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79.四年目の春、開放の刻

 私がこの世界へと流れ着いてから四年目の春。

 春夏秋冬を跨いで敷設を続けていた線路延長作業は遂に終わりを向かえ、遂に海への直行ルートが開通した。

 完成した線路を一度総洗いし、点検作業に関する注意点を三人へと教え込む。

 時折こうして点検をするようにしておけば、蒸気機関車の走行の安全性は確保される。

 乗るのは私達だけだけど、未来でもそうだとは限らないだろうし。

 走る頻度が増えれば線路に異常が出る頻度も増えてくるだろうから、三人に点検方法を教えるのは重要な要素である。


 さて、一度地下拠点まで戻った私達は海へと目的の品物を採集するべく装備を整え、再び海岸へ向けて出発した。

 いやー、完成した線路を一から十まで一気に走り抜けるのは爽快ね!

 線路の安全も確保されたのが確認出来たし、今までは夜には停車させていた所を夜間でも走行させられるようになった。

 線路の安全さえ確保出来ているなら、高速で走行しているこの蒸気機関車は動く要塞である。

 夜は魔物の襲撃が活発になるし、そもそも線路敷設を行いながら鈍足で走っていたので出来なかったが、線路が完成した事でこうして夜間でも魔物の襲撃に怯えずに高速で移動出来るようになった。

 馬車なんて軽々上回る速度で、休息も無しに、数百キロ、数千キロという超々距離を昼夜問わず走り続ける。

 そんな手段、この世界では私達が乗るこの蒸気機関車以外に存在しない。

 馬車も夜に魔物に襲われたら一たまりも無いから野営を余儀なくされるしね、蒸気機関車様々である。

 夜も走れるようになったお陰で、私達の地下拠点から終点である海岸までの距離は僅か一日という驚異的な距離へと縮まった。

 なーんだ、蒸気機関車があれば海なんて近い近い。


「――あ、そうだ。すっかり忘れてた」


 海まで辿り着き、狭い車内に押し込められて凝り固まっていた身体を伸ばしながら呟く。


「いやね、こうして海までの長い長い線路敷設という一大プロジェクトを三人はやり遂げてくれた訳じゃない? それなのに何の報酬も出さないなんて上司としては駄目駄目だと思うのよ。そう思わない?」

