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76.終わりと始まり

リューテシアのカコバナ編

 リューテシアという少女は、レオパルド領に存在したパルメハイン村という地で生まれた。

 魔族が住まう地方の中でもこの村はエルフのみが住まう、大樹に寄り添う形で根ざした小さな村落であり。

 この地でリューテシアは姉であるアルテイシアと共にごくごく普通な生活を送っていた。

 姉妹は共に両親の愛を一身に受けて育ち、時折姉妹喧嘩なんかもしたりはしたが、何処にでもあるような絵に描いた幸せな家庭で育っていた。

 彼女はエルフにしては珍しい黒髪の持ち主だったが、村の者達は別段その身体的特徴を気にする事無く接していた為、彼女は伸び伸びと明るい少女へと成長していった。

 リューテシアの姉であるアルテイシアはエルフという余り筋力には恵まれていない種族にも関わらず剣が得意であり、その見事な腕前を振るい、時に狩猟へと男衆に混ざって付いていき、獲物をその剣で仕留め。時に村を襲う魔物の撃退を行ったりとそれはそれは大層な活躍をする腕白少女であった。

 そんな姉の後ろを追い掛ける形で過ごしていたリューテシアは、生傷の耐えない姉を助けるべく、回復魔法といった姉を支援する目的で魔法に対する知識や実力を高めていった。

 リューテシアには魔法の才覚があり、姉の背中を追って魔物との戦いを経験している内にメキメキとその才能を伸ばしていった。

 姉であるアルテイシアも多少は魔法を使えたが、リューテシア程に使いこなせる訳では無かった。

 姉は妹の才能を素直に認め、何度も傷を治してくれている妹を褒め称えた。

 リューテシアも剣の腕前では既に村一番となった姉の存在が誇らしかった。


 緑に包まれた、穏やかな日常。

 変わり映えの無い、こんな毎日が何時までも続いていくのだろう。

 リューテシアとアルテイシアの二人は、そう信じてやまなかった。

 

 

―――――――――――――――――――――――



「抵抗しない奴には全員首輪を付けて連行しろ! 逆らう奴等は皆殺しだ! 相手は魔族だ! 遠慮なんかするんじゃねえぞ!」


 緑に覆われた日常が、怒声と悲鳴、赤い非日常で塗り潰されていく。

 初めてその目で見た、剣を振り上げ命を奪う――人間。

 姉妹の両親は娘である二人を庇って戦い、二人の目の前で凶刃に(たお)れた。

 アルテイシアは何とか迫り来る人間達を掻い潜り、リューテシアを引き連れ逃走する。


「お姉ちゃん……!」

「大丈夫……! リューテシアはお姉ちゃんが絶対守ってあげるからね……!」


 妹の手を引き、先頭をひた走るアルテイシア。

 大樹の元へ向けて二人は走る。

 走った先に、逃げ道があるかなど分からなかった。

 だがそれでも、足を止めてしまえば人間達から逃げる事など出来ない。


「いたぞ!」

「ッ――!」


 それでも逃げ切れず、人間達に見付かってしまう。

 人間の一人が弓を放ち、狙いを外す事無く真っ直ぐにその矛先が伸びる。

 その射線の先には――リューテシアが。


「リューテシア!」

「お姉ちゃん!」


 咄嗟にアルテイシアはリューテシアを突き飛ばす。

 その判断のお陰でリューテシアは矢を受ける事は無かった。


「くっ……う、腕が……!」


 だが、リューテシアを庇う際に伸ばした腕にその矢が刺さってしまう。

 その矢には何かの毒が塗布してあったようで、刺さった片腕が動かなくなってしまう。

 まるで自分の身体では無くなってしまったかのように、力無く垂れ下がる片腕。


「よし、あの二人も捕らえろ!」


 男の合図で、一斉に二人に伸ばされる魔の手。

 リューテシアは両親が目の前で殺され、果てに姉であるアルテイシアまでもが傷付けられたショックが抜け切らず、大した抵抗も出来ずに囚われてしまう。

 逃げられぬよう、リューテシアの首には男の手により慣れた手付きで首輪が取り付けられる。


「や、やめろ! リューテシアに手を出すな!」

「お姉ちゃん! 助けてお姉ちゃん!!」


 妹を取り返すべく、まだ動く片手だけで剣を構え、襲撃者である人間達に向けて猛進するアルテイシア。

 剣の才覚があるとはいえ、先程受けた毒で片手が使えず、しかも多勢に無勢。

 何とか相手の剣を防いではいるが、妹の下へ辿り着く事が出来ない。


 徐々に距離が離れる二人。

 それはまるで、永遠の別れのようにも思えた。


「リューテシアああああぁぁぁ!!」

「お姉ちゃああああぁぁぁぁぁん!!」


 二人の叫びは、何も変えなかった。

 奇跡など起こらず、二人の姉妹の運命はここで引き裂かれた。

 遠ざかる炎景、戦火に飲まれる姉の姿に向かって、リューテシアは枯れるまで叫び続けた。



―――――――――――――――――――――――



 あの日から、どれだけ経っただろうか。

 五年? 十年? それとも二十年?

 分からない。この何も変わらない石畳に錆の浮き出た鉄格子が時間の感覚を曖昧にしていく。

 あの後、私の村やお姉ちゃんがどうなったのか分からない。

 でも、お姉ちゃんは絶対生き延びてる。だって、私のお姉ちゃんは村で一番の剣士なんだから。

 だから、私はこんな所で死ぬ訳には行かない。

 例え泥水を啜る事になろうとも生きて、生きて、生きて生きて生きて。

 絶対に生き延びて、ここから逃げ出して。お姉ちゃんに会いに行くんだ。


「お好きなモノをお選び下さい、お値段に関しては格子に吊るしてある木札をご覧下さい」


 この腐り切った空間の支配者である人間の声が狭い空間に響く。

 誰かが来たのだろうか?

 何時もの人間とは違う、間隔の短い足音が近付き、やがて私の目の前で止まる。


 私は人間達の間では希少な存在らしく、非常に高値が付いていた。

 この高値が不幸中の幸いで、私を買おうという人間の手を払い除けていた。

 

「――分かった、ならこの三人を貰おうか」

「なら金貨七千枚だな」


 だが目の前の人間はこの壁を壊して、私に手を伸ばしてきた。

 この首輪のせいで、私は魔法を使う事が出来ない。

 何の抵抗も出来ない、赤子と一緒だ。

 今まで買われて行った人間の女の姿を思い出し、背筋に耐え難い悪寒が走る。

 でも、これで私は外へ出る事が出来る。

 外に出られれば、絶対にチャンスは巡って来る。

 絶対に生き延びてやる! そしてまた、お姉ちゃんと一緒に暮らすんだ!



 世界を壊された、私ことリューテシア。

 私の新たな物語は、ここから始まる。

姉がどうなったかはまぁ、うん

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