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78.香り

「――何か、変な匂いがする」

「匂い?」

「うん、生臭いって言うか、青臭いって言うか……良く分からないけど、嗅いだ事が無い匂い」


 冬篭り期間を雪かき車の力で強引に前倒しし、線路敷設作業を続行している最中、リュカが気になる事を言い出した。

 他の二人にも匂いに関して聞いてみたが、リュカ以外は何も匂わないと言っている。

 でも、リュカは鼻が良いみたいだし。

 その情報に加え、周辺の植生を見る。

 周囲にはクロマツの群生地が存在しており、このまま真っ直ぐ突き進むと一部を線路敷設で切り裂く事になりそうだ。

 リュカの発言と周囲の植生からして、恐らく近い。


「――ちょっとここから、線路に付与魔法を仕込むわよ」

「付与魔法?」

「この世界にもあるはずよ? ほら、刀身に炎を纏わせたり、履くと脚力が上昇する靴とか」

「確かに存在しますね」

「これを使って、この線路に防錆のエンチャントを仕込むのよ」


 ちょっと手間だけど、流石にもうやらないと駄目そうだ。

 予測でしかないが恐らく精度は高いはず。

 海に向かって私達は線路を伸ばし続けたが、多分もうかなり近いはずである。

 リュカの何とも言えない匂いの例え方は、恐らく磯の香りなのだろう。

 リュカは海を見た事が無いと言っていたし、海の匂いも知らないならあの例え方も納得だ。

 そして鼻の良いリュカが嗅ぎ付けたという事は、海の匂いが風に乗ってここまで飛んできたという事。

 それは同時に、潮風がここまで飛んでくるという証明でもあった。


 鉄道に潮風は不味い。

 主に塩が危険だ、鉄がボロボロに錆びてしまう。

 もっとこの世界に技術があれば塩害にも強い特殊合金、それこそステンレスなんかも作れるのかもしれないが、無いものねだりだよね。

 科学技術が足りないなら、魔法技術で補うとしよう。


「……ああ、そういう事か。だからミラは前もって私に付与魔法なんて教えてたのね」

「リューテシアが思ったより飲み込みが早くて助かってるわよ」


 配置を終えた線路に片っ端からリューテシアが付与魔法を仕掛けていく。

 凄い速さね。手抜きかと思って適当に数本確認してみたけど全部精確に刻まれてるし。

 これにより、線路が潮風で錆びて朽ち果ててしまう問題はとりあえず解決という事で良いだろう。

 所詮は線路も道具なので、百年も千年も安泰という訳ではないが、駄目になったらその時の線路管理者に修繕を任せよう。



―――――――――――――――――――――――



「――うん、私の鼻でも分かるわ。やっぱりリュカが言ってたのは磯の香りで間違い無かったわね」

「こ、これが海の匂いなんですか?」

「そうよ」

「な、なんかお魚の匂いもします……」

「そりゃー海には魚なんて大量にいるからね、多分海岸に打ち上げられてる魚の匂いでもしてるんじゃないかしら?」


 あれから更に線路を延ばす事一ヶ月。

 そろそろロンバルディア地方の村落も冬篭り期間から脱却する頃合だろうか?

 そんなタイミングで遂に私の鼻でも海の存在を確認出来た。

 白霊山を避ける為に徐々に南下するように線路を延ばした事に加え、海が近いという事もありこの周囲には殆ど雪が存在していなかった。

 私達のいた場所と比較すると、恐らくこの地域は雪が殆ど降らないか、降ったとしても積もるという程では無いのだろう。

 それに、南下してるって事は温帯のファーレンハイト領にも近付いてるって事だろうしね。


 磯の香り、その発生源を求めて私達は線路を延ばす。

 寝台車両にて寝食を行い、明確な目標がもう目の前まで迫っている事実があるが故に、線路を延ばすペースも速まってきた。

 海が……見える! 満ち引きする潮の音が、聞こえる!