「いえ、その……確かに、そうだとは思いますね」


 私の問いに若干遠慮がちに答えるルーク。

 うんうん、やっぱりそうだよね。


「だからさ、ここまで頑張ってくれた三人に臨時ボーナスを出そうと思うのよ。石鹸販売で多少懐事情にも余裕が出来た事だしね」

「臨時ボーナスねぇ……一体いくらなのよ?」


 どれ程の物か気になるのか、リューテシアが尋ねてくる。

 この人数でこの距離の線路敷設を行ったのだ、生半可な額では失礼というものだ。


「そうね。割と大雑把な計算だけど……ルーク、ちょっと良いかしら?」

「何でしょうか?」

「魔法で焚き火位の炎をそこらへんの地面に起こしてくれるかしら」

「分かりました。焼き尽くせ、フレイムピラー!」


 奴隷契約書を取り出して操作し、ルークに魔法の使用許可を出す。

 ルークが片手を詠唱と共に振り抜くと、近くの砂浜から炎の柱が吹き上がる。

 その噴出が落ち着くと、その発火点には良い感じの炎の残滓が残ってくれた。


「これでよろしいですか?」

「うんうん、上出来よ。じゃ、リュカとルークはこっちに来てくれるかしら?」

「えっ? ぼ、僕もですか?」

「ほら、早く早く」


 こちらに来るようにリュカを手招く。

 二人が揃ったのを確認した後、私はものぐさスイッチを操作して紙を取り出す。

 取り出した方をリュカに、既に手に持っていた物をルークへと手渡す。


「じゃ、二人とも。その紙切れをその炎の中に放り込んじゃいなさい」

「――えっ……?」


 手渡された紙を見た後、頭の処理が追い付かないのかリュカがフリーズする。


「……ミラさん、これは私達の奴隷契約書のはずですよ? 本当に宜しいのですか?」

「良いの良いの。スパーッと燃やしちゃいなさい」


 今回の線路敷設のボーナスに加え、今までの借金返済額。

 その総合計を考えればどう見積もってもこの二人はここでめでたく借金完済である。


「ほらほら、何時までも固まってないでそんな忌々しい紙燃やしちゃいなさい」

「……分かりました。リュカくん、君も」

「え? え……うん……」


 ルークに促され、二人は手にした奴隷契約書を炎の中へと投じる。

 二人を縛っていた枷は、それ自体は所詮はただの紙切れ。

 燃え盛る炎へと投じられると、実にあっさりと燃え尽きて灰へと帰するのであった。

 奴隷契約書が燃え尽きた事で二人の首に嵌められていた首輪は効力を失って外れ、地面へと転げ落ちた。


「二人とも、今までお疲れ様。こっからは完全に自由よ」

「……ありがとうございます」

「あ、あの……み、ミラさん……!」


 晴れて自由になったというのに、物凄く不安そうな様子でリュカがこちらに迫ってくる。


「何よ、どうしたのリュカ?」

「ぼ、僕はもういらないって事ですか!?」

「いらない、って訳じゃないんだけどね……」


 そんな不安にならなくても良いのに。

 何をそんなにリュカは怯えているのだろうか?


「じゃ、こうして借金完済して二人は無事自分の身柄を買い戻した訳だし。二人に提案があるんだけど」

「提案ですか?」

「あ、でもその前に」


 ルークは良いのだが、リュカは魔法が使えないという理由か奴隷としての値段は少し安かった。

 この線路敷設完了ボーナスを踏まえると、リュカはちょっとはみ出るので余剰分を別途手渡さないと。


「リュカは返済に充ててもちょっと残るから、これが余りね」


 ものぐさスイッチに入っている金貨袋を取り出し、五つ程リュカに手渡す。

 この袋には一袋の100枚の金貨が入っているので、しめて金貨500枚である。


「じゃあリュカに余りを渡した訳だし改めて……ルークにリュカ、このまま引き続き私に雇われてくれないかしら?」


 前々からこうしようとは思っていた。

 ここまで二人に教え、育ててきた育成の手間隙。

 折角ここまで成長してくれたのに彼等を手放すのはちょっと勿体無い。

 なので、自由になった上でもう一度再雇用しようという魂胆だ。


「嫌なら断ってくれても良いわ。だってもう二人は本当の意味で自由になれたんだから」

「分かりました、喜んで」

「あっ、えっ、ぼ、僕も!」


 私の提案を即決するルークとリュカ。

 早いわね、少し位悩むもんかと思ってたのに。


「即決してるけど、良いの?」

「ええ、構いません。それに、自由になったのでしょう? もし気に入らなければその時点で立ち去っても良い訳ですからね」

「まぁ、確かにそうね」

「ミラさん……僕、まだ一緒にいても良いんですか……?」

「リュカがいたいと思うなら、好きなだけいても良いわよ」


 そう言ってやると、リュカの顔が綻ぶ。

 随分嬉しそうね、いてくれるというならこちらとしても有難いのだから良いか。


「じゃ、二人共このまま再雇用って事で。これからは借金返済を考慮しない純粋な給料を支払うから、好きに使いなさい」

「……ねえ、私は?」


 話が一段落付いたのを見計らい、リューテシアが割って入ってくる。


「勿論、貴女も借金から引かせて貰うわよ」

「いや、私も自由になれるんじゃないの?」

「んー……そうしてあげたいのは山々なんだけどねぇ……」


 別にいじわるしてる訳じゃない。

 確かに線路敷設は大仕事だったし、それに対し払うボーナスも高額だ。

 だが、リューテシアを奴隷として購入した金額も金貨5000枚という物凄い高額だったのだ。

 ボーナスで打ち消しても、まだ足りない。


「納得行かないなら貴女が生まれ持った美貌と才能を恨む事ね。そのせいで借金が膨れ上がってるんだから」

「うむむむむ……!」


 歯がゆそうに砂浜の上で足踏みをするリューテシア。

 ごめんね、貴女の借金は本当大きいのよ。


「じゃ。男衆が晴れて自由の身になった&再雇用が決定した事だし。お仕事の続き、しちゃいましょうか」


 そう、海でどうしても調達したい物があったからこそこうして長い道程を経て海へとやって来たのだ。

 早速その回収作業に入りましょうか。

ルーク&リュカ、借金完済!!!

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