶対に塩も出来てしまう。

 塩漬けのような大量の塩を使う保存食の作成とかも考えたけれど、これから使うであろうにがりの量を考えるとそんな程度では絶対に消化し切れない量の塩が出る。

 んー、ルドルフに頼んでこの塩とか売れないかしら? 格安で良いから。

 どうもルークの口ぶりからして塩は貴重品って訳じゃないけど普及しているとは言い難いみたいだし。

 副産物をただ放棄したり死蔵したりするのは効率的とは言えないし。


「このにがり、量産するわよー。しばらくこの海に滞在してジャンジャン作っちゃいましょう!」


 後はこの工程を延々と繰り返すだけである。

 火傷だけはしないよう三人に念入りに注意を促しつつ、私達以外の三人はにがり(あとついでに塩)の量産を始めるのであった。


 え、私?

 こんな単純な肉体労働をする訳無いじゃない、やり方教えたら下に投げれば良いのよ。

 折角海まで来たんだし、他に何か無いか色々探ってみたいしね。

書いてるだけでしょっぱくなってきた。

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