 なるべく限界ギリギリの距離まで近付けるように、リューテシアに頼んで海岸の砂浜地帯を線路が通るスペース分だけ土壌から改善して固めて貰う。


 そして――


「……ここまでが限界、ね」


 私達は遂に、蒸気機関車と共に青い地平線が広がる大海原――海へと辿り着いた。

 工業汚染等が一切存在しないこの世界の海は、砂浜も、海の水もとても綺麗であり輝きを放っていた。


「――と、言う訳で。三人とも長年に渡る作業、お疲れ様でした。これにて、地下拠点からオリジナ村経由、海岸行きの路線が開通となりました!」


 私が先陣を切って拍手をする。

 それを見てルークが、次いでリューテシアとリュカも拍手を始める。

 いやー、長かった。本当に長かった!

 一朝一夕には完成しない、年単位の長い長い計画だったけど。

 千里の道も一歩から進め、遂に千里を走り抜けたのだ。


「じゃ、とりあえず帰るわよ」

「え? あの、ミラさん? 海に何か用事があったのでは?」

「勿論あるわよ。でも、やりたい事をする準備が出来てないし、帰りに教えておきたい作業もあるし。一旦拠点まで戻るわよ」


 ルークの言う通り、私が待ち望んでいた代物を手に入れる為に海へと来たのだ。

 だが、それを作るにしても材料を持って帰るにしてもどちらにしろ大掛かりな作業が必要だし、一度態勢を立て直すべきだろう。

 もう線路の敷設は完了したのだ、敷設作業は今の所は考えなくても良い。


「教えたい作業って、何よ?」

「こうして線路の敷設がとりあえず完了した訳だけど、完成した線路は何時までも壊れずに存在する訳じゃないの。だから、点検作業も必要な訳」


 蒸気機関車をものぐさスイッチへと出し入れし、向きを変える。

 そして蒸気機関車の前方に、前もって作っておいた特殊な車両を取り出して配置する。


「点検車両……これを雪かき車と同じようにゆっくりと押して走るのよ」



―――――――――――――――――――――――



 線路を高速で蒸気機関車が走れるのは、走るべき線路に歪みが無く安全が確保されているからこそ早く走れるのである。

 その安全な線路を保守・点検する為に、私は雪かき車と平行して点検車両を生み出した。

 こんな物は本来魔力に頼らずとも作れるのだが、この世界の未熟な科学技術ではどうしようもないので仕方なく魔法特化で作らせて貰った。

 稼動に必要な魔力は、この車両に魔法を扱える者を配置し、その者の放出する魔力で捻出する方式にしてある。

 魔石に込めた魔力で稼動するようにも出来るが、魔石の数が足りていないので今は前者の方法で稼動させる。

 走行中、線路に異常を感知した際にその異常発生地点に魔力の楔を打ち込む事で異常を検知するという仕組みである。

 魔力を打ち込むという都合上、この点検作業には必ず一人以上魔法を扱える者が同行する必要がある。

 だが、少なくとも私達には関係無い話である。

 蒸気機関車の稼動に二人、点検車両に乗る人物が一人、最低でも保守点検作業には三人が必要なのだ。

 私達四人の内、魔法が扱えないのはリュカだけなのだから必ず誰かは魔法を扱える者が同行する事になる、何の問題も無い。


「じゃあそうね……ルークかリューテシア、どっちかがそこの車両に乗ってくれる?」

「……リューテシアさん、どうしますか?」

「別にどっちでも良いわよ」

「なら、私が乗らせて貰いましょうか。どんな物なのか興味もありますしね」


 話し合いの結果、ルークが点検車両に乗る事になったようだ。

 魔力の放出方法は地下拠点でバッテリーに魔力を溜める要領で構わないので、二人はもう充分慣れているだろうしね。


「じゃ、出発ー。点検作業での走行は普段の速度の四分の一以下まで落としてね。あんまり早過ぎると魔力の楔を打ち込む処理が追い付かないから」


 時速に直して20キロから30キロ。

 そんな具合のノロノロ進行で、私達は完成した線路を数週間掛けて走り抜け、地下拠点へと戻るのであった。

鉱山跡地駅発、オリジナ村駅経由、海岸駅行き路線。開通!

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