8.勇者アレクサンドラ
ルドルフ宅に上がりこんでから四日目の朝。
仕事も全て片付き、心地良い布団の温もりに包まれながらまどろんでいると、何やら外が騒々しい気がする。
何か厄介事だろうか? でも気になる。
確認だけはしないと。
外気の寒さに身を震わせながらも、布団から這い出す。
「どうかしたんですか?」
「あら、ミラちゃん。今丁度、この村に勇者様がいらしててね。私も顔を見せに行こうかなと」
「勇者……」
玄関には丁度、外出しようと靴を履くアーニャの姿があった。
勇者、かぁ。
どんな人物かは知らないけど、一応確認だけはしないと。
友好的な人物なら良いけど、性質の悪いタイプなら距離を置かないといけないし。
「私も付いていって良いですか?」
「ええ、別に良いわよ~」
アーニャから二つ返事が返ってきたので、共に同行する事にする。
村の中央広場に向かうとそこに人だかりが出来ており、その中央からチラチラと姿が見える。
あの中央にいる人物が勇者なのだろうか?
だとすれば知名度はある事は確かだ。
中央の人物はこちらに気付いたのか、人垣を掻き分けてアーニャの元へと歩み寄る。
「アーニャじゃないか! 丁度今こちらから行こうかと思ってた所だ」
「どうもこんにちわ、勇者様」
「おいおい止してくれ、私はもう勇者じゃないんだ」
「それでも、このロンバルディアに住む人からすればアレクサンドラさんは今でも勇者様ですよ」
「全く、もう勇者の名は返上したと言うのに。勘弁して欲しいな」
アーニャに勇者と呼ばれた人物は、女性であった。
群青色の腰まで伸びた髪を後ろで括っており、凛とした表情からは自らに対する自信がにじみ出ている。
目鼻立ちが整った、やや童顔ではあるが美女と呼ぶ事に何の躊躇いも無い程の美貌を持っていた。
澄んだ空色の瞳はまるで吸い込まれるようであり、今はその視線がアーニャへと注がれている。
胴には胸部のみを覆う鉄鎧を着ており、その下は私達と変わらない普段着を着ている。
腰には一振りの長剣を携えており、勇者の持つ剣というだけあり異様な程の力を感じる。
淡々と目の前の勇者を分析していると、話題が私の事へと言及される。
「……所で、そこの娘は誰だ? アーニャの子供か?」
「あらやだ! 子供だったら良いんですけどねぇ~、残念だけど違うわぁ~」
冗談交じりに口元を押さえるアーニャ。
私に対し質問されたのであらば、答えた方が良いだろう。
「勇者アレクサンドラさんですね、ミラと申します。吹雪の中、道も分からず彷徨っていた所を拾われて今はこの村に滞在しています」
「そうなのか、それは災難だったな。だが生きていて良かったな、生きてさえいればいくらでも再出発は出来るからな」
微笑を浮かべ、私の頭を撫でてくるアレクサンドラ。
その目の奥に何か強い信念のような物を感じたが、それが何なのかは私には知りようが無い。
「所でアレクサンドラさん、今日はどのような用事でこの村に?」
「北にある鉱山跡地に向かう最中だ、点検の為にな」
「!」
はい! 私、聞いちゃいました。
無視出来ない情報を聞いちゃいました。
私が行きたいと考えていた場所にこのアレクサンドラという方は向かおうとしている。
渡りに船、何とか便乗出来ないものか。
「破棄された場所だが、良からぬ賊の根城にされても困るからな」
「アレクサンドラさん、鉱山跡地に向かうんですか?」
「そうだが、どうかしたのか?」
「宜しければ、私も一緒に行っても良いでしょうか?」
私の発言を受け、何を言ってるんだこの娘は。とでも言いたげな表情を浮かべるアレクサンドラ。
「あれ? でもミラちゃん、ルドルフに言われた仕事はどうなったの?」
「もう終わってます」
「あら~、もう終わってるなら問題ないわねぇ~」
もう片付いたから今日はのんびり布団の中でぬくぬくしてようかと考えてた位だし。
鉱山跡地に行けないなら、現状何もする事が無い訳だし。
「……道中、魔物と遭遇して交戦するかもしれない。命の危険があるぞ」
「大丈夫です、慣れてますから。それに、戦う手段が無い訳ではないですし」
残念な事に、慣れてしまったから。
命の危険も、命の儚さも、全部見てきた。
それに、折角生き長らえた命、無意味に捨てる気は無い。
戦う手段も、有限ではあるが確保してある。
私の目を、アレクサンドラはその吸い込まれるような空色の瞳で真っ直ぐに見詰めてくる。
何か言いたそうではあったが、僅かな逡巡の後に念を押してくる。
「――別に付いて来た所で、何も無いぞ?」
「それでも、見てみたいんです」
「変わった娘だな。そんなに行きたいなら構わないが、せめて何で行きたいか位は教えてくれないか?」
「……」
さて、何て答えようか。
今の私には、知識があっても材料が無さ過ぎる。
大なり小なり、何か素材が欲しい。
それさえあれば、臨機応変に立ち回れる。
その為には、何か素材がありそうな鉱山跡地というのは魅力的だ。
この世界では加工が難しい物とかなら、破棄されてる可能性も高いだろうし。
うーん、このアレクサンドラという人は今までの様子を見ていると優しそうな人だ。
こういう人を納得させるには……
「――実は、今は亡き父が捜し求めていた不思議な石がありまして。何でも、その石は寒い場所にしか存在しないらしくて……出来れば、何とか見付けて父の墓前に供えてやりたいなと」
「そうか……そんな理由だったのか」
何だか情け深い表情で憂いを帯びた笑みを浮かべてる所悪いんですけど、これ嘘ですから。
私に家族という意味での両親など存在しない。
遺伝子的な意味での両親はいるのだろうが、それを調べる手段など無いし、知る気も無い。
アーニャも「そんな事情があったのねぇ」と哀れんでくる。
良心が痛む気がする。
まぁ別に誰かが傷付いたり損したりする嘘じゃないからセーフでしょ。
「そういう事なら付いて来ると良い。ただ、あの鉱山は鉄や宝石の類は掘り尽くしたと聞いてるから余り期待するなよ?」
「ありがとうございます」
ちょろい。
こうして私は鉱山跡地へと赴く事になった。やったね。